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鉄道の計画運休を社会はどう受け止めたか(令和元年台風15号)

廣井悠東京大学先端科学技術研究センター・教授/都市工学者
(写真:アフロ)

台風15号と計画運休

 令和元年台風15号が首都圏を襲ってから1ヶ月が経過しようとしています.この台風がもたらした被害は千葉県を中心として甚大なものでしたが,他方で首都圏のJRや私鉄など多くの路線は台風の襲来に対して計画運休を発表しています.例えば,JR東日本は9日始発から午前8時ごろまで運転を見合わせると発表しましたが,倒木などが原因で運転再開は実際には午前10時ごろまでずれこんだとのことです.この結果,一部の駅などでは入場規制がかかるなどしたり,2キロにも及ぶ行列ができるなどの混乱がみられたようです.このときの計画運休についての概要は,計画運休直後に私が執筆した記事もあわせてご覧いただければと思います.

【令和元年台風15号の襲来に伴う鉄道の計画運休が示唆すること】

 さて筆者らは,この台風15号の襲来に伴う計画運休に対して,社会はどう動き,どのように評価したのかを知るため,アンケート調査を行うことにしました.調査の詳細はこの記事の最後でご説明しますが,今回はこのアンケート調査で得られた速報値をもとにして,計画運休の今後の課題を考えてみたいと思います.

計画運休を社会はどう評価したか

 はじめに首都圏の人たちは,このときの計画運休をどれほど認知していたのでしょうか.調査では,計画運休を知らなかった人はわずか1割弱で,8割以上が前日(8日)の夜までに知っていたということが分かりました.当日9日の朝に知った人7.5%をあわせると,9割以上の人がこの日に計画運休が行われることを認識していたようです.また,計画運休の実施を知った情報媒体は,TVが一番多く約8割,次いでネットのニュースが4割ほどで,鉄道事業者のHPやSNSで知ったという人はそれぞれ15%弱でした(ただし複数回答).

 続いて,回答者の方々に計画運休の実施に賛成するかどうかを尋ねました.結果として,計画運休の実施そのものについては9割以上が賛成しており,また台風15号時に実施された計画運休についても,9割弱が「適切であった」と評価していました.しかしながら,「発表された運行再開の時刻」や「計画運休に伴う社会の対応」が適切であったかどうかという設問については、「適切でなかった」とする人がともに約4割いるなど,課題を認識しているようです(下図).特に運行再開時刻については,4割程度の回答者が午前8時ごろかそれより前に運転を再開するだろうと事前に見込んでいたようです.この部分は調査のみならず,インターネット上などでも多くの方が今回の課題と指摘するところで,「午前8時」という運転の再開見込み時刻をもっと余裕を持った時刻にできなかったのか,という意見が散見されています.しかしながら筆者が当時のニュースをいくつか再確認したところ,いくつかのメディアでは,計画運休の再開時刻がアナウンスされるにあたって,「午前8時ごろ再開の見込み」を伝えるとともに,「安全確認で被害等が認められた場合,さらに運転再開が遅れる可能性もあります」という趣旨の記載がされていました.つまり計画運休の情報提供がされる際,運転再開時刻はあくまで目安であって,遅れる可能性も示唆されていたことになりますが,その部分は十分に利用者に認識されていなかったか,あるいはニュースメディアなどによって後半部分が切り取られてしまうなどした可能性も考えられます.これより,計画運休の発表に関する課題として,「午前8時」という運転再開時刻の是非だけではなく,むしろ確実に情報を伝えることの課題が顕在化したとも言えるかもしれません.

今回の計画運休の評価(n=9,477):筆者らの調査による
今回の計画運休の評価(n=9,477):筆者らの調査による

当日の出勤状況

 それでは,当日はどの程度の人が出勤したり,休んだりしたのでしょうか.調査からは,計画運休の実施に伴ってそのまま出勤した人は約4割,遅れて出勤することにした人が約4割で,残りの15%は会社や学校を休んでいたということがわかりました.そして全体として6割程度が,計画運休のニュースを聞いて何らかの通勤手段・通勤経路・スケジュールの変更をしていたということも分かりました.その内訳は,外出の日程を変更した人が約2割,外出の時間を変更した人は約3割で,外出の予定を変更しなかった人は4割,そして車やタクシーに交通手段を変更した人は6%弱でした.特に後者については,筆者がタクシーの運転手さん何人かにヒアリングをしたところ,9日の朝は都心部がいつもより渋滞していたとの情報を頂くことができました.2018年の大阪府北部地震では,多くの人が電車から車に交通手段を変更して,がんばって通勤したことによって,結果として救急車の到着に通常の6倍かかるなどの大渋滞が都心で発生していますが,割合こそ少ないものの,同様の状況が起きていた可能性もあります.

 さらに,当日会社を休んだり,出勤を遅らせた人のなかで,仕事や業務に支障が出た人を尋ねたところ,そのような人はわずか18.4%でした.職種や立場にもよりますが,災害時に無理して出勤しなくても,業務への支障は限定的と見ることが出来ます(もちろん、そういう状況だったから休めた,という解釈もできます).なお,当日会社を休んだあるいは出勤を遅らせたことで,「上司や同僚に怒られた」と回答した人は大阪府北部地震時には0.7%(2人)いましたが,今回は0.2%(1人)しかいませんでした.

会社からの指示

 先述したように,回答者の方々が今回の計画運休でもう一つの課題としていたのは,計画運休に伴う社会の対応でした.調査では,いつもと同じように出勤した人が出勤した理由として,「出勤を控える指示が出なかったから」という回答がそれなりに多く,また会社を休んだ人が休んだ理由は「会社と連絡がついて心配事がなかったから」が一番多かったことからも,会社の指示が出勤の判断に大きな影響を及ぼすことは間違いないようです.それでは,会社や学校からはどのような指示が当日に出たのでしょうか.

 結論から言えば,7割以上の回答者が会社や学校から何らかの指示や連絡を受けていました.しかしながらその中には,「各自が自主判断するように」という指示がそれなりに含まれており,結果として「指示が出なかった&自主判断の指示を受けた」人たちの数は,4割程度にものぼりました.また指示が出たとしても,当日の朝にその指示を受け取ったケースが一番多く,なかには9日の10時以降という,かなり遅い段階で指示が出た回答者も15.7%いました.この傾向は今回だけの話ではないかもしれません.調査で「通勤先で台風や地震の際に通勤するかしないかに関するルールが事前に決められているか」を尋ねたところ、「事前に決められていないし、連絡が来るかどうかも決まっていない」という回答が約4割と一番多く,ルールがあるかどうかすら分からない回答者も15%いました.

 今回の台風15号については「計画運休のアナウンスをするタイミングが遅かったのではないか」という意見も多くみられます.しかしながら,これはあくまで結果論に過ぎないのではないでしょうか.そもそもこのような計画運休は自然現象が相手ですので,台風とはいえその勢力もルートも不確実性は高く,見込みの発表も含めて,3日前,4日前といったかなり早い段階でのアナウンスはかなり難しい意思決定を迫られるものと考えられます.また,計画運休の実施が早すぎると,都市部における津波や水害の大規模浸水などに対する,広域的な避難行動の阻害要因にもなりえます.そのため将来的にはともかく,現段階では「計画運休の発表から企業の意思決定,そして社員へ指示が伝達するまでの時間間隔を最小化する」という改善が最も現実的なのではないかと考えます.調査で得られた数字を見る限り,地震や風水害時の出勤ルールを会社が決めることで,より円滑な計画運休の実施につながる,という点はまだまだ改善の余地がありそうですし,これを南海トラフ臨時情報や大規模水害の広域避難など、できるだけ安全を確保する行動と足並みを揃えるよう調整をはかるとよいでしょう.なお他人事のように言っておりますが,実は私の研究室でもこのようなルールは定めていませんでした...

計画運休の副次的効果と今後の対策

 さて台風15号では,気象庁が「夜には一気に世界が変わり、猛烈な風、雨になる」という比較的強めの呼びかけを行っています.この呼びかけと計画運休実施の情報は,どれだけ防災行動につながったのでしょうか.結果として,計画運休実施の情報は,気象庁の呼びかけと遜色ないと言えなくもないほど,防災行動につながっていることが示唆されました.例えば,水や食料品の買い出しは,計画運休を聞いて7%が行っており(気象庁の呼びかけは11%),またハザードマップや避難場所・経路の確認は計画運休を聞いて3%程度が行っていました(気象庁の呼びかけは4%程度).そして多くの人がスケジュール変更をしたことで,屋外で強風に曝露される人の総量は大幅に減っています.計画運休はそもそも利用者の安全確保が一義的な目的となりますが,その情報提供が,社会の危機意識を少なからず高めるという副次的効果もあることが調査によって見えてきました.特に通勤者や若い人に対して影響の強い「計画運休」のアナウンスを,被害軽減という点からも,うまく利用したいところです.

 最後に今後の計画運休に関する改善の要望ですが,これを示した結果が下図になります.調査からは,今後も計画運休を行うことについては9割が賛成している一方で,「一刻も早い運行の再開」や「代替交通手段の手配」を必要とする人はそこまで多くないことがわかりました.それよりも,計画運休に伴う会社や学校の適切な対応を求める声が9割弱いたり,国などが計画運休時の通勤に関するガイドラインを作るなりして社会全体で足並みを揃える必要性があるとの回答が8割以上にも及びました.

今後の計画運休に関する改善の希望(n=519):筆者らの調査による
今後の計画運休に関する改善の希望(n=519):筆者らの調査による

おわりに

 令和元年台風15号は我々に多くの教訓を示唆しましたが,こと計画運休に焦点を絞った場合,大都市部においては災害発生前もしくは発生直後における移動のルールを社会で緩やかに決めておき,会社や学校も含めて足並みを揃えることで,無用な混乱や過密空間の発生,渋滞などを防ぎ,災害による人的被害を少しでも減らすことの必要性を認識する機会ではなかったかと考えます.というのも,このような足並みを揃えた災害時の移動ルールに関する取り組みは,風水害時の計画運休のみならず,それぞれ無用な外出,無用な帰宅,そして足並みを合わせた避難など行動自体は異なりますが,地震災害時の出勤困難者対策,帰宅困難者対策,大規模水害時の広域避難,そして南海トラフ巨大地震時の臨時情報発表時の対応などにつながるものと考えられるからです.ただでさえ渋滞や混乱が発生しやすい大都市では,これらの改善はとりわけ重要な災害対策の一手段と言えるかもしれません.

補注:このアンケート調査は,首都圏(ここでは東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県)に居住する20歳以上の方9,477人に対し,計画運休に対する評価や意識に対して尋ねたのち,このなかで9月9日に仕事や学校が元々休みだった人や,この日に首都圏にいなかった人などを除いて,無作為に519人抽出し,より細かい質問に答えていただいています.回答くださった方々に御礼申し上げます.また本稿で用いた数字などは速報値になりますので,今後加筆修正する可能性があることをおことわりいたします.なお,アンケートの詳細はNHKさんのHPでも報道されております.興味のある方はそちらもご覧ください。

東京大学先端科学技術研究センター・教授/都市工学者

東京大学先端科学技術研究センター・教授。1978年10月東京都文京区生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻・博士課程を2年次に中退、同・特任助教、名古屋大学減災連携研究センター・准教授、東京大学大学院工学系研究科・准教授を経て2021年8月より東京大学大学院工学系研究科・教授。博士(工学)、専門は都市防災、都市計画。平成28年度東京大学卓越研究員、2016-2020 JSTさきがけ研究員(兼任)。受賞に令和5年防災功労者・内閣総理大臣表彰,令和5年文部科学大臣表彰・科学技術賞,平成24年度文部科学大臣表彰・若手科学者賞、東京大学工学部Best Teaching Awardなど

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