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再度の「緊急事態宣言」 人との接触はどの程度減るのか

廣井悠東京大学先端科学技術研究センター・教授/都市工学者
(写真:長田洋平/アフロ)

 2021年1月7日,菅首相は新型コロナウイルスの感染拡大をうけて,特措法を根拠とする緊急事態宣言を発出しました.今回の緊急事態宣言は2020年4月に出された緊急事態宣言とは少々性格の異なるものですが,そもそも緊急事態宣言は外出自粛や人との接触回避にどの程度の効果があるのでしょうか.ここでは,これまでに出た過去の2回の緊急事態宣言の事例を「復習」したいと思います.

「緊急事態宣言」は外出の自粛にどの程度の効果があったか

 図1は2020年2月~6月までの間に,7都府県(東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県・兵庫県・大阪府・福岡県)の回答者が,どのような目的の外出を自粛したか,2回のアンケート調査によって尋ねたものです(注).これによれば,自粛の程度は外出の目的によって大きく異なることがわかります.例えば2020年4月以降の緊急事態宣言中は,食事や観光は最大約8割の方が外出を控えています.一方,買い物や通勤目的の外出自粛は最大約4割にとどまっています.モバイルデータによる都心部の人口変動は,ごく狭い領域での変動を示すものであるため,丸の内や渋谷などで80~90%にも至る通勤者の減少が報告されていましたが,都道府県単位で均すと,この程度の自粛割合であったことがわかります.

 さて,4月7日の緊急事態宣言前後において,外出を控えた割合が急増したのが通勤です.図1からは,4月上旬を境に通勤目的の外出自粛が急増していることがわかります.他方で,通勤以外の私用目的の外出については,さほど緊急事態宣言の影響が大きくなかったとみてよいでしょう.ここから,4月7日の緊急事態宣言は通勤の自粛に大きな影響をもたらしたと言及できます.

図1 外出目的別の外出を自粛した回答者の割合(2/10~4/12までが2020年4月に行った第1回調査(N=2,261),4/13~6/7が2020年6月に行った第2回調査(N=2,109)の結果:筆者作成)
図1 外出目的別の外出を自粛した回答者の割合(2/10~4/12までが2020年4月に行った第1回調査(N=2,261),4/13~6/7が2020年6月に行った第2回調査(N=2,109)の結果:筆者作成)

 さて,今度はこれを少し細かく,4月中旬までの推移に注目して県別に見ていきます.図2は通勤目的の外出自粛を都道府県別に示したものです.4月上旬では東京都や大阪府などの大都市部で顕著に変化しています.これは,大都市特有の交通手段(満員電車など)や在宅勤務の実行可能性が影響しているものと考えられます.

図2 通勤目的の外出を自粛した回答者の割合:筆者作成
図2 通勤目的の外出を自粛した回答者の割合:筆者作成

 一方,図3は食事・社交・娯楽目的の外出自粛を都道府県別に示したものです.これを見る限り,図1と同様に通勤以外の目的は,4月上旬にどの都道府県も変化が鈍いことがわかります.つまり2020年4月の緊急事態宣言は,私用目的の外出を大きく控えさせる効果はなかったことが改めて分かります.

図3 食事・社交・娯楽目的の外出を自粛した回答者の割合
図3 食事・社交・娯楽目的の外出を自粛した回答者の割合

 しかしながら緊急事態宣言が私用外出に全く影響しないのかというと,そうではありません.北海道では2020年2月28日に緊急事態宣言が出ていますが,図3からは北海道で2月末~3月初頭に食事・社交・娯楽目的の外出自粛が大きく上昇している様相が見て取れます.つまり2020年2月に北海道で発出された緊急事態宣言は,私用目的の外出を控えさせる効果があったということがわかります.ただしその効果は,2020年4月の東京都や神奈川県ほどの水準ではなく,食事などを6割程度控えさせる程度であったと言えるでしょう.

 ここから,2020年に発出された2回の緊急事態宣言の効果として,以下のことがわかります.

  • 緊急事態宣言は私用の外出と通勤目的の外出双方に影響を与える.
  • 2月末~3月初頭の北海道のケースでは人々のリスク意識を緊急事態宣言が高め,私用の外出自粛を促したが,その効果は限定的であった.
  • 一方で4月7日に出された緊急事態宣言は私用目的の外出については既にリスク意識が高まっており,これらに大きな影響は与えなかったが,個人の判断のみで自粛ができない通勤目的の(特に都市部における)外出に大きな影響を与えた.

「緊急事態宣言」はどのくらい、人との接触を減らしたか

 さてそれでは,このような外出の自粛は,どの程度接触の回避に影響を与えたのでしょうか.接触の変化をアンケートで尋ねるのは困難なことから,ここでは「人と会った回数」をコロナ禍以前との比較で答えてもらいました(ただし同居している人は「会った」対象からは除く).そしてその数値を用いて2020年4月中旬の外出自粛をパターン化し,人と会った回数(対面率)との関係を調べたものが図4です.ここでは外出の頻度について,Aを「いつもと同じ」,Bを「半分くらい」及び「1/4くらい」,Cを「全く行かなくなった」とし,通勤,買い物,食事・社交・娯楽という並びで表示しています(例えば,AACなら,通勤と買い物はいつも通りで食事・社交・娯楽には全く行かなくなったという自粛パターンを示します).

図4 自粛パターンと人と会った回数の変化(□の中の数字はサンプル数)
図4 自粛パターンと人と会った回数の変化(□の中の数字はサンプル数)

  • ①は通勤や買い物,食事・社交・娯楽を通常通り続けている人たちです.「自粛しない型」と名付けました.この中には観光などを自粛している人もいますので,対面率は平常時の70%弱となっています.
  • ②は「私用外出は自粛した型」です.通勤はコロナ禍以前と同様ですが,買い物や食事の外出頻度を減らした自粛パターンになります.この集団の対面率は40%~50%となっており,私用目的の外出を制御することで,人と出会う回数の削減を半分程度達成できたことを示しています.
  • ③が通勤の頻度を半分もしくは1/4に減らした集団で,「通勤を減らした型」です.この対面率は30~40%となります.なお,4月中旬の時点では,通勤を半分以下に減らしたが買い物や食事・社交・娯楽はコロナ禍以前と同じように外出していたという人はごくわずかでした.
  • ④は「通勤に全く行かなくなった型」です.この集団の対面率は20%ほどにも低下しました.通勤目的で全く外出しなくなることで,対面率が大幅に下がることがわかります.これより,通勤に大きな影響を与えた2020年4月の緊急事態宣言は,「接触8割減」という当時の目標達成に大きく寄与したものとみることができます.

おわりに

 上記の調査から,他国の強権的なロックダウンとは異なり,わが国のモラル依存型の緊急事態宣言は,私用の外出については多少のリスク意識向上には寄与しますが,その効果は限定的であることが(少なくとも過去2回の事例からは)わかりました.私用の外出自粛は緊急事態宣言単独で成立するものではなく,その他に何らかのリスク意識の向上施策が必要となる可能性も十分にあります.

 一方で,緊急事態宣言は大都市部の通勤目的の外出を大きく減らすという効果はそれなりに高いことがわかりました.もちろん通常通り通勤をしていても,私用目的の外出頻度を減らすことで,人との出会いを半分程度に下げることが可能なようです.しかし通勤に全く行かなくなると,人と出会う回数が20%程度にまで大きく減少することがわかりました.

 著者は医療を専門とはしていませんが,今回の緊急事態宣言の大きな目的の一つと考えられる,夜の飲食店における感染の拡大防止というピンポイントな施策も確かに重要でしょう.2020年4月の段階に比べて,外出の質に注目した対策,つまりどのような「外出」は感染拡大に寄与し,どのような「外出」であればクラスターは発生しにくいか,などの知見もずいぶん蓄積したように思います.外出であればどのようなものもすべて制限すべき,というわけではないでしょう.しかしながらもし,緊急事態宣言の期間をできるだけ短くし,社会活動が停止することによる影響の「積分値」を最小化したいという場合は,緊急事態宣言の最も確実な効果ともいえる通勤行動の抑制を,企業にどの程度徹底してもらえるかが,とりわけ重要なポイントになるかもしれません.

補注 筆者らのWebによるアンケート調査により,約5000人のスクリーニング調査対象者を経て,都道府県・性別・年代を等しくサンプリングした回答者.詳細は調査のまとめをご覧ください.また,この内容は「廣井悠:COVID-19に対する日本型ロックダウンの外出抑制効果に関する研究,都市計画論文集,No.55-3, pp.902-909, 2020.(審査付)」で学術論文として刊行されています.

東京大学先端科学技術研究センター・教授/都市工学者

東京大学先端科学技術研究センター・教授。1978年10月東京都文京区生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻・博士課程を2年次に中退、同・特任助教、名古屋大学減災連携研究センター・准教授、東京大学大学院工学系研究科・准教授を経て2021年8月より東京大学大学院工学系研究科・教授。博士(工学)、専門は都市防災、都市計画。平成28年度東京大学卓越研究員、2016-2020 JSTさきがけ研究員(兼任)。受賞に令和5年防災功労者・内閣総理大臣表彰,令和5年文部科学大臣表彰・科学技術賞,平成24年度文部科学大臣表彰・若手科学者賞、東京大学工学部Best Teaching Awardなど

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