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「日本の皆さんがどう感じたのか知りたい」。移民問題を背景に父子を見つめる『白日青春−生きてこそ−』

杉谷伸子映画ライター

主演アンソニー・ウォン

来日インタビュー

「監督は新人なので彼のことは知らなかったのですが、今作の製作会社のゴールデンシーンのことはとても信頼しているんですよ。コロナが影響しているのかわかりませんが、この話があったときはちょうど暇でしたし、“じゃあ、やりましょう”と」

難民の国際中継地であり、毎年数千人の難民が政府の承認を待つ香港を舞台に、カナダへの移住を夢見るパキスタン人一家の少年ハッサンと、タクシー運転手チャン・バクヤッの絆を描いた『白日青春−生きてこそ-』

難民問題を背景に“父と息子”を見つめた作品で、バクヤッを演じているのが、『インファナル・アフェア』などで知られるアンソニー・ウォン

本作では第59回台湾金馬奨の最優秀主演男優賞に輝き、これが長編第1作のラウ・コックルイ監督最優秀新人監督賞最優秀オリジナル脚本賞を受賞している。

自身も’70年代に本土から密入境し、居住権を得たバクヤッは、息子との仲がうまくいかず、あらゆることが悪循環に陥っている頑固親父だが、そんな彼がハッサンに対して抱く感情など、苦境にある人々の想いがリアルに描かれている。

アンソニー・ウォン:1961年生まれ。『ハード・ボイルド 新・男たちの挽歌』('92年)、『インファナル・アフェア』('02年)等で知られる。撮影:杉谷伸子
アンソニー・ウォン:1961年生まれ。『ハード・ボイルド 新・男たちの挽歌』('92年)、『インファナル・アフェア』('02年)等で知られる。撮影:杉谷伸子

「役を演じるときに大切にしなければならないのは、一般的には間違いをしないこと。間違いをしなければ、淡々と普通に演じていればいいんじゃないですかね。監督とは、脚本に矛盾はないかとか、シーンの撮影順や段取りとか、技術的なことについてはよく話をしました。

現場で脚本の修正もよくありましたよ。たとえば、ハッサンとバクヤッが夜の海辺で水の冷たさに驚くシーン。脚本では、2人が海の中に入って、バクヤッがハッサンに水泳を教えるというものでしたが、撮らなかった。理由は3つありまして。夜なので、照明が足りない。それに、非常に寒い日だった。暗闇の中で、何の安全対策もないままで撮影するのは、子供にとっては非常に危険ですよね。それによくよく考えると、もともと泳げない子に30分泳ぎを教えて、海を泳いで渡れるほどになれるのかと言ったら、こんな馬鹿げたことはない。そこまで考えないと、完成した作品を観たお客さんに笑われてしまいますよね」

高校卒業後、映画を学ぶために広東語もわからないままマレーシアから香港へやってきたラウ監督。父親の愛を渇望する息子と、息子を理解しようともがく父親の物語という本作には、監督自身の移民生活も刻印されているそう。

難民申請をしたパキスタン人の両親のもとに香港で生まれた少年ハッサンを演じたサハル・ザマンは、パキスタン出身で香港在住。本作が初めての映画出演ながら、第41回香港電影金像奨最優秀新人俳優賞を受賞している。

「彼の受賞はもちろん、嬉しい。でも、本人が一番嬉しいですよね。遊園地に遊びに行った子供たちが、射的ゲームの賞品を手に入れて帰るようなものですからね。彼は撮影中に台詞を間違えることもなかったし、広東語の発音もすごく上手だった。撮影中はずっとあの子と遊んだり、いじったりしてました。歌っちゃいけない歌を教えたりもしたんですけど、それも見事に歌っていましたよ(笑)」

バクヤッは、カナダへの移住を夢見るハッサンの力になろうとするが。
バクヤッは、カナダへの移住を夢見るハッサンの力になろうとするが。

そういえば、アンソニー・ウォンが演じる下半身不随の男チョンウィンとフィリピン人家政婦エヴリンの交流を通して希望を描いた『淪落の人』でも、チョンウィンはエヴリンに良くない言葉を教えていた。

その『淪落の人』や本作をはじめ、近年の香港映画は社会問題を背景にした若手監督による秀作が次々と誕生し、第2の香港ニューウェーブ到来とも呼ばれている。『淪落の人』にはノーギャラで出演するなど、新人監督の作品への姿勢に、映画の未来へのベテラン俳優としての想いを感じずにいられない。

「“『淪落の人』はノーギャラだったんですよね”と言われるので、今回はそうはいかないぞと(笑)。皆さんにリマインドされて、高額ではありませんが、一応ギャラは受け取りました。でも、もともと私のギャラは香港映画界でも最低レベルなんですよ。もっともっとギャラを払ってもらいたいんですけど、仕方なく最低のギャラを受け取っているんです(と、泣き真似をする)」

冗談めかす名優に、これからの香港映画に期待することを聞いてみた。

「正直、今、映画はあんまり観ていないんですよ。特に香港映画はほとんど見てないし。というのも、自分自身がもう香港映画界の人間ではないんじゃないかなという気がしているんです。私がかつていた香港映画界は、もう過去の世界になっていて。なんだか、今は自分が、新中国ができる前の清朝の人間のような錯覚に陥っています。正直、香港映画のこれからは私にはなんの関係もないわけですよね。

言い換えれば、普段、月曜から金曜にかけて会社で働いていて、土曜日にゴルフをするとなると、そのゴルフは仕事だと思いますか? だから私にとっては、今、映画出演は仕事ではなくて、純粋に自分の趣味だと思っている感じですね」

邦題のサブタイトルに「生きてこそ」とある本作。雨傘運動への支持を表明するなど、信念の人でもあるアンソニー・ウォン。生きるうえで大切にしていることは?そして、「生きている」と実感するのはどんなときだろう?

「生きることは、そんな難しいことではないですけれども、生活していくことは大変だと思うんですよ。生きることは、動物としての本能です。でも、生活するということは、人間がある基準を持って生きていくこと。そのために大切にしているのは、尊厳ですね。

そして“生きている”と感じるのは、今、この瞬間。過ぎたことは、ある意味では、もう存在していないわけですから。そして、未来もまだこれからやってくるものですから」

そんな名優に役者として大切にしていることを尋ねると、「想像力」だという答えが返ってきた。

警察官になった息子とうまくいっていないことも、バクヤッの抱える問題のひとつ。
警察官になった息子とうまくいっていないことも、バクヤッの抱える問題のひとつ。

「普段の日々に想像力がなければ、役を演じるときに想像力ってあると思います? つまり、芸術もそうなんです。たとえば、何かを作るときに、すごく高度なテクニックを持っていて、一生懸命にその作品を完成させる。これは、ある意味では匠の職人ですよね。ところが、アートは、普段の日々の生活、暮らしの中に何らかの言葉をもたらしてくれる。それがアートの力なんですよね」

だからこそ、本作でもラストシーンのバクヤッの選択が、観客に自分自身をも見つめさせてくれるのだろう。「映画は趣味」などとご隠居さんのようなことを言わずに、これからもたくさんの素晴らしい作品の誕生に力を貸してほしい。

「隠居なんて、本当はしてないですけど(笑)。この作品にしても、私が日本の皆さんにどういうふうに見てほしいというよりも、逆に日本の皆さんが見た後の感想をぜひ聞かせてもらいたいと思っています。日本の皆さんはこの映画からどんなメッセージを受け取ったのかを知りたいんですよね。今回の日本での取材で皆さんから“感動した”という言葉をたくさんいただいて、すごい価値のあることをしたんだなと実感してます」

『白日青春−生きてこそ−』

シネマカリテほか全国順次公開中

PETRA Films Pte Ltd (c)2022

配給:武蔵野エンタテインメント株式会社

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『SCREEN』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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