「田母神新党」は真正右翼か フランス極右政党と比較してみた
「親米保守」VS「反米保守」か
日本維新の会の石原慎太郎共同代表は先月29日、維新を分党し、新党を結成すると表明。「石原新党」に元航空幕僚長の田母神(たもがみ)俊雄氏も参加すると産経新聞は報じていた。
先の東京都知事選で61万票を得た田母神氏も「日本真正保守党」を立ち上げるとツィートしている。田母神氏は2日、「石原新党」との関係について「当面は別々でやっていきたい」と同紙に語った。
日本維新の石原氏と橋下徹共同代表(大阪市長)が別れたのも結局は「国家観」が共有できなかったからだ。大阪の下町出身の橋下氏はどう転んでも、石原氏や田母神氏のような「ナショナリスト」にはなれない。
安倍晋三首相も「ナショナリスト」だが、ナショナリストには大きく分けて2つある。「開かれたナショナリスト」か、「閉じられたナショナリスト」か。
日本戦後政治の文脈に置き換えると「親米保守」と「反米保守」の違いということになる。安倍首相は祖父の岸信介首相と同じ「親米保守」、石原氏は「反米保守」に分類できる。
先の分党会見で石原氏はこう語っている。
「私は、この国を建て直すために、米国が日本を解体・統治するための一つの便法として作ったあの憲法、日本文としても間違いだらけの憲法を何としても直したい」
「前文という、非常に醜悪な日本語で書かれている憲法の理念をうたっているつもりの文章は、助詞1つ取っても間違いだらけの文章です。物書きの1人として、日本語に愛着を持つ日本人の1人として、とても我慢がならない」
典型的な「押し付け憲法」論である。田母神氏の憲法観はどうかと言えば。
日米同盟の重要性を肌身で知る田母神氏の安全保障観は「親米」と信じたい。しかし、ツィートを見る限り、日本の深層心理に「反米」を訴える石原節と共鳴している。
フランス「国民戦線」が成功した理由
欧州では先の欧州議会選で極右・右翼政党が台頭した。ドイツと並んで欧州連合(EU)の要であるフランスで、極右政党「国民戦線(FN)」が得票率約25%で国内第一党に踊り出た。
女性党首のマリーヌ・ルペン氏(45)は元弁護士で2度の離婚歴があり、3児の母。反ユダヤ主義、ホロコースト否定、歴史修正主義で悪名高かった父ジャンマリ・ルペン氏時代の悪魔的イメージを一新し、「毒消し」に成功した。
国民戦線はカトリック伝統主義者が人工中絶に反対してきたが、マリーヌ氏は条件付きで人口中絶の容認に転じた。実は反イスラムの裏返しに過ぎないのだが、政教分離を受け入れ、同性愛に寛容な姿勢を示している。
女手1つで子供を育て、今は事実婚であることも人気の秘密になっている。極めて「現代的な働く女性」像を体現しているからだ。これに対して、田母神氏はどうか。
今どき欧州の右翼でこんなことを言っているのは、ギリシャの「黄金の夜明け」党など、時代錯誤の極右政党ぐらいだろう。これでは「田母神新党」が支持を広げるのは難しい。
ソーシャルメディアを駆使する右翼ポピュリスト
しかし、田母神氏の先進性は、橋下氏と同様、ソーシャルメディアを通じた発信力に秀でている点だ。右と左とを問わず、現代のポピュリストに求められる絶対条件は、ツイッターを使って、自らの主張を戦略的に拡散させられる能力を持っていることだ。
イスラエル国防省やシリア電子軍、イスラム過激派はソーシャルメディアの天才である。日々、ツイッターでプロパガンダ戦争を展開している。
マリーヌ氏や田母神氏のフォロワー数を比較してみる。
フランス国民戦線 マリーヌ氏 28万7480人
オランダ自由党 ウィルダース党首 32万5173人
田母神氏 21万3914人
橋下徹氏 118万5903人
石原慎太郎氏 2万2837人
※オランダ自由党はイスラム系移民排斥を唱える極右政党
田母神氏によるツィートの拡散力は破壊的だ。右翼政党はカリスマ性のあるリーダーを持つことが成功の条件だが、現代政治でツィートできないリーダーは影響力を増幅できない。
その意味で、1件しかツィートしない石原氏は旧タイプ、2626件ツィートしている田母神氏の方がリーダーに相応しいのかもしれない。
自民族中心主義
フランスの国民戦線は「右翼ポピュリズム」から、移民、失業、社会保障という政策に焦点をあて、支持層を拡大した。
しかし、マリーヌ氏が、反米、反環大西洋貿易・投資連携協定(TTIP)、反グローバリゼーションを掲げる「閉じられたナショナリスト」であることに変わりはない。
「保守」が分裂し、極右・右翼政党が勢力を増すのは、米国の保守派の市民運動「ティーパーティー」を見てもわかるように、世界的な傾向だ。先進国内の「負け組」がグローバル経済に辟易し、内向きの原動力になっている。
欧州では、移民の割合が多いパリやロンドンより、移民が少ない地方の方が国民戦線や英国独立党(UKIP)の得票率が高かった。低所得者層の居住地区で移民が一定の割合まで上昇すると、極右・右翼政党の支持率がハネ上がっている。
フランスでは外国生まれの人口が全体の1割を超えるが、日本では在留外国人の割合は1.6%程度。移民問題が自民族中心主義を誘発しているわけではない。
それより、中国の軍備増強と反日愛国主義、韓国の経済台頭と反日ナショナリズムが、日本の排他的ナショナリズムに火をつけている。日本メディアに右と左の「ベルリンの壁」が残り、激しい論戦を繰り広げていることも状況を複雑にしている。
田母神氏の安全保障観
田母神氏の安全保障観は国際基準から見れば、至極当たり前。これが田母神人気の背景にある。
オバマ米大統領が「米国は世界の警察官ではない」と宣言してしまった以上、冷戦終結後の世界秩序が大きく変化するのは避けられない。
ウクライナ危機や南シナ海、東シナ海での緊張はパワーの移行によって起きている。だから、安倍首相は新しい秩序を構築するため、「地球儀を俯瞰する外交」を掲げて世界を飛び回っている。
マリーヌ氏は露骨な自民族中心主義を、移民、犯罪、失業、社会保障という社会問題に落とし込み、自国民優先政策というオブラートに包み込んだ。
ここが欧州の極右・右翼政党が成功した最大のポイントだ。田母神新党も、石原新党も主張はマリーヌ氏ほど戦略的ではなく、洗練されていない。悪魔的なイメージが強い父ジャンマリ・ルペン氏に近い。
日本では自民族中心主義を東アジアの安全保障という政策につなげれば、国内外の理解を得やすい。しかし、自民族中心主義が歴史修正主義など排他的ナショナリズムにつながると、極めて危険である。
田母神氏の論理は国際社会では受け入れられない。こうしたメッセージは国内では受けても、国際社会では日本不信を無用に膨張させ、中国や韓国の反日外交につけ入るスキを与えるだけだ。
先のアジア安全保障会議(シャングリアダイアローグ)について、外務省のHPは次のように報告している。
「中国人民解放軍関係者による総理の靖国参拝に関連した歴史認識についての質問に対しては、安倍総理より、日本は戦後70年にわたり、過去の歴史への痛切な反省の上に、自由で民主的で、人権を守り、法の支配を尊ぶ社会を作ってきた、平和国家としての歩みは今後も変わらない旨明確に述べたところ、会場の多くの参加者より拍手が起こった」
ロンドンでアジアの安全保障に関するイベントにできる限り参加しているが、安倍首相の靖国神社参拝を「支持」する人は皆無だ。拍手は「平和国家としての歩みは今後も変わらない」という戦後ニッポンの歩みに対して贈られたと思うのだが。
「田母神新党」は海外ではおそらく日本の右傾化の証として取り上げられる可能性がある。
安倍首相が憲法改正のため公明党と袂を分かち、「石原新党」と手を結べば、国際社会に間違ったシグナルを送ることになる。靖国神社参拝を繰り返すのも、従軍慰安婦をめぐる河野談話を見直すのも同じ効果を持つ。
日本では安倍政権の誕生で政治が信頼を取り戻した。現時点で、日本社会が極右・右翼政党の台頭を許すことはないだろう。しかし、安倍首相の経済政策アベノミクスが破綻し、インフレが止まらなくなると、政治環境は一気に悪化する。
日本にとって大切なのは、株価にらみの近視眼的な経済・財政政策から中・長期的な成長戦略にかじを切り、持続可能な財政と成長の両立を目指すことだ。
そして「田母神新党」を反面教師に、安倍首相は「閉じられたナショナリスト」ではなく、「開かれたナショナリスト」のイメージを世界に発信することだ。
そのためにも米国との環太平洋経済連携協定(TPP)、欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)の交渉を急ぎ、東南アジア諸国連合(ASEAN)や欧米諸国との安全保障協力を強化しなければならない。
安倍首相は来年の戦後70年に向け、他国の犠牲の上に自国の繁栄を築こうとした戦前日本の誤った外交・安全保障政策がアジア諸国に多大な損害と犠牲を与えたことを再確認し、二度と同じ過ちがアジアで繰り返されないよう日本は最大限、努力することを誓うべきだ。
(おわり)
参考文献『2012年大統領選挙・国民議会選挙と「マリーヌの国民戦線(FN)」―右翼ポピュリズム政党の勢力回復が意味するもの』畑山敏夫著