Yahoo!ニュース

野党幹部が顔に強酸をかけられ拷問・殺害――強権化するタンザニアの影にある中国の“独裁学校”

六辻彰二国際政治学者
【資料】中国を訪問したタンザニアのハサン大統領(2024.9.3)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
  • 東アフリカのタンザニアで野党幹部が拉致され、顔面を強酸で焼かれた遺体が発見されたことで、疑惑の目は政府に向けられている。
  • タンザニアでは来年の大統領選挙を控えて、野党関係者が行方不明になったり、警察に不当に勾留される事案が増えている。
  • タンザニアは強権化が目立つが、この国には中国共産党がアフリカの与党関係者に“中国式の統治”を伝授する学校を創設している。

識別不能なほど焼かれた顔

 現在のアフリカは内戦やテロといったイメージで語られやすいが、なかには観光客が目立つ国もある。タンザニアはその一つだ。

 アフリカ最高峰キリマンジャロやサファリといった観光資源があるだけでなく、この国の治安は比較的ましな部類に入る。世界銀行によると、タンザニアの殺人発生率(2020年)は10万人あたり4人で、アフリカ平均の13人を大きく下回る。

 ところが、残念ながら、そうした“安定”イメージは変わりつつあるかもしれない。

 この国では9月6日、野党CHADEMA(民主進歩党)幹部アリ・モハメド・キバオ氏が武装したグループに拉致された。キバオ氏が乗っていたバスを武装集団が前後から車で挟み、動けなくしたうえでバスに乗り込んでキバオ氏を連れ去るという、かなり荒っぽい手法だった。

 翌日、キバオ氏は遺体で発見されたが、確認にいった民主進歩党関係者によると、遺体には暴行を受けた痕跡があるうえ、顔面が強酸によって焼けただれていたため、当初は識別できないほどだったという。

 民主進歩党のフリーマン・ムボエ代表は「キバオは殴打され、強酸で顔を焼かれて拷問された末に殺された」と述べ、事件を強く非難した。

疑惑が向けられる政府

 事件を受けてサミア・スルフ・ハサン大統領は9日、Xで「大きな悲しみ」を表明し、「調査機関に詳しい報告を求めた」と述べたうえで、「我が国は民主主義国家だ。市民には生きる権利がある。こうした野蛮な行為を決して許さない」と投稿した。

 しかし、この声明に多くの国民が納得したかは疑問だ。というのは、タンザニアでは政府や警察への疑惑が広がっているからだ。

 実際、この国では野党関係者の失踪が相次ぎ、そのなかで警察による違法な勾留も数多く報告されている。例えば今年6月、警察は民主進歩党の党員を「SNSの違法な利用」を理由に拘束したが、その事実を家族に知らせたのは約1カ月後だった。

 こうした状況への批判から、8月に民主進歩党の青年部幹部をはじめ3人が何者かに拘束されて行方不明になった際、警察はわざわざ「勾留していない」と発表した。

 その一方で、民主進歩党は8月、警察によって不当に逮捕された党員が520人にのぼると発表した。

 そのなかにはムボエ代表も含まれる。ムボエは8月中旬、1万人規模の若者のデモに参加しようとして逮捕された。

 こうした経緯があるからこそ、キバオ氏殺害について民主進歩党や他の野党は「警察は信用できない」として、独立した調査委員会の設置を求めているのだ。

人権団体だけでなく、アメリカ政府もこの要求を支持している。

大統領選挙を前にした強権化

 政府による超法規的措置が疑われる理由の一つは、来年の大統領選挙にある。

 ハサン大統領を擁する与党CCM(革命党)は、冷戦時代からこの国の権力の座にある。ハサンの前任者、ジョン・マグフリ前大統領は野党の政治活動を禁止し、SNSの使用を制限するなど、露骨な強権体制を築いた。

 野党禁止の措置はハサンによって2023年に解除された。しかし、それと入れ違いのように、野党関係者の拉致や襲撃が増えているのだ。

 その一方で、タンザニアではコロナ感染をきっかけに貧困層が300万人増えたという報告もあるほど生活苦が広がっている。

 それに比例して、長期政権に対する批判も高まっている。その中心にあるのが民主進歩党だ。

 今年1月に民主進歩党が行った、政治改革を求めるデモには約1万人が参加した。

 こうした背景のもとで発生したキバオ氏殺害について、在タンザニア米大使館はXに「民主主義国家では、選挙を前にした殺人、行方不明、勾留、襲撃など市民の権利を剥奪する行為は許されない」と投稿し、暗にタンザニア政府を批判した。

強権化の背後にある中国の影

 アメリカ政府が神経を尖らせる一つの理由は、タンザニアが冷戦時代から中国のアフリカ進出の一つの拠点であることだ。

 そのタンザニアには最近、中国式の統治が“輸出”されているとみられる。

 タンザニアでは2022年、最大都市ダルエスサラームの近郊にムワリム・ジュリアス・ニエレレ・リーダーシップ・スクールが開講した(ムワリムとは現地のスワヒリ語で“先生”を意味し、ジュリアス・ニエレレはタンザニア初代大統領の名前である)。

 先進国メディアで初めてこの学校関係者にインタビューした米AXIOSによると、4000万ドルの建設費用は中国共産党の幹部を養成する党中央校が提供したという。

 開校式には中国やタンザニアだけでなく、その他のアフリカ5カ国からの出席者も含め、2000人が参加した。中国の人民日報はこれを「各国のリーダーがお互いに学び合う場」とその意義を強調している。

 しかし実際には、中国共産党の関係者が教師役となり、中国共産党の歴史、統治方式、習近平思想などを教え込んでいるとAXIOSは報じている。

 参加国の一つナミビアの出席者はインタビューに「中国では党と政府が密接に協力している…我々の仕事にとって非常に重要なことだ」と答え、カリキュラム内容を基本的に支持した。

 権力の集中は国家主導の経済成長にとっては有利なのかもしれないが、それが三権分立や異論の表出にブレーキをかけるものであることも確かだ。

 “学校”の詳細には不明な部分が大きいものの、中国共産党式の統治が浸透しつつあるとすれば、これがタンザニアの強権化につながっているとアメリカ政府が考えても不思議ではない。キバオ氏殺害に対するアメリカ政府の懸念と批判は、その表れとみてよい。

 とすると、強酸で顔を焼かれた野党幹部の死は、アフリカの一つの国の出来事というより、中国の影響力が広がる世界の縮図といえるのかもしれない。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

六辻彰二の最近の記事