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米警官射殺事件でライアン・フィリップのTVドラマが延期に。似た例は過去にも

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「アウトロー」のプロモーションで2013年に来日したトム・クルーズら(写真:アフロ)

アメリカで、またもや悲劇的な事件が起こった。米時間17日(日)、ルイジアナ州バトンルージュで、元海兵隊員が警官を銃で撃ち、3人が死亡、3人が負傷したのである。今月7日には、テキサス州ダラスで警察官5人が射殺される事件が起きたばかり。その犯人も、元アフガニスタン従軍兵だった。

ダラスの事件の直後、アメリカのケーブルチャンネルUSAネットワークは、ライアン・フィリップ主演の新ドラマ「Shooter」の放映開始を、今月19日から26日に延期している。「Shooter」は、2007年のマーク・ウォルバーグ主演映画「ザ・シューター/極大射程」のテレビドラマ化版で、優れた射撃の腕をもつ元海兵隊員が、暗殺阻止計画に協力することになるというアクション物だ。だが、またもや元米軍兵をめぐる事件が起きたのを受け、昨日、局は、放映開始をさらに延期すると発表した。新しい予定については、今のところ、「秋」という漠然とした情報しか知らされていない。

この判断は妥当といえるだろう。予定どおり、今、放映をすれば、不謹慎というバッシングを受けるのはもちろんのこと、たとえドラマの中で主人公がヒーローだったとしても、記憶があまりにも生々しすぎて、共感できない視聴者は少なくないはずだからだ。

現実の世界で起きた悲劇のせいで、ハリウッド映画やテレビドラマが延期や変更を余儀なくされた例は、過去にも多数ある。古く遡れば、スタンリー・キューブリック監督の「博士の異常な愛情」(1964)も、ジョン・F・ケネディ暗殺事件のせいで、公開が3ヶ月ほど延期されている。最近の例をいくつか振り返ってみる。

「Mr. Robot」(今月29日、日本でもアマゾンにて配信開始予定)」(2015)

(日本ではこれからリリースのため、ややネタバレ注意)昨年USAネットワークで放映開始されたこの新ドラマは、今年のエミーでも多数部門でノミネートされるなど、高い評価を得ている。しかし第一シーズンの最終回で出てくるシーンが、昨年8月にヴァージニア州で起きたテレビレポーターをめぐる射撃事件を思い起こさせることから、最終回の放映が数日延期された。

「L.A.ギャング ストーリー」(2013)

ライアン・ゴズリング、エマ・ストーン、ショーン・ペン、ジョシュ・ブローリンらが出演するこのフィルムノワール物には、映画館での派手な射撃シーンがあった。しかし公開直前の2012年7月、コロラド州オーロラで、「ダークナイト・ライジング」を上映中の劇場で乱射事件が起こったため、予告編の上映は取り下げられ、公開は延期に。問題の部分はチャイナタウンに場所を変更された上で再撮がなされ、2013年1月に北米公開された。

「The Watch(日本未公開)」(2012)

ベン・スティラー、ヴィンス・ヴォーン、ジョナ・ヒルなどアメリカで大人気のコメディアンが出演するコメディ映画。コストコに勤める男たちが、Neighborhood Watch(近所を監視するボランティアの警備チーム)を結成して活動する話だが、同年2月、フロリダ州で、17歳の黒人青年トレバー・マーティンが地元のNeighborhood Watchのメンバーによって射殺される事件が起こり、タイトルは「The Watch」に変更された。マーケティングも、敵がエイリアンであることを強調するものに変えられている。

「アウトロー」(2012)

元エリート軍人の流れ者が巻き込まれるトラブルを描くこのアクション映画は、当初2012年12月15日のプレミアが予定されていたが、その前日に、コネティカット州のサンディ・フック小学校で乱射事件が起きたため、北米プレミアは中止された。この事件では20人の子供と6人の大人が死亡した。

「Vフォー・ ヴェンデッタ」(2006)

ナタリー・ポートマン、ヒューゴ・ウィービングらが出演するこのコミックブックの映画化作品には1605年の火薬陰謀事件が出てくるが、公開が予定されていた2005年11月の3ヶ月前に、ロンドンの地下鉄テロ事件が起こった。公開日は翌年に変更されている。

「フォーン・ブース」(2003)

コリン・ファレルがまさにブレイクし始めていた2002年11月に公開予定だったこの映画は、電話ボックスにいる主人公(ファレル)が、何者かに銃で狙われており、ボックスから動くと殺すと脅されるスリラー。同年10月にヴァージニア州とワシントンD.C.で起きた狙撃事件のため、公開は2003年4月に延期された。この事件では10人が死亡している。

「メン・イン・ブラック2」(2002 )

公開日の変更はなかったが、クライマックスのアクションシーンが世界貿易センターで起こる設定になっていたため、そのシーンは自由の女神に書き換えられ、再撮が行われた。

「コラテラル・ダメージ」(2002)

テロリストのせいで愛する妻子を失った消防士の話。もともとの北米公開予定は、2001年10月5日。しかし9月11日のテロ事件のため、公開は翌年2月に延期された。

2001年9月11日のテロがアメリカに与えた衝撃はあまりにも大きかったため、ほかにもあらゆる映画やテレビがなんらかの調整を行っている。世界貿易センターを消したものもあれば、追悼を送る文面を加えたケースもある。たとえば、「スパイダーマン」(2002)や事件直後に北米公開されたコメディ「ズーランダー」では世界貿易センターがデジタルで消去された。「ボーン・アイデンティティ」(2002)でも、編集過程でかなり手が加えられている。

ところで余談ではあるが、問題のテレビドラマ「Shooter」では、スタントマンが撮影現場で車に轢かれるという事件も起きた(http://bylines.news.yahoo.co.jp/saruwatariyuki/20160707-00059720/)。当初、この被害者は重傷と報じられたが、情報は少ないものの、被害者は回復に向かっているようである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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