【性犯罪報道】何を報じるのか、報じないのか。記者の葛藤とこれから
■被害当事者が制作した「性暴力取材のためのガイドブック」
12月中旬の都内で、ある小規模な集まりが開かれていた。「性暴力と報道 対話の会」。性暴力被害の当事者である山本潤さんらが2015年から始めた会だ。山本さんは実父から受けた性虐待を2010年に告白。現在、性暴力被害者支援看護師(SANE)として活動を続けている。この日の参加者は8人。山本さんともう1人の当事者、他の6人は報道関係者。報道関係者は、筆者のほかはテレビ局や大手新聞の記者だった。
会に先駆けて、山本さんは自身のブログで「性暴力取材のためのガイドブック」を公開している。制作のきっかけは、被害者の元に取材に来る記者たちに性暴力に関する基本的な知識がないと感じたことや、性暴力取材では被害者と記者の行き違いが起こりやすいと気づいたことだという。
ガイドブックの中では、被害者が取材を受けて「困ったこと」と「良かったこと」の両方が紹介されている。「困ったこと」は、「記者の方の思い込みが強く、どんな話をしてもすごくかわいそうな人という扱いになってしまった」「報道後、性的に脅すメールや、いたずらメールがたくさんきた」などが挙げられている。一方で「良かったこと」は、「取材を受けたことで改めて自分の過去を整理することができた」「誠実に考えてくれる記者さんたちと出会えたこと。ちゃんと関心を持って考えてくれる人がいるんだと嬉しかった」など。
また、記者側からの「具体的に話を聞かないと事実関係を間違えてしまう可能性があるが、どこまでどう聞いていいのかわからず戸惑った」「取材チームの中に取材対象者に偏見を持った人がいて終始、失礼な態度を取っていないかなど気がかりだった」といった戸惑いの声も紹介されている。
集まりで報道関係者から異口同音に聞かれたのは、「性犯罪取材について特別な研修を受けたことはない」という声。報道の現場では「先輩の背中を見て学べ」という雰囲気が強く、戸惑いながらも手探り挑む場合がほとんどという。筆者もこれまで、ほぼ独学で取材や執筆を続けているが、大手企業でも同じと知って驚いた。
■質問で「なぜ」を使わない理由
報道側の「良い例」もある。山本さんはガイドブックにも書かれている例を挙げた。
「ある記者さんは、取材時に『なぜ』『どうして』という言葉を極力使わないようにしていると話していました」
たとえば「なぜ、その時間にその場所にいたのですか?」という聞き方は、理由を聞く質問である一方で、被害者の落ち度を責める意味にも取れる。被害者は自尊感情が損なわれていることも多く、こういった何気ない一言が溝をつくることにもなる。
「理由を聞くのであれば、『その場所に行くことになった理由を教えてください』『どういう経過で行くことになったのか教えてください』という言葉の方が、被害者が混乱しません」
「なぜ」は取材時によく使われる言葉だ。しかし言葉遣いを少し変えるだけで、被害者が取材を受ける負担を軽くできることがある。
■西日本新聞「性暴力の実相」担当者に聞く
西日本新聞で2015年から連載「性暴力の実相」を担当している久知邦(ひさし・ともくに)記者は、山本さんに「良い例」と紹介された、「なぜ」を使わない記者だ。
久記者は大学時代に心理学を学び、DV被害者の避難するシェルターで母親と避難してきた子どもたちを支える活動をしていたという。卒業後は大学院に進学し福祉職に就くつもりだったが、同じ希望の仲間が多く「それなら自分は報道で伝える役割を担ってもいいかもしれない」とマスコミを志望。西日本新聞社に就職した。
「なぜ」を使わない工夫について聞くと、「実は取材で教えてもらったことです」と久記者。性犯罪被害者支援に詳しい識者への取材で聞いたことだという。
「『なぜ抵抗しなかったの?』という聞き方は被害者を責めているとも取れる。同じ内容のことを聞きたいのであれば『抵抗するとどうなると思われましたか?』と聞けばいいと」
「性暴力の実相」は、2015年9月のスタートからこれまでに5部まで続いている連載だ。1部では被害者、2部では加害者への取材をメインに行い、以降はそれぞれ「企業内のセクハラ」「学校内での性被害」「性犯罪刑法の改正」がテーマとなっている。これまでに取材した被害者、加害者は約50人、被害者支援や加害者治療に携わる人なども入れると100人を超えるという。
■伏せられた被害、自粛の判断
「性暴力の実相」は、久記者たち警察司法担当記者が中心になって企画を立てた連載だという。なぜ性犯罪に関する連載を行おうと思ったのだろう。きっかけを聞くと、久記者の口が重くなった。
「ある性犯罪事件の取材がきっかけです」
その事件では、警察や検察が罪名の一部を伏せた。性犯罪が行われたと報じられることを被害者の家族が望まなかったためだ。久記者たちは加害者に性犯罪の前科があることも事件直後に把握していたが、当時それを記事に書くことはなかった。
「その事件の加害者は刑務所で行われる再犯防止のためのプログラム(性犯罪者処遇プログラム※1)を受けていました。性犯罪者の再犯事件であることを書けば、再犯防止プログラムの課題や性犯罪の問題について世の中に問うことができ、法改正にもつながったかもしれない。社内でも何度も検討を重ね、結果的に自粛の判断したことは間違っていなかったと思っていますが、事件の内容があまりにも理不尽でやりきれなかった。何かできなかったのかという気持ちが今もある。それで性犯罪の連載を企画し、まずは取材に応じてもらえる被害者の方を探しました」
■「テレビ局の場合は、映像がないとニュースにならない」
「報じられない」問題は、ただでさえ可視化されづらい性犯罪・性暴力をさらに見えないものにしていると感じる。
新聞記者の取材の基本は「5W1H(When・いつ/Where・どこで/Who・誰が/What・何を/Why・なぜ/How・どのように)」を押さえることだ。しかし性犯罪取材では特に、被害者が「答えたくない」場合がある。筆者が取材した被害者の中には、解離(記憶の一部を失うなどの症状。性被害の後遺症の一つと言われる)を起こし、内容の詳細を覚えていない人もいた。このような場合、新聞では「事実関係が曖昧」という理由で記事化することを避ける。
久記者もこの理由で、連載の初回に上司から原稿を返されたことがあったという。
「取材までに性被害に関する本を何冊も読みましたが、読めば読むほど悩みました。最初の取材相手の方とはメールのやり取りもしていて、どこまで聞いていいかも確認していましたが、いざ取材となったら躊躇する部分もやっぱりあった。結果的に事実の詰めが甘くなってしまった。せっかく取材に応じてもらったのに記事化できない。そうならないようにしなければならないと思いました」
性犯罪報道における困難さはテレビの場合も同じだ。以前取材した、ジャーナリストの渡辺真由子さんは下記のように語っていた。
性犯罪への関心を高め、被害をなくすために報じたい。しかし、被害者への配慮から肝心の部分が書けないことや、ときには事件自体を報じられないことがある。報道側にはこういった葛藤を抱える記者もいる。
■「被害者へのサポートになる報道」、求める署名も
「性暴力と報道 対話の会」では、「メディア内で性暴力の問題に対する考え方に温度差がある」という意見が参加者から出た。
2016年夏に俳優が起こした事件(逮捕後に示談となり不起訴)では現場が映し出され、中には被害者の容姿を報じたメディアさえあった。芸能人が絡んだ事件で注目度が大きく、取材した報道関係者の中には性犯罪についての基本的な知識を持たない人や、これまで性犯罪被害者に取材した経験のない人も多かったのではないかと推測する。
この件を受けて「性暴力を許さない女の会」が、署名サイトChange.orgで9月にスタートしたキャンペーン「性暴力犯罪の報道は、被害者や被害経験者を追い詰めない内容にしてください!」には、これまでに1万人以上の署名が集まっている。
1988年から主に大阪で活動する同会。メンバーの一人は言う。
「性暴力の被害者は被害を誰にも打ち明けないことが多く、被害者の実態を知る人が少ない。実態が知られていないために、被害者が疑われたり責められたりすることも多いのです。報道にあたっては、被害の実態を知る人の話を尊重してほしい」
たとえば、性暴力に遭ったとき、被害者が恐怖や混乱から「フリーズ」してしまう現象がある。抵抗や声をあげることができず、体が硬直してしまう。しかし、こういったことを知らない人は、被害者に「なぜ抵抗しなかったの?」「なぜ逃げなかったの?」と安易に聞いてしまう。
また性暴力は見知らぬ人から行われることが多いと思われがちだが、実際は無理やり性交された人のうち65.9%が加害者と「知り合い」だったという調査結果もある(2014年内閣府「男女間における暴力に関する調査」)。上司と部下、教師と生徒、親と子など、関係性を巧みに利用した性暴力が実際に多くある。
「性暴力を許さない女の会」は「本当の被害者理解、被害者へのサポートになる報道」「報道の誤りを正すような、性暴力被害者をサポートする立場に立つ『有識者』を迎えた企画」を行ってほしいと要望している。基本的な知識や情報が一般に理解されないまま、センセーショナルな報道だけが目立っている現状に警鐘を鳴らす。
何をどう報じるのか。報じないのか。被害をなくすために報道が担える役割はあるのか。「性暴力と報道 対話の会」は来年も引き続き行われる。
(※)再犯防止のプログラム…。2006年から刑務所と一部の保護観察所に導入されている心理学プログラム。性犯罪の前科がある男が2004年に起こした事件をきっかけに導入が検討された。