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「車内販売の一斉廃止」で見えた今も残る国鉄のDNA

鳥塚亮大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長
この春車内販売が消えるのはJR北海道だけではない。

3月のダイヤ改正を前に、JR各社が特急列車(新幹線を含む)の車内販売をやめると発表しました。

一部に残る列車もあるようですが、廃止する理由は「売れないから。」そして、「働く人が集まらないから。」

日本全国で営業基盤も需要動向も異なるのに、不思議なことに各社とも同じ理由です。

「売れない」のも「働く人がいない」のも、どちらも魅力がないからです。

商品の品揃えや価格に魅力がないから、工夫がないから売れない。

売れない職場だから待遇もよくないので職場に魅力がない。

だから働く人が集まらないのです。

でも商品に魅力がないのは車内販売だけでしょうか?

特急列車そのものに商品としての魅力がないから、お客様が乗らない。

せっかく乗っていただいたお客様がサービスに満足しない。

だから、車内販売だけでなく、特急列車そのものが商品として売れないのです。

そして、そういうことに何も有効な対策を立てることができず、廃止してしまうのが国鉄のDNAと言えるのです。

国鉄のDNA その1 「売れないからやめます。」

どんな商売でも

・どうやったらお客様に手に取っていただけるか。(知っていただけるか。)

・手に取っていただいたお客様に購入していただけるか。

・購入していただいたお客様にリピーターになっていただけるか。

この3つのことを一生懸命繰り返しています。

これは何も大企業の営業戦略ばかりでなく、商店街の八百屋さんや魚屋さん、肉屋さんといった個人商店のおやじさんたちでも、当たり前のように毎日考えてやっていることですね。

・どうやったらお客様に手に取っていただけるか。

これは自分の店に来ていただくことであり、そのためには広告宣伝や、魅力的な商品陳列や、パッケージデザインなどの差別化であったり、あるいは価格戦略かもしれません。最近の通販などではSEO対策だけでなく、SNSでの情報発信などが求められる部分です。

・手に取っていただいたお客様に購入していただけるか。

せっかくお店にいらしても、あるいは自分の会社の商品を手に取ってもらっても、「やっぱりやめておこう」とご購入いただけなければ売り上げにはなりません。メーカーも販売店もどうやったら手に取った商品をレジまで持って行ってもらえるか。カートの中の商品を決済まで持って行ってもらえるか一生懸命考えています。

リアルな店舗でもネット通販でも販売形態は違いますが、お客様にご購入していただけるための戦略は重要な部分です。

・一度購入していただいたお客様にリピーターになっていただけるか。

これは一番大事な部分で、お客様に自社商品をお使いいただいてご満足していただくというところです。

その満足というのは人それぞれで、ある人は品質であり、またある人は価格的満足であったり、またある人は商品供給のタイムリーさであったりと、いろいろなお客様がそれぞれに満足するところが違いますから、商品によってはピンポイントでターゲットを絞ることも必要でしょうし、あるいは幅広い顧客層のどのあたりの満足度を目指すかなど、難しい戦略が必要になる部分です。

でも、「リピーターになっていただく」ということができなければ商売はまわりません。

つまり、せっかく捕まえたお客様を逃がしてしまうことになるのです。

雪の季節にはJRの信頼性はとても高い。にもかかわらず車内でのおもてなしがない列車からはお客様がいなくなって来ている。ふつうなら何とかしなければならないと考えませんか。
雪の季節にはJRの信頼性はとても高い。にもかかわらず車内でのおもてなしがない列車からはお客様がいなくなって来ている。ふつうなら何とかしなければならないと考えませんか。

筆者はこういうことが商売だと考えていますが、旧国鉄を引き継いだ民間会社の輸送という商品には、こういう戦略が全く感じられないのです。

つまり、お客様が買わないんだったら、閉店します。商売をやめますということが国鉄のDNAなんです。

自分たちが何も工夫しないから、時代に合った商品を提供できないからお客様が買ってくれないのです。

これは民間企業の常識です。でも、彼らはそういう考えではなくて、「皆さんが乗らないのですから廃止します。」ということを40年前からずっとやってきました。

民間会社になってからしばらくは線路の廃止こそ少なくなりましたが、その線路の上を走る列車はずいぶん廃止してきました。

ブルートレインも特急列車も、あるいはグリーン車もみんな廃止。

彼らの言葉を借りると「輸送の見直し」ということになるのでしょう。

そして、今回の「車内販売の廃止」です。

「売れないから廃止します。」は買わない皆様が悪いんですよと言っている。つまり、自分たちの戦略のなさを棚に上げておいて、お客様のせいにしているのですから、民間会社というよりもお役所なんですね。

国鉄のDNA その2 「需要の開拓ができない。」

では、どうしたら売れるようになるか。

これはつまりドラッガーが言うところの「需要の開拓」「需要の創造」です。

どこにお客様がいるのか、それを掘り起こすことですね。

「潜在需要の顕在化」と考えます。

もともと需要のないところならまだしも、新幹線や特急列車が走る区間というのは、並行して私鉄の特急や高速バス、あるいは飛行機など複数の他の交通手段があります。そして、お客様は自社から他の交通機関に流れて行ってしまっている。だから、お客様の数が減ってしまっています。

あるいは、田舎のローカル線のように、人口減少で利用者そのものがいなくなってしまって赤字になっている。だから要らないという考え方ですが、だとしたら日本の田舎は皆赤字ですから、田舎の町そのものが要らないということと同じです。

やらなければならないのは、特急列車にどうやって乗客を増やすかということと、田舎のローカル線にどうやって生き残ってもらうかということです。

それは何も高速バスや飛行機に流れてしまった乗客を戻すばかりではありません。格安航空会社(LCC)の台頭に見られるように、もともと需要がなかったものをあえて作り出すことも十分に可能だと筆者は考えます。

「LCCが飛んでいるからちょっと行ってみようか。」

お客様にそう思っていただけるような仕組みをつくって情報発信することで、本来需要がなかったところに需要を作り出す。

これはLCCの得意技ですが、どうして鉄道会社はやらないのでしょうか。

こういうことが「需要の開拓・創造」であり、「潜在需要の顕在化」でありますが、お役所的な発想が民間企業と決定的に違う部分が実はこの部分で、彼らにはこういう発想がない。だから、売り上げを伸ばす工夫ができないのです。

売り上げを伸ばすことができないということは費用(コスト)を削るしかありませんから、「売れないからやめます。」と言って車内販売をやめてしまうのがその典型的な例で、最悪な事態は、寝台列車の衰退に見られたように「乗らないから廃止します。」と特急列車の運転そのものをやめてしまったり、線路ごと廃止にしてしまうのでありますが、これがすなわち「国鉄のDNA」なのです。

でも、その削ったコストというのは、本当にコストなのでしょうか。将来への投資であるべき金額をコストと考えるのは、投資したところで自分たちには売り上げを増やす算段ができないから、とりあえず数字の帳尻を合わすために切ってしまっているのです。

国鉄のDNA その3 「既得権を手放さない。」

もう一つの国鉄のDNAは既得権を手放さないということです。

車内販売を自分たちで行わないというのであれば、廃止する前に誰か他の事業者にやっていただくことが必要だと考えます。

なぜなら、乗っているお客様にご不便をおかけするからです。

車内販売をやらない理由は、つまりは「費用対効果」のお話だけですから、これは「自分たちではできません。」ということを宣言しているということになりますが、だったらもっと工夫ができる人たちに門戸を開放して「お願いします。」というのが、国鉄、つまり国民の財産を引き継いだ民間事業者が取るべき姿勢だと筆者は考えますが、彼らは「駅構内や列車の中は俺たちのテリトリーだ。何人たりとも勝手な真似はさせぬ。」と他からの参入を大きく拒んでいます。

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JRの中には他の事業者さんを参入させる動きも出ているようですが、自社で車内販売をやめるそのタイミングでシームレスに引き継がない限り鉄道そのものがお客様の選択肢から外れてしまいます。そして一度鉄道から離れてしまったお客様を再び鉄道に戻すことは至難の業なのです。

お客様にご不便をおかけして、お客様がいなくなり、「誰も乗らないからやめます。」と言って、列車や、あるいは線路そのものを廃止にしてしまうのですから罪作りなことです。国鉄という国民の財産を引き継いだ民間会社がやるべきことではないと憤慨している日本国民も少なからずいらっしゃると考えますが、そういう人たちがどういう態度に出るかというと、その結果が「客離れ」であり、利用者の減少なのです。

つまり、これが全国のJRに深く浸透する国鉄のDNAであり、たまたま弱い部分にそれが露呈したというのがJR北海道問題であると筆者は考えます。

JR北海道の問題があまりにも大きすぎるので、他のJRの特急路線の問題がかすんで見えがちですが、忘れてはならないのは、彼らは国鉄という国民の財産を引き継いだ民間会社であり、新幹線や駅ナカビジネス、あるいは基金や補助金というのは、全国津々浦々の小さな路線まできちんと列車を走らせるために与えられた特典のようなものです。発足から30数年が経過し、そろそろほとぼりがさめるころを見計らって、あわよくばおいしい特典の部分だけにビジネスを特化するような動きというのは、完全なお約束違反でありますから、国民はしっかりと監視して、言い続けなければならないと筆者は考えています。

次回は、どうしたら車内販売を継続することができるかについて考えてみます。

(つづく)

※写真はすべて筆者撮影。

大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長、2024年6月、大井川鐵道社長。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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