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「ROMA/ローマ」オスカーキャンペーンに見るNetflixの本気度

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
サンセット通りの数ブロックの間には、3つも今作の看板が出ている(筆者撮影)

 この街はいつからイタリアになったのか。

 映画にまったく興味のない人が見たらそう思うのではというくらい、L.A.は今、「ROMA/ローマ」の広告にあふれかえっている。サンセット通りには数ブロックの距離に3つも大きな看板が出ているし、バス停の広告スペースも占領。新聞を開いても、コンピュータを立ち上げても、テレビをつけても、この名前だ。このタイトルを見ずに1日を過ごすことは不可能と言っていい。

 この“ローマ”は、もちろん、イタリアのローマではなくメキシコシティのローマ。それも、70年代のローマだ。言語はスペイン語で字幕付き、映像はモノクロ、主演女優は素人という、三重苦を背負っているとも言えるこの映画は、今、オスカー作品賞に最も近いところにいる。アワードエキスパートの予想が上がるサイトGoldderby.comでは、現在、21人中19人が、作品賞に輝くのは今作だと予測。オスカーと同じ投票形式をもつ放送映画批評家協会も、先月末、この映画を作品賞に選び、まさに勢いに乗っている。

 だが、やはりオスカーと同じ投票システムで、オスカー作品部門と同じ映画に賞をあげることが非常に多いプロデューサー組合(PGA)は、今作でなく「グリーンブック」を選んだ。Goldderby.comで「ROMA〜」を予測していない少数派のひとりピート・ハモンドもオスカーは「グリーンブック」だろうと述べており、予断を許さない。

「L.A. Times」の全面広告では、劇場チケットの売り上げの一部を寄付することが告知されている(筆者撮影)
「L.A. Times」の全面広告では、劇場チケットの売り上げの一部を寄付することが告知されている(筆者撮影)

 だからこそ、Netflixは、12日に始まる本投票に向けて、ラストスパートをかけているのだ。Netflixが具体的にキャンペーンにいくらを使っているのかはわからないが、業界関係者の多くは、ここまで派手なキャンペーンは過去に見たことがないと口をそろえる。ミラマックス時代のハーベイ・ワインスタインは、オスカーキャンペーンを怪物化させた人物だが、彼ですらここまでのお金のかけ方はしなかった。ワインスタインは、ライバルを陥れるネガティブ戦法を使ったり、自分のところの作品の重要さを投票者に巧みに訴えたりしたものだが、最近ではNetflixも、今月はこの映画の劇場チケットの売り上げの一部をお手伝いさん団体に寄付するというキャンペーンを始めている。もっとも、この「一部」が何パーセントなのかは明確にしておらず、またNetflixはもともと劇場での売り上げ額も、ストリーミングのアクセス数も公表しないので、最終的にいくらが寄付されるのかは謎だ。

Netflixはテレビではないかという声は消えない

 しかし、「ROMA〜」作品賞部門受賞には、いくつかのハードルがある。

 ひとつは、今作が外国語映画部門にもノミネートされていること。外国語の映画が作品賞を取った前例はなく、「これは外国語なんだから、そもそも作品部門でなく外国語映画部門だろう」という声は、結構聞こえてくるのである。また、今作は外国語映画部門のほか監督部門でも最有力と位置付けられているため、今作を支持する人の中にも、「ほかの部門で取れるんだから、作品部門まで取らなくてもいいだろう」と、あえて別の映画にチャンスをあげる投票者がいるのではとも考えられる。

 ふたつめは、これがNetflixの作品であることだ。ストリーミングで公開される作品が果たして「映画」なのかどうかについての議論は、今も止んでいない。マーティン・スコセッシなど巨匠もNetflixと組むようになる一方で、クリストファー・ノーランなどはまだ「映画とは映画館で見るもの。ストリーミングで見るのが悪いこととは言わないが、それは映画ではない」という態度を貫いている。「Netflixはテレビだろう」という意見もある。彼らがエミー賞で大活躍することにはそれほど異議が聞かれないのに、オスカーだと強い抵抗がある原因は、そこにもある。

コンピュータを立ち上げても「ROMA〜」の広告が(筆者撮影)
コンピュータを立ち上げても「ROMA〜」の広告が(筆者撮影)

 また、ストリーミングに先立ち、数ヶ月は必ず劇場のみで公開するAmazon Prime Videoと違い、劇場公開をするにしてもストリーミングと同じタイミングでやるNetflixは、劇場主から強い反感を持たれている。劇場主は、スタジオにとって、自分たちの映画を公開してくれるビジネスパートナー。アカデミーは、映画を作る人たちの団体である。劇場主の心情に配慮して投票者が票を入れるとは思えないが、これを認めることが自分たちの業界に与える影響については、やはり考えてしまうかもしれない。批評家は、作品をたくさん見て、あれがいい、これはダメと言うのが仕事で、「ROMA〜」が最高だと思えば賞をあげるだけ。立場はかなり違う。

「これが取るのだけは嫌」と思われる映画は不利

 そしてもうひとつは、アカデミーの投票形式。まさに今述べた状況が、この映画には不利に働く可能性があるのだ。

 オスカーの作品部門は、自分が良いと思う1本に対して入れるのではなく、候補作全部に順番をつける投票形式を取っている。今年は8本の候補作があるので、それぞれの投票者は、1位から8位までランクづけをすることになる。開票作業では、まず1位に選ばれたものだけに注目し、獲得票が一番少なかった作品をはずす。それを1位に入れていた投票者の票は、次に、2位のものを1位に繰り上げ、同じことをやる。それを繰り返し、最終的に50%の票を獲得した作品が、受賞となる。

 この形式のもとでは、いくら熱烈なファンがいても、「これが受賞するのは絶対に嫌だ」と思う人も多い映画は、受賞につながりにくい。それよりも、大多数に「これ、結構好きだったよ」と思ってもらえる作品のほうが有利なのである。その結果が、PGAに反映されたのだろう。だが、その意味では、「ROMA〜」と並び、最多ノミネートを受けた「女王陛下のお気に入り」も強いかもしれない。

 つまり、まだわからないのだ。わからないから、Netflixはキャンペーンを加速し続けるのである。たとえ作品部門を逃したとしても、ほかに9部門もあるのだし、手ぶらで帰らないかぎり、無駄だったことにはならない。さらに、アルフォンソ・キュアロンのためにここまでやってあげたという事実は、ほかの映画監督たちの心を動かし、将来的に彼らの誘致につながるとも考えられる。

 先月、Netflixは、アメリカ映画協会(MPAA)にも加入した。それは、これまでのように我が道を行くで通すのでなく、ほかのスタジオと同じルールに従っていくつもりがあるという姿勢の表れと受け取れる。彼らは、そこまで本気だということ。「ROMA〜」でかなわなかったにしても、Netflixがオスカーで作品賞を取る日は、いつか来るのではないかという気がする。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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