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なぜ医療事故はなくならないのか 〜「名大肺がん見逃し3年半」をわかりやすく解説〜

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
CT検査の画像に写っていた肺がん(写真:アフロ)

12月21日、名古屋大学医学部付属病院(以下、名大病院)は、泌尿器科通院中の患者さんの腎がん術後経過観察中、原発性肺癌進行の発見が遅れた事例について発表しました。

この事例について、やや専門的で難解なことが多いため解説し、のちに筆者の意見を述べたいと思います。

この事例の経緯、公表までの道のり

(概略)

患者さんはある病院で腎がんの手術を行った

2007年11月 患者さん、名大病院に通院開始

定期的に外来通院、CT検査も定期的に行う

4年7ヶ月後にCT検査で肺に肺がんを疑う影を発見。昔のCTを見返すと、2009年5月から肺に影があった

その後肺がんの治療を開始

2014年3月に患者さんが亡くなられる、死因は肺がん

院内の委員会で検証、そののちに外部の委員で構成される第三者委員会で検討、報告書まとまる

今回の公表

この事例は、名大病院泌尿器科で起きたものです。

名大病院ではなく他の病院で腎臓のがんの手術(腹腔鏡下根治的腎摘除術)を受けたある患者さんが、理由は不明ですが「術後フォロー」目的に名大病院泌尿器科に通院し始めたのが2007年11月。

「術後フォロー」とは、手術の後に、その手術でできた傷がきちんと治るかチェックし、その手術による影響(後遺症)がないかを問診や採血検査で観察し、さらにはがんの再発がないかどうかを定期的なCT検査などで調べるというものです。がんの種類や進行度により外来受診の頻度は異なりますが、通常は半年から1年に一度外来通院します。

この患者さんの場合は半年か一年おきにCTを撮っていたようですが、初めて肺がんが見つかったのが2012年6月。外来フォローが始まり4年7ヶ月後のことです。そこでCTを見ていた泌尿器科医か放射線科医が「肺に変な影がある」と気づき、ここ4年で撮っていたCTの画像を見返します。すると、以前から同じ場所に今よりも小さい影(腫瘤影;しゅりゅうえいとか小さいものは結節影;けっせつえいといいます)があることに気づきました。

「これは数年間見逃していたんじゃないか」ということになり、その段階ですぐに名大病院の「医療の質・安全管理部」というところに報告が行きました。その後はこの患者さんの肺がんの治療を続けましたが、肺癌の悪化により,2014年3月に亡くなられました。

そこで、名大病院は臨時に「医療の質向上と安全推進委員会」という委員会を開きました。この委員会の委員長は長尾能雅教授という、医療安全の専門家です。この委員会は名大病院のスタッフで構成されておりました。

その委員会での検証の結果、「本事例についての第三者専門家による詳細な検証が必要」と判断したので、名大病院長に事例調査委員会を設置するよう進言しました。

これを受け名大病院の病院長は,複数の「外部専門家」を主体とする事例調査委員会を招集し、2015年10月に調査報告書が出され、今回の公表にいたったのです。この「外部専門家」のメンバーの氏名は公表されていませんが、外部の病院の「医療専門家」が2名、「法律専門家」が1名、それに名大病院の呼吸器外科医、「医療の質・安全管理部」から医師 1 名と看護師 1 名の計6人で構成されています。

そしてこの「外部専門家」が入った事例調査委員会は、2015年10月に調査報告書を取りまとめ12月15日にご遺族に説明を行い,併せて謝罪をしました。そしてこのたびご遺族の許可を得た上での公表となった経緯です。

なぜ見落とされたのか?

理由として、外部専門家による事例調査委員会はいくつかの点を挙げていますので、引用します。

1, 本患者の病巣部(左前肺底区(S8))の肺野が異常を見落としやすい部位であったこ

2, 本患者の肺野には陳旧性炎症所見(良性所見)が散在していたため,その一つとし

て判断され,フォローすべき異常として指摘されにくかったと考えられること

3, 本患者について,主科主治医から放射線科チームへの依頼事項が,腎癌の転移チェ

ックであったため,放射線科チームは転移性肺癌の典型的な陰影である貨幣状陰影(コ

インリージョン)の検索に注力し,異常部分を原発性肺癌の初期像と認識できなかっ

た可能性があること

4, 再発・転移のリスクが非常に低いという背景があったこと

5, 放射線科内において見落としのリスクを最小化するような読影方法の標準化が十分

でなかったこと

6, 外来でフォローしていた泌尿器科主治医にこれらの画像上の肺野の異常を診断する

専門性がなかったこと

出典:調査報告書の概要

一つ一つ解説します。

1, 本患者の病巣部(左前肺底区(S8))の肺野が異常を見落としやすい部位であったこと

これについては、報告書に実際のCTの画像が添付されております。筆者(大腸癌を専門とする外科医)がCTを見ても、確かに見落としやすい部位に影ができていると感じます。肺の専門家で肺の病気の患者さんであれば注意して見るでしょうが、他の部位の専門家であれば見落とす可能性は比較的高い場所と言えると思います(データの根拠はありません)。

2, 本患者の肺野には陳旧性炎症所見(良性所見)が散在していたため,その一つとして判断され,フォローすべき異常として指摘されにくかったと考えられること

これについては、肺の全体のCTがないためコメントすることが困難です。今回の肺がんが早期のうちで小さい時であれば他の良性と思われる部位との判別は難しく、そういう良性悪性の判断が困難なCT画像の所見にはしばしば遭遇します。その場合、「数ヶ月後のCTで再確認、大きくなっていたらがんなどを疑う」とします。つまり「時間」を検査として使用するわけです。

3, 本患者について,主科主治医から放射線科チームへの依頼事項が,腎癌の転移チェックであったため,放射線科チームは転移性肺癌の典型的な陰影である貨幣状陰影(コインリージョン)の検索に注力し,異常部分を原発性肺癌の初期像と認識できなかった可能性があること

通常、病院で医師がCT検査を行う時には、検査をオーダーする主治医 (この場合は泌尿器科医)が「依頼時のコメント」を記入します。例えば、「腎癌術後3年、転移の所見などチェックお願いします」といった風に。それを受け放射線科というところでCT検査を行い、放射線科医というCTなどの画像を読影(どくえい;医学的な異常所見があるか否かを画像を目で見て読み、それを所見として依頼してきた医師に報告すること)する専門の医師が見ます。その報告書を見て、通常は主治医は自分の目でもCTを確認するのです。

上記の「コインリージョン云々」というのは、今回のケースでは、「腎癌の転移っぽい形の所見」にフォーカスして放射線科医師が読んだ結果、肺がんを疑うという目を忘れていたのではないかという意味です。通常放射線科医は画像に映ったすべての異常所見をチェックする責任がありますので、これは合理的な理由として筆者は受け入れられません。しかも、腎癌の転移先として頻度の多い肺をじっくり詳細に見ることは必須と思われます。

4, 再発・転移のリスクが非常に低いという背景があったこと

これも初めのステージが不明のためコメントできませんが、再発・転移のリスクが非常に低く、しかも見逃すのであれば検査をやる意味はありません。

5, 放射線科内において見落としのリスクを最小化するような読影方法の標準化が十分でなかったこと

「標準化」とはここでは「誰がいつやっても同じようなクオリティが保てるような手順」のことだと思われます。

どれほど標準化しても0%にすることができないヒューマンエラーを0%にするために、今後はAI(人工知能)を使った画像診断も補助的に導入していく必要がありそうです。すでに乳がん検査であるマンモグラフィーでは一部導入されています。

6, 外来でフォローしていた泌尿器科主治医にこれらの画像上の肺野の異常を診断する専門性がなかったこと

これは大変難しい問題です。

泌尿器科医は泌尿器(腎臓、膀胱、前立腺など)の専門家であり、肺という臓器のCT読影は専門外です。ですが、がん診療に携わり、肺に転移することが多い腎癌の治療と外来フォローを行う以上、そして自らCTをオーダーした以上は一定の責任を免れないと筆者は考えます。たとえこの画像をみて「肺がんが疑わしい」とはわからなくとも、「何か変な影が映っている」と放射線科医師に照会することはできるからです。

しかし、だとするとがんに携わるすべての医師が、自分のオーダーした検査結果にすべての責任を持たねばならないのか。それもまた議論の方向が間違っています。

ここで最も大切なことは「いかに見落としをなくすか」であり、「誰に責任を取らせるか」ではないからです。医療は自然たる人体を相手に行う行為であり、しかも医療を行為するのはこれまた完璧でない人間です。この事例でも放射線科医11名、泌尿器科医 2 名の合計 13 名の医師が関わっていたのだが、全員が見逃しています。これをもし医師100人が見たら、あるいは放射線科の偉い先生が見たら見逃しは防げたのでしょうか?そんなことはないでしょうが、しかし、到底容認できるミスではありません。

何を学ぶべきか

この事例から学ぶことは、医療の現場のような絶対にミスしては許されない状況で、人間の力だけに頼るのは危険ということではないでしょうか。人工知能による画像スクリーニングの導入が、このような見逃しを一掃するのではないか。筆者はそう考えています。

医師である筆者が大声で言うのは憚られますが、「医療事故は起きないもの」ではなく、「医療事故は必ず起きうるもの」という認識のもとで、であればどうやってそれを0にするのかという医療安全の常識の認識を新たにする必要があります。その意味では、同様の事例が多数起きていると推測される今回の「見逃し」を、しっかりと第三者委員会で検証し、公表したことはとても意義深いことだと筆者は考えます。もちろんこんなことがあってはなりませんが。

米国Institute of Medicine of the National Academy of Sciencesの医療の質に関する委員会が "To Err is Human"(人間とは過ちを犯すものである)とタイトルされた報告書が1999年に発表されて16年が経ちます。これからこのような事例が一度も起こらないようにするために、医療業界にとどまらない努力と工夫が必要であると痛感致します。

最後になりましたが、亡くなられた患者さんのご冥福を深くお祈りするとともに、ご遺族の皆様に心からお悔やみを申し上げます。

(参考)

肺がん兆候、3年半見逃す=患者死亡で報告書―名大病院

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151221-00000092-jij-soci

名古屋大学付属病院 病院からのお知らせ

http://www.med.nagoya-u.ac.jp/hospital/1606/010844.html

※なお、本記事中の主張や解釈は筆者個人のものであり、所属団体の意見とはいっさい関係ありません。

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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