Yahoo!ニュース

日本代表ヘッドコーチ代行の発言に「侠気」を見た!

永田洋光スポーツライター
両チームが真剣勝負を繰り広げたスクラムは正しく裁かれたのか……?(写真:アフロスポーツ)

==ヘッドコーチ代行が発した「disrespect」という言葉==

侠気(おとこぎ)。

そんな言葉を久しぶりに思い出した。

6月25日、日本対スコットランドのテストマッチ第2戦試合後の記者会見。

16―21と逆転負けを喫した日本代表のマーク・ハメットHC(ヘッドコーチ)代行は、「誇りに思う戦いができた。選手たちは素晴らしい試合を見せてくれた」とねぎらいの言葉を述べた上で、普段とあまり変わらない表情でこう語り始めた。

「この2試合を通して、(レフェリーから)日本に対してリスペクトがない(disrespect)扱いを受けたように感じている。今日の試合の後半は、特にアタックで日本が不利な状況に立たされてしまった。自分たちが犯したペナルティについては納得がいくが、明らかに相手にスローダウンされたり、不公平なジャッジをされた印象がぬぐえない。

私自身はあくまでもHC代行として3週間チームを見たに過ぎないが、この6ヶ月間(サンウルブズのHCとして)日本で選手たちに接して、どれだけ彼らが頑張っているか、どれだけ強く努力をしているか、戦術的にも非常に賢いかを見てきた。

しかし、世界はその事実を理解しているのか。

今回の試合で、日本の本当の強さが世界に対して示されていないところに非常にフラストレーションを感じる。これだけ頑張っているのに、これほど不当な扱いを受けることを遺憾に思うし、非常に落胆している」

負けた腹いせにレフェリーを批判したのではまったくない。

ラグビー新興国の日本と、1871年に世界最古のテストマッチをイングランドと戦った伝統国スコットランドの対戦に、レフェリーが日本の真剣なプレーを先入観なしに裁いたかどうか――それを問題にしたのだ。

会見場にいたスコットランド人記者が、確認の意味を込めて「disrespectというのは相当強い言葉だが……」と聞き返したぐらい、この発言は覚悟を持ってなされたものだった(disrespectには「無礼」という意味もある)。

だから、ハメットは発言をやめなかった。

「試合を改めてビデオで検証すれば、見解も変わるかもしれない。しかし、私はそれだけの情熱を日本に対して注いできた。それなのに不当な扱いが行なわれた。こういう発言が出るのも仕方がないことだと思う」

ハメットはレフェリーを、「下手だ」とか「ルールをわかっていない」と攻撃したのではない。問題にしたのは、日本が意図したプレーに対する「リスペクト」があったかどうか。つまり、日本の選手たちが傾けた情熱や努力を踏まえて、その発露としてのプレーを理解した上で正当に裁いたのかどうか――反則するのは相対的にランキングの低い日本であろうという先入観があったのではないか――と疑問を呈したのだ。

実際、前半13分と34分に、日本がスクラムを完全に押し込みながらも反則をとられた場面に象徴されるように、そう考えなければ理解できないような現象が試合中に相次いだ。だから、はらわたが煮えくりかえったのだろう。

ハメット自身が日本の選手たちを深くリスペクトしているからこその怒りだった。

それが、会見場にいた記者たちにしっかり伝わったからこそ、本来なら“負け犬の遠吠え”にしか聞こえない、負けたコーチのレフェリー批判が説得力を持ったのである。

==情熱を注いだが故にほとばしったレフェリー批判==

ハメットは、昨年12月、スーパーラグビーに参戦する日本ベースのチーム、サンウルブズのHCに就任した。

当初サンウルブズをプロデュースするつもりでいたエディー・ジョーンズが日本を去り、サンウルブズのHCも日本代表のHCも人選が難航し、ようやく日本代表HC就任を内諾したジェイミー・ジョセフが、ハイランダーズとの契約があってニュージーランドを離れられない……といったムチャクチャな状況での、火中の栗を拾うような就任だった。

日本のメディアにとっても彼のコーチング能力は未知数で、お世辞にも期待値が高いとは言えなかった。

しかし、ハメットは黙々と仕事をこなし、サンウルブズは開幕2戦目でチーターズに31―32と敗れはしたものの7点差以内負けでボーナスポイントを獲得。4月23日には、ホームの秩父宮ラグビー場で、アルゼンチン代表を主体とするジャガーズを36―28と破って初勝利を挙げた。

6月のテストマッチのための休止期間まで、12試合を戦い1勝10敗1引き分けと苦しみながらも、「惨敗続きになるのではないか」との予想を覆して健闘している。

そのうえ、ジョセフの不在にともなって日本代表を「HC代行」という変則的な形で率いてカナダに競り勝ち、世界ランク8位のスコットランドとも2試合続けて互角の戦いを繰り広げた。実際、第1戦でも第2戦でも、完全に相手防御を崩して見事なトライを挙げたのは日本であり、細かい部分の未熟さから連敗したが、スコットランドのヴァーン・コッターHCも「日本は我々を窮地に追い込んだ」と認めている。

本人自ら「情熱を注いだ」と述べたように、ハメットは非常に苦しい状況に置かれながらも、選手たちが持っているポテンシャルをしっかり理解し、十分に引き出したのである。

そんな自負があるからこそ、ハメットは怒ったのだ。

とはいえ、勝敗はもはや覆らない。

記録には、スコットランドが日本でテストマッチに連勝した事実が残るだけだ。

ならば、今回の「屈辱的な仕打ち」から日本は何を学ぶべきなのか。

今年限りでサンウルブズのHCを辞し、ニュージーランドに戻るハメットは、同国代表オールブラックスの名キャプテンとして知られたショーン・フィッツパトリックや、オーストラリア代表ワラビーズの名キャプテンだったジョージ・グレーガンの名前を例に引きながら、こうアドバイスした。

「フィッツパトリックやグレーガンのような優れた選手たちは、レフェリーをコントロールできた。それは、彼らが強引なぐらいの積極性を持って、レフェリーにどんどん疑問を投げかけたからだ。日本の選手を見ていると、レフェリーが下した判断をリスペクトして、素直に聞き入れてしまう。その辺りが、やや強引さにかけている。グレーガンやフィッツパトリックのような強引さを発揮できるようになれば、状況は変わってくるのではないか」

選手がレフェリーにクレームをつけてはいけないという日本のラグビー文化は確かに素晴らしいが、それは時に「レフェリーは神聖にして冒すべからず」といった誤った価値観につながる危険性を持つ。両者は上下関係にあるのではなく、ともにラグビーという競技を成立させる構成員として欠かせない存在であるからこそ、対等の立場に立つ。その点で、日本の選手たちには「強引さ」を持つ必要がある、と言うのだ。

2019年に日本で開催されるW杯で、日本代表が本気で世界トップ4を目指すのならば、将来を見据えて、選手がレフェリーと対等にオープンで前向きな議論を戦わせる環境をまず構築する必要がある。

それが、「侠気」に溢れたHC代行の勇気ある発言に応える唯一の方法である。

スポーツライター

1957年生まれ。出版社勤務を経てフリーランスとなった88年度に神戸製鋼が初優勝し、そのまま現在までラグビーについて書き続けている。93年から恩師に頼まれて江戸川大学ラグビー部コーチを引き受け、廃部となるまで指導した。最新刊は『明治大学ラグビー部 勇者の百年 紫紺の誇りを胸に再び「前へ」』(二見書房)。他に『宿澤広朗 勝つことのみが善である』(文春文庫)、『スタンドオフ黄金伝説』(双葉社)、『新・ラグビーの逆襲 日本ラグビーが「世界」をとる日』(言視舎)などがある。

永田洋光の最近の記事