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LGBTQ、職場で「命の危険」 当事者たちの取り組みで国も「労災認定」に広がり

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

9/12付の朝日新聞の報道によると、職場で差別的言動を受けたLGBTQ労働者が精神疾患を発症した事例について、今年2月大阪の茨木労働基準監督署が労災認定していたことがわかった。

 LGBTQとは、L:レズビアン(女性同性愛者)、G:ゲイ(男性同性愛者)、B:バイセクシュアル(両性愛者)、T:トランスジェンダー(生まれた時の性別と自認する性別が一致しない人)、Q:クエスチョニング(自分自身のセクシュアリティを決められない、分からない、または決めない人)など、性的少数者の方を表す総称のひとつである。

 事件の内容は、大阪の病院で看護助手をしていたトランスジェンダーのAさん(男性として生まれたが自認する性は女性)が、職場で男性のような名前で呼ばれるなどの被害を受け精神疾患を発症してしまったというものだ。Aさんは2004年に戸籍上の性別を女性へ変更し働いていたという。国は、こうした言動がパワーハラスメントにあたると判断し、労災認定した。

 昨年6月に施行された「パワハラ防止法」の中にLGBTQへの差別的言動がパワハラであると初めて明記されたが、労災認定が明らかになるのは非常に珍しい。今回のケースは、社会に蔓延するLGBTQへの差別を無くしていく上でも大きな前進といえるだろう。

 差別を無くしていくには、当事者に寄り添うだけでなく、加害側の責任追及が必要だ。労災が認定されることで、被害を受けた労働者が治療費や生活補償を得られるだけではなく、加害企業や加害者の責任を問いやすくなる。

オリ・パラでも変わらない日本の差別体質

 先日閉会した東京オリンピック・パラリンピックでも、「多様性と調和」が大会のコンセプトとされ、LGBTQに関する話題が一種の「ブーム」となった。しかし、日本社会の現実は、「多様性と調和」にはほどとおい。

 今年5月、自民党LGBT特命委員会が提案した「LGBT理解増進法案」が、「差別は許されないものであるとの認識の下」という文言に自民党の一部議員が強硬に反発し、国会提出は見送られ廃案になった。

 しかも、その過程では、自民党の簗和生衆議院議員による「LGBTは種の保存に背く」などの許しがたい差別発言が繰り返された。発言への謝罪や撤回もなく公人による差別発言は未だ何ら対応がなされていない状況にある。

 オリ・パラの「理念」と社会における「現実」の乖離は著しく、多くのLGBTQは様々な場で深刻な差別に晒されている。中でも生活するために必要な労働の現場での差別は、当事者にとって切実な問題だ。

 本記事では、LGBTQ労働者に対する差別の現状や今回の事例が労災認定された根拠に加えて、今回の事例と同様に職場での差別によって精神疾患を抱えたLGBTQが労災認定を勝ち取ろうと奮闘する取り組みを紹介する。

職場で広がるLGBTQ差別とアウティング被害

 まず、各種データから、LGBTQが職場においてどれほど労働問題を抱えているかを見ていこう。2020年に厚生労働省は国として初めてLGBTQの労働実態調査を行った。この調査ではLGB(同性愛や両性愛者)の約4割、T(トランスジェンダー)の約5割が「職場で困りごとを抱えている」という高い数値が示された。

職場におけるダイバーシティ推進事業 報告書

 また、2020年に宝塚大学の日高庸晴教授が行ったLGBTQ約1万人を対象とする調査では、78.9%もの当事者が「職場や学校で、性的少数者に対する差別的な発言を聞いた経験がある」と答えている。

第 2 回 LGBT 当事者の意識調査 ~世の中の変化と、当事者の生きづらさ~

 さらには、LGBTQへの差別は「死」へつながることも往々にしてある。その事実を広くに認知させたのは、2015年に一橋大学で「アウティング」被害を受けた学生が自死に至った事件だろう。アウティングとはLGBTQであることを本人の意に反して第三者に暴露する人権侵害である。先の日高庸晴教授の調査では、LGBTQ当事者の実に4人に1人がアウティング被害にあっているという。

 2005年に同じく日高庸晴教授が行った調査では、生活している中で自殺を考えたことがあるLGBTQの割合は65.9%にも達し、うち14%は実際に自殺未遂の経験があると回答している。この数値は異性愛者と比べて約5.9倍にも及ぶものだ。

 職場においてLGBTQは深刻な差別にさらされている。そして、多くのLGBTQが精神疾患を抱え、自死を考えざるを得ない状況が広がっている。冒頭に紹介した国会議員などの公人らによる差別発言は、さらなる被害を助長している。

(なお、公人による差別発言が「差別扇動」に当たるという理論的な分析は梁英聖『レイシズムとは何か』ちくま新書に詳しい)

LGBTQが職場で差別されたときにできること

 LGBTQが職場で差別にあい精神疾患を発症してしまった場合、どのような手段が取りうるだろうか。

 冒頭の朝日新聞の記事によれば、今回の事例では二つの方法が示されている。まず、新しい法律である「パワハラ防止法」上のパワハラであることを認定させ、事業主の対策を求めたり行政から事業主への指導を引き出すという方法である。次に、労働災害補償保険(労災保険)の対象であることを認定させる方法だ。

看護助手が精神障害を発症する前のおおむね半年間に、職場の病院で男性のような名前で呼ばれていたなどと認定。こうした言動は①「(看護助手の)性的指向・性自認に関する侮辱的な言動」で、パワハラにあたるとした。その上で②人格や人間性を否定するような攻撃が執拗(しつよう)に行われたケースに該当し、心理的負荷は3段階で最も上の「強」と判断した。

 今回のケースでは、昨年に厚労省が示した「パワハラ指針」と呼ばれる「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)」からパワハラであることが認定されている。

 同指針では、「人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うことを含む」がパワハラにあたるとされており、今回のケースもこれに該当すると認められたのだ。事業主は法律上パワハラに対し防止の措置をとることだけではなく、事後的にも適切な対応をすることが義務付けられている。今回のケースでも、行政から事業主への指導も行われるものと考えられる。

 また、労働者が業務に関連し怪我や病気になった場合、労災保険が適用される。労働基準監督署へ労災申請をして労災に認定されると、治療費や休業中の生活補償などを国から受給できる。

 労災はあくまで国からの最低限の補償であり、実際に怪我や病気を生じさせた加害企業や加害者への謝罪・損害賠償・再発防止の約束等の責任追及は別途行うことができる。労災認定されることによる効果として大きいのは、業務と怪我や病気との因果関係を国から公的に認定されることで、加害企業や加害者への責任追及がしやすくなるという点が挙げられる。

 では、LGBTQに対する職場での差別によって精神疾患を抱えた場合に、パワハラ防止法や労災制度ではどのような判断基準で認定が行われるのだろうか。

 パワハラ防止法においては、下記の基準からLGBTQへの差別行為がパワハラであると認定される。

精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)

(イ) 該当すると考えられる例

① 人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うことを含む。

 労災に関しては、「精神障害の労災認定基準」がある。精神疾患に関する労災認定を判断する上では、発症前概ね6ヶ月にあった出来事等を各種指針も踏まえ総合的に判断するが、認定基準ではその出来事の例が定められており、今回は以下の「ひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」や「上司等による次のような精神的攻撃が執拗に行われた」に該当すると判断されたと思われる。

ひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた

【「強」である例】

・ 同僚等から、人格や人間性を否定するような言動を執拗に受けた場合

上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた

【「強」である例】

・人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃

 さらに、NPO法人POSSEが厚生労働省に問い合わせたところでは、パワハラ防止法など他の法令・指針との関係も考慮し、労働災害の認定は総合的に判断するということだった。つまり、パワハラ防止法上のパワハラに認定されることで、労働災害も認定されやすくなるということだ。

 通常、精神疾患の労災認定は多様な解釈の余地がある「パワハラ」の出来事からではなく、数字として客観的に評価しやすい「労働時間数」(長時間労働)での認定がなされやすい。

 しかし、今回のケースは、特にLGBTQに対する差別的言動をパワハラとした上で、「強」(労災認定)と判断しており、それはLGBTQの被害の訴えかけが、差別の深刻さを徐々にではあるが国へ認識させつつあることの証左である。

 なお、同じ「強」に該当する出来事としては、「重度の病気やケガをした」、「交通事故(重大な人身事故、重大事故)を起こした」、「会社の経営に影響するなどの重大な仕事上のミスをした」などが該当する。

 職場で差別的言動を受けたLGBTQの方は、上記判断枠組みを参考に、積極的に労災申請を行うことをお勧めしたい。その際には、様々な支援団体と一緒に進めることが有効だろう。

アウティング被害の労災認定を勝ち取る取り組みも進行中

 私が代表をしているNPO法人POSSEには、職場でアウティング被害にあったLGBTQの若者からの相談が寄せられており、継続的に権利行使の支援を行っている。今回の報道にある事例では、「職場での差別的言動」が労災認定されたが、私たちが取り組む事例では「アウティング」被害について労災認定を求めている。

 例えば、Bさんは働き始めて数ヶ月で上司から「1人くらいいいでしょ」とアウティングされてしまい、それによって本人は精神疾患を発症し、休職後に退職。今も完治せず通院を続けている。

 この事件では、私たちへ相談が寄せられた上で、連携している労働組合「総合サポートユニオン」に加入し会社と団体交渉(話し合い)や、アウティング禁止条例のある東京都豊島区への通報、抗議のデモンストレーションなどを経て、会社に謝罪、賠償、再発防止の約束させた

参考:「LGBTQの「アウティング」に全面謝罪 当事者は「制度」をどう活用したのか?」

 その上で、本人と支援団体は、同様の被害を無くしていくために、今年4月に労災申請を行っている。事前に厚労省へ電話で問い合わせをしたところ「アウティング被害での労災認定は前例を聞いたことがない」との回答だった。

 アウティングは、ここまで述べてきたような直接的な「精神的な攻撃」(パワハラ指針)や、「ひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」(労災認定基準)には該当しにくいからだろう。

 そこで私たちは「社会的な支援」を求めて、change.orgで「職場で起きたLGBTQへのアウティング被害を労災として認めてください! #職場でのアウティングは労災」というネット署名キャンペーンもスタートした。

 直近では、6/4に厚労省へ約2万人分の署名提出を行うと共に、要望書を渡しアウティング被害での労災認定の基準等を厚労省と協議した。そして、アウティングについても、「パワハラ指針」の中の別項目である、「個の侵害」に含まれるということ、労災認定基準上もパワハラとして評価されていくということが明言された。

ヘ 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)

(イ) 該当すると考えられる例

① 労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりすること。

② 労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること。

 これまで、アウティングは「パワハラ指針」には明記されている一方、労災認定基準上は明確に位置付けられていなかったが、労災人的純の「パワハラ」の中に位置づけられることで、労災認定される可能性があることが新たにわかったのである。

 今回報道された事件では「職場での差別的言動」について労災が認められた。今後は「アウティング」についても労災が認められるようにすることが、次の社会的課題である。職場におけるLGBTQへの差別をなくすために、当事者・支援者の実践が積み上がってきている。

職場でのLGBTQ差別をなくすために

 「アウティングがどれほどマイノリティを傷つけるかを知ってほしい。他の人に同様の経験をして欲しくない。声を上げなければ社会は変わらない」と私たちと一緒に労災認定を目指して活動するBさんは事あるごとに訴え続けている。

 今回報道された事例の方含め、様々な困難な中、自身の権利を行使し新たな地平を切り開いていく取り組みは、多くの声を上げられないLGBTQに勇気を与え、社会全体の権利の向上につながる行動となっているだろう。

 今回紹介してきた事例と同様の問題を抱えている当事者の方は、私たち含め専門家に相談をしてほしい。また、マイノリティの労働問題を学びたい、改善の取り組みに関わりたいという方は、支援活動にもぜひ参加をしてみてほしい。

常設の無料労働相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

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*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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