「東京すみっこごはん」騒動:ハリウッドで子役はどのように扱われているのか
WOWOWのドラマ「東京すみっこごはん」の撮影現場で、子役の稲垣来泉ちゃんがひどい扱いを受けていたようである。
L.A.在住のため詳細にわたる本誌の記事をまだ読むことはできていないものの、長年、ハリウッド映画の撮影現場を取材したり、子役が出演する映画の監督たちにインタビューしたりしてきた筆者は、この短いウェブ版の記事だけであぜんとさせられた。こんなことは、ハリウッドでは絶対に起こりえない。もし、無知な新人監督がこんな無理を通そうとしたら、プロデューサーや大人の共演俳優が止めに入る。いや、それ以前に、そこにいる親が許さないだろう。
アメリカは広く、州によってはそこまで法律が確立していないところもあるが、カリフォルニアとニューヨークをはじめとする映画やテレビの撮影が集中する州において、子供たちはしっかりと守られている。現場に置いていい時間は年齢によってはっきり定められており、実働はそのうち半分程度。残業は、いっさい許されない。
満6歳の子役の実働時間は1日4時間まで
来泉ちゃんは、撮影当時、6歳になっていたとのこと。6歳以上9歳未満の子供がカリフォルニアで映画またはテレビの撮影の仕事をする場合、現場にいられるのは1日最長8時間だ。その8時間の中には、「学校」の時間3時間と、休憩時間1時間が含まれる。「学校」というのは、スタジオが雇った教師による個人授業のことである。
6歳未満だと、現場には最長6時間しかいられず、仕事をさせていいのは3時間。2歳未満だと、実質仕事ができるのは2時間だ。子供や赤ちゃんが中心となる映画で、監督やプロデューサーにとって、これはかなりきつい。子役の休憩や学校の時間には、その子が出ないシーンを撮るようなスケジュールの工夫が必要となる。ひとりの役に双子を使うのも、よく使われる手だ。テレビ番組「Full House」では、アシュレイ・オルセンとメアリー=ケイト・オルセンがひとりの役を長年演じたし、ベン・アフレックの最新作「夜に生きる」でアフレックの息子を演じているのも、実は双子である。
子役の撮影中、親または保護者は、必ず子供の声が聞こえる距離にいなければならない。また、余談ではあるが、カリフォルニアとニューヨークでは、子役のギャラの15%は毎回天引きされて、その子名義で貯蓄され、大人になるまで使えないということも定められている。
やりやすい環境を作ってあげてこそ、良いものが引き出せる
同じテイクを過剰なほど繰り返しやるのは、大人の俳優であっても楽ではない。100回やることで有名でも、デビッド・フィンチャーにはまだまだ俳優が寄ってくるが、その一方で彼はロバート・ダウニー・Jr.を怒らせている。
自分の頭の中にあるものを、そのまま子役にやらせようとして、何度もやり直しさせるのは、まったくもって逆効果だ。「ハリー・ポッター」シリーズの最後4作を監督したデビッド・イェーツは、そこをわかりすぎるくらいわかっている。
イェーツが考え出したテクニックは、カットをかけず、ひたすらカメラを回し続けるというもの。途中で「もうちょっとこんなふうにやってみようか」と言う間にも、カメラは回っている。そうすることで、だれることなく、乗ったままの気分が続くのだ。
「『カット!』と言ってカメラを止めると、リズムがそこで途絶えてしまう。次のテイクを始めるまでの10分ほどの間に、ヘア、メイク、衣装の人たちがやってきて、いろんなお直しをし、はい、また同じことをやりましょう、となると、もう、本当にその気持ちには入っていけないんだよ」というイェーツは、今やその方法を、大人の俳優に対しても使っている。
「ルーム」(2015)で絶賛を受けたジェイコブ・トレンブレイを監督したレニー・アブラハムソンも、「いくら才能があっても、子供は、途中で飽きるものだ」と語る。
「使用されなかった映像を見たら、僕らがいかに彼に語りかけたりして、何かをやらせようとしていたのがわかるはずだ。たとえば、(母親役の)ブリー・ラーソンが、『ジェイク、もうちょっと右に寄ってくれない?』などと語りかけている映像もあるよ。一番大事なのは、彼にリラックスしてもらうこと。そのために、僕らはあらゆる形でジェイクに語りかけていた」(アブラハムソン)。
「LION/ライオン〜25年目のただいま〜」も、そうやってとらえた瞬間をうまく編集でつなげ、良いシーンを作り出している。映画の中で、インドから養子を引き取る母親を演じたニコール・キッドマンは、子役サニー・パワーとのシーンについて、「あれらのシーンでは、相当に編集がなされているの。それはしかたがないのよ。私たちがやったのは、サニーとたっぷり遊びながら、ここはという時にはプッシュし、それらの瞬間をとらえることだった。そういうやり方をしないと、子供の演技は型にはまったものになってしまうわ」と語っている。
子供に「これは楽しいな」と感じてもらうことが大切
「ルーム」の子役にジェイコブ君が決まると、ラーソンは、彼と彼の母親と、できるだけ一緒に時間を過ごし、仲良くなった。アブラハムソンは、「そうやって撮影までに築かれた絆が、スクリーンに反映された」と信じる。
「ムーンライト」で主人公シャイロンの母を演じるナオミ・ハリスは、予算やスケジュールの関係で、たった3日ですべての出演シーンを撮り終えているのだが、監督やほかの共演者がそれまでに子役と仲良くなってくれていたおかげで良い共演ができたと、彼らに感謝する。
「(一番若いバージョンのシャイロンを演じる)アレックスは11歳で、一度も演技をしたことがなかったのよ。それなのに、本当にすごいことをやってくれたわ。彼は、とてもかわいくて、良い子。今回、私は事前に彼と時間を過ごすことができなかったけれど、私が現場入りするまでに、マハーシャラ・アリとジャネール・モネイが彼と親しい関係を築いていてくれたの」(ハリス)。
子役には「思いやりをもって、優しく接してあげることが一番大事」ともハリス。キッドマンは、「これは楽しいな、と感じてもらわないと」と言う。
楽しいと感じるから、また次の作品に出る。それが続くことで、その子は、もって生まれた才能を伸ばし続ける。天才子役には、周囲の大人の協力が不可欠。そして、その大人たちは、優しく、思いやりをもった人でなければいけないのだ。