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藤井聡太七段(16)、華麗な捨て駒連発で棋聖戦一次予選を勝ち進む

松本博文将棋ライター
(写真撮影・画像作成:筆者)

 2019年6月11日。藤井聡太七段(16歳)は第91期ヒューリック杯棋聖戦一次予選に臨みました。藤井七段は東和男八段(63歳)と伊奈祐介(43歳)を連破。一次予選決勝に進出しました。

前期棋聖戦では痛い敗戦

 藤井七段は前期(第90期)棋聖戦では、二次予選決勝まで進出しています。

 2019年3月11日。決勝トーナメント進出をかけて、久保利明九段(43歳)と対戦しました。2018年度の最終盤。藤井七段にとっては、年間最高勝率の可能性もかかった一局でした。

 結果は大熱戦の末に久保九段の勝ち。タイトル通算7期を誇るトップクラスの棋士が貫禄を見せた格好となりました。

 藤井七段の最終的な2018年度勝率は0.849(45勝8敗)。歴代3位の驚異的な高勝率です。しかし惜しくも、中原誠16世名人が持つ史上最高記録0.855(47勝8敗)を超えることはできませんでした。

 その後、第90期棋聖戦で決勝トーナメントで勝ち進み、豊島将之棋聖(29歳)への挑戦権を得たのは渡辺明二冠(棋王・王将)でした。現在はその五番勝負がおこなわれている最中です。第1局は豊島棋聖の勝ち。豊島棋聖がタイトル初防衛に向けて、幸先のよいスタートを切っています。

 棋聖として挑戦者を待ちうけるのは、豊島か、それとも渡辺か?

 それがまだ決まっていない状況ではありますが、早くも次の挑戦者を目指しての戦いである、第91期棋聖戦一次予選は始まっています。

 棋聖戦一次予選は、持ち時間は1時間。公式戦の中では比較的「早指し」になります。そのため、1局目に勝つと、2局目も同日におこなわれるという「ダブルヘッダー」の日程でした。

 

 10時からおこなわれた対局では、藤井七段は東和男八段と対戦。先手番の東八段が低い陣形の「しゃがみ矢倉」に組んだのに対して、藤井七段は正統派の「金矢倉」(きんやぐら)で対抗。互いに攻め合って、ほぼ互角の形勢で終盤に入りました。そこから藤井七段が優位に立つと、あとは正確に指し進め、108手での勝利となりました。

★藤井七段、華麗な捨て駒連発で勝利

 14時からおこなわれた対局では、藤井七段は伊奈祐介六段と対戦。藤井七段が先手番を得て、互いに飛車先の歩を進める相居飛車の戦いとなりました。駒がぶつかって戦端が開かれた中盤戦では伊奈六段がリードできる変化もあったようですが、いつしか形勢は藤井七段よしとなりました。

 とはいえ、伊奈六段も実力者。勝負手を繰り出し、最後は「一手違い」の状況に持ち込まれました。リアルタイムで観戦していた人々にとっては、どちらが勝っているのかわからない、きわどい終盤戦です。

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 1図は伊奈六段が△4九馬と合駒(あいごま)の銀を取った局面。両者ともに1時間の持ち時間を使い切り、白熱した攻防が続いていました。ここからは初心者の方向けに、できるだけ詳しく変化をたどっていきたいと思います。

 1図で▲4九同金と馬(成り角)を取るのでは△4九同飛成(王手)▲6九金(合駒を打つ)△6八銀(捨て駒)▲同玉△5八金(捨て駒)▲同金△7九銀という手順で、先手玉は詰まされてしまいます。

 しかし藤井七段は読み切っていました。1図から後手玉は、最長で21手となる詰みがあったのです。▲4二馬(金を取る)△同玉▲5四桂(銀を取る)と進めて2図となります。

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 2図では△3一玉と飛車を取られる手があります。しかしそれには、▲4二桂成(変化1図)が詰将棋のような捨て駒。

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 △4二同玉ならば▲4三金と打ち、どこに逃げても、たとえば△5一玉ならば▲5二金まで「頭金」(あたまきん)で詰みとなります。

 よって変化1図では△2二玉と逃げるのが最善ですが、さらに▲2三金(変化2図)という捨て駒があります。

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 変化2図からは△2三同玉▲3二銀△3三玉▲4三歩成△2二玉▲2三金まで。駒が1枚も余らずに詰みとなります。以上は実戦では表にあらわれなかった水面下の変化でした。そこにも、そしてこれからご紹介する本手順にも、捨て駒の筋が散りばめられているわけです。

 2図に戻ります。

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 ここで△3一玉と飛車を取るのは詰みでした。実戦では伊奈六段は△5三玉と逃げています。対して藤井七段は▲3三飛成。ここからは龍(成り飛車)を主軸としながらの寄せです。龍の王手に対して、伊奈六段は△6四玉と逃げました。受ける側としては盤面左の方に逃げ出してどうか、というところ。そこでまた▲6五銀(3図)という追撃がありました。

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 この▲6五銀を△同玉と取るのは▲6三龍で上下はさみうちの形。以下△6四歩合は▲6六金まで。△7五玉は▲8六金△8四玉▲8五金打までの詰みとなります。

 実戦は▲6五銀を取らずに△7三玉と逃げましたが、そこで▲8三金(4図)がまた華麗な捨て駒。

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 この金は取るよりありません。4図から△8三同玉▲6三龍△7三桂打(最善の合駒)▲7四銀△8四玉▲8五金(5図)。

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 最後の最後まで、華麗な捨て駒がありました。こんなに鮮やかに決まるものでしょうか。5図からは△8五同桂の一手に▲8三龍△7五玉▲6六金(実戦はここで投了)△6四玉▲6三龍(あるいは▲6五金)までの詰みとなります。

 将棋を語る上ではしばしば「作ったような」という表現が使われます。この最終盤は、まさに作ったような実戦詰将棋でした。

 藤井七段の将棋は「華がある」と言われます。本局なども、まさにそうではないでしょうか。

 勝った藤井七段は棋聖戦予選決勝に進出。二次予選進出をかけて、平藤真吾七段-竹内雄悟五段戦の勝者と戦います。

 先はまだまだ長いのですが、藤井七段がもしこの棋聖戦で挑戦権を得て、来年の五番勝負に登場することとなれば。屋敷伸之現九段が持つ史上最年少(17歳10ヶ月)でのタイトル挑戦という記録をおそらくは抜くことになります。

藤井聡太七段(16)はタイトル戦初登場・初獲得の史上最年少記録を更新できるか?(2019年6月5日、松本博文記事)

https://news.yahoo.co.jp/byline/matsumotohirofumi/20190605-00128962/

 気が早いようでも、また記録はどうであろうとも、今後とも華のある藤井将棋から目が離せないことは、変わりはありません。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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