「シェア」が人気の昨今ですが、田舎ではリアル物々交換が普通です~地方移住組より愛を込めて(3)~
刺激が多くて華やかな都会での生活も楽しいけれど、いつかは地方に引っ越して静かに暮らしたい――。実家が地方にあってもなくても、いわゆる「田舎暮らし」に心を寄せる人は少なくない。
筆者の場合は、特に田舎好きでもなかったが、再婚相手との力関係によって2012年の夏から愛知県蒲郡(がまごおり)市に住んでいる。低い山と静かな湾に囲まれた島っぽい雰囲気の温暖な土地である。かつて住んでいた東京都杉並区よりも面積は1.6倍ほどだが人口は7分の1。車社会ということもあり、駅前でも人影はまばらだ。
妻とその家族以外に知り合いはいなかった筆者でも、7年も住むと生活は徐々に充実し、今では「結婚生活が続く限りこのまま蒲郡に住み続けたい」とすら感じている。しかし、住み始めの頃はとても寂しかったし、現在でも不満なことはある。誰でもどんな状況でも都会より地方のほうが住みやすいとはまったく思わない。
地方移住を真剣に考えている人、現在進行形で各地方にて生活している人に向けて、地方で朗らかに暮らすための条件や方法を模索したい。対話の相手は、11年前に東京から長野に移住した在賀耕平さん。佐久穂町という北八ヶ岳山麓の小さな町に住み、奥さんと2人で直販農家「GoldenGreen」を経営している。
就農前の在賀さんは都内のベンチャー企業でITコンサルタントとして活躍していた。「自然好きでも農業好きでもなかった。食いっぱぐれのない仕事と生活スタイルを選んだに過ぎない」と公言しているユニークな人物だ。都会と田舎の暮らしを両方体験したうえでの客観的な意見を聞けると思う。
集落ではアマゾンの買い物代行が好評。おじいちゃんは草刈りや鮎釣りで返してくれる
大宮 民泊、ライドシェア、メルカリなど、ネットを介したシェアというかCtoCが人気ですね。でも、僕は親しい友人やご近所との物々交換が「本当のシェア」だと感じます。コミュニティの基本は、「遠い親戚より近くの他人」だと思うからです。その点、僕たちのように地方に住んでいると、農作物や魚介類が身近にあるので物々交換が普通に行われていますよね。在賀家の事例を教えてください。
在賀 うちは野菜農家なので、ちょっとご自宅に遊びに行くときとか、何かいただいたときに、野菜を提供できるのは大きな強みです。田舎あるあるなのですが、夏になると大量のキュウリ、冬になると圧倒的な量の白菜が各方面から届いて途方に暮れることがあります。そういう状況を考慮しても、たくさんの種類の野菜を作っている僕たちは有利なポジションを取れます。
田舎の集落ではアマゾンの買い物代行が好評です。演歌好きで膨大なカセットテープでの演歌コレクションを持つおじいちゃんに、もうこのあたりでは売っていないカセットテーププレイヤーをアマゾンで見つけてあげました。
集落のおじいちゃんの場合、こういうサービスを草刈りなどの労働で返してくれる場合があり、とても助かります。鮎釣り名人のおじいちゃんからは初夏の鮎が大量に届きます。てんぷらにして食べるのが楽しみです。
大宮 生活コストの削減にもつながっていますか?
在賀 正直、生活コストの削減にはあまり効果を感じませんが、人とのつながりが強化される気がしています。幸せに何が影響しているのかという研究があり、一番強い要因は「個人所得」。2位が「困ったときに助けてくれる人がいる」。3位が「健康」だそうです(『どうすれば幸せになれるか科学的に考えてみた』より)。物々交換は、1位の個人所得ではなく、困ったときに助けてくれる人がいるという部分に効いていて、結果として幸せになっているのだと思っています。
お返しはこれだけ? 自分の器の小ささを感じてしまう相手とは物々交換をしない
大宮 物々交換において、無意識のうちにでも気をつけているマナーがあれば教えてください。
在賀 基本的には、人は自分がしてあげたことを過大に評価して、他人にしてもらったことをすぐに忘れてしまったり、過小に評価する傾向があると思っています。ですので、お返しなどで何をどれくらい持っていけばいいのかはいつも気になります。この点では、お店で対価としてお金を支払うことはとても楽で優れたシステムだと感じます。
また、こっちはこれだけしたのにお返しはこれだけ?と自分の器の小ささを実感することも少なくありません。そう感じてしまう相手とは物々交換自体をしない方向にもっていきます。
大宮 在賀家は民泊などの見知らぬ他人との「シェア」も活用しているようですが、友人知人との物々交換との違いを感じますか?
在賀 AirBnBなどのシェアシステムは、見知らぬ人同士が「信頼」できる基盤を作ったすごい仕組みだと思います。そのすごさ故に、システムがきちんと機能していれば、その先にいる誰かの体温をあまり感じずに利用することができます。知人友人との物々交換では、リアルにその人柄を感じながら、手探りで信頼を作っていくところに面白さを感じます。
物々交換を楽しみつつも「お店で対価としてお金を支払うことはとても楽で優れたシステム」だと指摘する在賀さん。確かにその通りで、お金を介せば赤の他人とも気楽に交換ができる。
お金でお返しすることがタブーだからこそ、物々交換は面白く、煩わしさも含めた人間関係の強化につながるとも思う。我が家の流儀は、何かをもらったときはお返しはせず、口頭とメールで少し大げさな喜びと感謝を伝えることだ。そして、良きものがたくさん手に入ったときのおすそ分け先や旅のお土産を渡す先として、その人の名前を心の中に留めておく。すっかり忘れたら恩知らずになってしまうというプレッシャーで、気遣い合える人間関係を大事にする習慣を形成していきたい。