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火の国サラマンダーズを経てNPB復帰。ロッテ入団の小窪が会見「熊本での経験を活かしたい」

田尻耕太郎スポーツライター
これからの活躍を誓うとともに、熊本への感謝も口にした。(筆者撮影)

 九州アジアリーグ・火の国サラマンダーズは8月31日、千葉ロッテマリーンズへ移籍入団することになった小窪哲也内野手のオンライン会見を開いた。

 以下、会見の要旨。

【会見冒頭の挨拶】

「この度、千葉ロッテマリーンズに移籍することになりました。火の国のファンの皆さん、短い期間でしたが、温かいご声援ありがとうございました。

 今年は所属先が決まらない中で不安いっぱいでしたが、神田社長に声をかけていただき(火の国に入団し)、監督やスタッフ、選手に温かく迎え入れていただいたことで、一途に野球をすることができました。今まで経験したことがなかったことを独立リーグで経験できました。野球に対する取り組み、いろんな勉強が出来ました。内容の濃い3カ月を過ごせました。

 それらを活かして、千葉ロッテの優勝のために精一杯頑張っていきたい。これからも応援よろしくお願いします」

【主な一問一答】

――今の心境は?

「嬉しいのが一番。やらなきゃいけないな、という気持ちです。とにかくロッテの勝利に貢献することが一番です」

――オファーを聞いたとき。

「嬉しかったですけど、想像していたのは、もっと嬉しい気持ちになるのではと思っていました。だけど実際は、(オファーが)届いたと同時にすぐに、緊張感が高まったような感じでした」

――ご家族の反応は?

「これからが勝負だね、そんな感じです」

あっという間のようで長かった3カ月

――熊本で過ごした日々、どんな3カ月でしたか?

「今思い返せば、入団したのがすごく前のことのように感じるくらい、色々ありました。これまで経験したこともなかったことを、いろいろと経験をさせてもらいました。あっという間の3カ月にも思えるけど、思い返すと長かったような」

――火の国でプレーして、印象に残っていることは?

「半年間チームに所属していなかった中で、入団して1試合目(6月6日、大分B-リングス戦=リブワーク藤崎台)で、当たりは良くなかったけど移籍初安打を打った時のこと。ベンチに帰って、みんなが喜んでくれた。それが印象に残っています」

――火の国でともにプレーした若い選手たちへメッセージは?

「あと1勝で優勝できるところまで来ましたが、目の前の試合を集中してほしいし、とにかく目の前のことを一生懸命やってもらいたい」

――ここに至るまで小窪選手を突き動かしたものは?

「人ですかね。支えてくれた人です。何回も心が折れそうになった時に、支えてもらいました」

――小窪選手の諦めない姿勢は、多くの人に勇気を与えたと思います。

「僕の場合、ここまでやって来ることができて幸せですが、(ロッテに)入って終わりじゃない。やることはまだまだある。それはずっと。シーズンオフになっても。行けるところまで、戦い抜きたい」

カープファンへもメッセージ

――カープファンへの思いは?

「(カープを)退団する時に、元気な姿を見せられるようにと言ったことが、自分の支えになっていました。熊本にもカープファンが来てくれた。すごく勇気をもらいました。次は、僕が皆さんに勇気を与えられるように頑張りたい」

――ロッテファンへ、どんな姿を見てもらいたい?

「まだそんなことを考えられる余裕がないけど、とにかく全力でやりたい。シーズンはここからがしんどい。何でもいいので、チームのためになれるように頑張ります」

――改めて、独立リーグでプレーしたからこそ得たものは?

「プロ野球とは違う環境でした。打撃投手だったり、ティーを上げたり、食事や洗濯も自分でしたり。プロ野球や、入団前のアマ時代でもやったことのないような経験がありました。コインランドリーに通うのも初めてだった。だけど、苦ではありませんでした」

――最後に、熊本のファンへ。

「急な入団だったにもかかわらず、快く迎えてくれて、熊本の皆さんの温かさを感じることができました。それがあって、一生懸命野球に取り組めました。感謝の気持ちでいっぱいです」

スポーツライター

1978年8月18日生まれ、熊本市出身。法政大学在学時に「スポーツ法政新聞」に所属しマスコミの世界を志す。卒業後、2年半のホークス球団誌編集者を経てフリーに。「Number web」でのコラム連載のほかデイリースポーツ新聞社特約記者も務める。2024年、46歳でホークス取材歴23年に。 また、毎年1月には数多くのプロ野球選手をはじめソフトボールの上野由岐子投手が参加する「鴻江スポーツアカデミー」合宿の運営サポートをライフワークとしている。

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