中国人はなぜ日本人の羽生結弦選手を応援し、中国系のネーサン・チェン選手を批判するのか?
フィギュアスケート男子シングルで金メダルを獲得したアメリカのネーサン・チェン選手が、中国で批判にさらされている。
香港紙『サウスチャイナ・モーニングポスト』には「まるでサーカスの曲芸師みたいだ」など、チェン選手の演技や外見、衣装を誹謗中傷するような内容が掲載された。
ウェイボーなど個人が発信するSNSにも批判的な内容があるが、そもそも優勝したことに関する報道も少なく、「無視」しているかのような冷たさも感じる。
一方で、日本人の羽生結弦選手に対しては、若者を中心に、試合前からまるで母国選手であるかのような熱い声援が送られており、4位となっても「感動した!勇気をもらった!」と絶賛されている。
中国紙『チャイナデイリー』は2月11日、ツイッターで「美は国や個人の価値観を超える」と投稿。羽生選手がエキシビションに出場するかどうかにまで注目が集まっており、人気は絶大だ。
中国人はなぜ「日本人」である羽生選手を応援し、「中国」にルーツを持つチェン選手を批判するのか。
「日本人らしい」羽生選手に親しみ
中国在住の知人は羽生選手の人気をこう分析する。
「カッコいいアイドルや“王子様”に熱狂し、追っかけるような気持ちに似ていると思います。容姿やスタイル、演技力などだけでなく、その礼儀正しさや言動も含めて、トータルで心酔しているようです。中国に冬季五輪の圧倒的スターが少ない中、彼のカリスマ性に、強く心惹かれている人が多いのではないでしょうか」
中国語で見ても名前の漢字がそのまま理解でき、丁寧におじぎをしたり、リンクにも敬意を表する「日本人らしい」羽生選手に、“同じ東洋人”として親しみや共感を覚えているという面もあるようだ。
むろん、「日本」に対しては、複雑な感情を抱いている人がいるし、米中対立のはざまに立ち、揺れ動く日本政府に対して、あまり快く思っていない中国人も多く、昨今は経済的にも低迷する日本に「上から目線」を向ける中国人が増えているのも事実だ。
昨年行われた東京五輪の際、卓球や体操の試合結果について不満を持った中国人が、SNSで「日本人選手は八百長したのでは?」などと誹謗中傷のコメントを投稿したこともあった。
日本をもっと理解したい人々
だが、2015年の「爆買い」ブームや、その頃から発達したSNSにより、中国には日本に関する情報が爆発的に増え、その結果、日本に憧れ、日本の文化をリスペクトする人々も増えた。SNSで日本を誹謗中傷するような人々と、日本をもっと深く理解したいと思っている人々は別の人だ。
今回の冬季五輪では、米国などからの政治的ボイコットを受けたこともあり、敏感になっている中国人が多い中、羽生選手に対しては後者(日本をもっと理解したい)の気持ちが強く働き、SNSで盛り上がり、ついに政府の報道官まで羽生選手を応援した。
「憎き米国人ではない。かといって、中国にスターも不在。そうした中、距離的にも文化的にも近い『日本』に、こんなに素敵な人がいたという驚きと、素直にうれしい気持ちの両方があるのではないか」(前述の中国人)
一方で、中国系アメリカ人のネーサン・チェン選手への厳しい目線は、中国人のどんな心理を表しているのか。
チェン選手は「近しい存在」ではない
別の中国人はいう。
「チェン選手の両親は中国出身ですが、アメリカで社会的地位を確立した、いわば成功者。1980年代という、中国人のほとんどが海外に出ることが非常に困難な時期に出国できた幸運の持ち主で、それだけでも中国人にとっては『羨ましい存在』。
その子どもであるチェン選手は、顔立ちなど見た目は自分たちと同じ中国人ではあるけれど、中身はアメリカ人で、中国国内に住む人々にとって『近しい存在』ではありません。
それに、同じアメリカ生まれでも、母親が徹底的に中国語を学ばせたフリースタイルスキーの谷愛凌選手のように、中国語が上手なわけでもなく、中国に帰化し、中国に貢献するわけでもない。
SNSには『なぜ発展している我が国に戻ってこないのか?』などと、まるでチェン選手が中国を侮辱している、とでも言いたげなコメントもあります」
チェン選手はアメリカ生まれ、アメリカ育ちであり、アメリカの代表として出場することに何の問題もないが、中国にルーツを持つ選手が、憎いアメリカに金メダルをもたらしたということが、中国人のしゃくにさわった、という見方をする人もいる。
もちろん、中国メディアやSNSの中にもチェン選手の優勝を祝い、同じ中国人として誇らしいという人もいるのだが、いったん誹謗中傷の方向へと大きく傾いた社会の“空気”を覆すことは難しい。
現在の羽生選手への賞賛と、チェン選手への誹謗中傷は、今の中国人の複雑な心理を端的に表しているように見える。
参考記事: