「垂直尾翼を失った」ことを知らずに30分以上も飛行を続けた「日航ジャンボ」機長の驚異的な技量とは
毎年8月12日は、羽田発大阪行きの日航ジャンボ123便が墜落した日だ。いまだに事故原因について陰謀論めいた言説が続いているが、この記事では主に垂直尾翼を失った航空機について考えてみたい。
垂直尾翼の喪失
乗客乗員524名のうち520名が亡くなった(重傷4名)事故は1985年に起きた。当時の記憶を強くとどめている人も多いだろう。
公式にアナウンスされているこの悲惨な事故の原因はこうだ。同機は、1978(昭和53)年に尻もち事故を起こし、その際に後部圧力隔壁に不適切な修理が施された。
その後も飛行を続けた結果、事故時に圧力隔壁が客室の与圧に耐えきれず、隔壁から尾部構造への損傷へつながり、垂直尾翼と油圧操縦系統の損壊が起きた。その結果、飛行性能の低下をまねき、操縦機能を喪失して墜落したとされている。
垂直尾翼を喪失した航空機は、いったいどんな状態になるのだろうか。当時、報道などで使われていた言葉に「ダッチロール(Dutch Roll)」がある。ダッチロールは、酔っ払ったダッチ(オランダ人)が左右によろめきながら歩く様子から、航空機が左右に大きく振られながら不安定に飛行する状態のことを指すようだ。
垂直尾翼は、航空機の左右へのブレを軽減し、目的の方向へ前進する際の安定性を高めるなどのためにある。そのため、垂直尾翼が損傷すると当然、航空機の安定度もなくなる。
例えば、垂直尾翼の損傷度が増すほど、翼の仰角(-5度から20度)による安定度が失われる。また、機首のふらつき角度が増し、ヨーイング(頭を振るような左右方向の挙動)から横滑りを戻すことができなくなる(※)。
尾翼喪失後、約32分間も飛行
正常な航空機でも横滑りを起こして主翼が左右に大きく傾けば、一時的にダッチロールのような状態は起きる。だが、垂直尾翼を喪失してしまったジャンボ機は、こうした不安定な挙動を繰り返し続け、ダッチロールとフゴイド(Phugoid)運動(激しい周期的な上下動)が生じていたという。
羽田から大阪へ向かっていた同機は、伊豆半島にさしかかる手前で事故が起き、この際に垂直尾翼が破損したと考えられている。その後、操縦士らは羽田へ引き返そうと必死に操縦を試みた。
なぜなら、彼らは操縦室から垂直尾翼のほとんどが喪失していることを知らなかったからだ。そして、離陸から12分後の18時24分の事故発生から18時56分30秒の墜落まで、約32分の間、同機は飛行を続けた。
では、垂直尾翼を喪失するような状態の航空機事故はこれまであるのだろうか。
2001年11月12日、アメリカン航空のエアバスA300が米国ジョン・F・ケネディ空港を離陸した直後、前の便の後方乱気流によって操縦ミスを起こし、垂直尾翼がこの操縦操作に耐えきれずに損傷したことが原因で墜落した。この事故では、乗客乗員と墜落地点で巻き込まれた住人の計265名が死亡している。
また、1964年1月10日、試験飛行中の米空軍のB52は、米国カンザス州ウィチタを飛び立ち、ロッキー山脈上空で乱気流に遭遇した。そのとき、B52は垂直尾翼のほとんどを損失している。
あやうく墜落しかけたが、操縦士はなんとかコントロールを保った。その後、基地と連絡をとり、F100戦闘機が救援に駆けつけて外部から垂直尾翼がなくなっていることをB52に知らせた。
B52の操縦士は、自機の状況を把握することができ、地上と連携しつつ、アーカンソー州ブライスビル空軍基地へ向った。そして、事故から6時間後に無事に着陸させることに成功したという。このケースでは、垂直尾翼のほとんどを喪失したが、ジャンボ機と異なり、油圧系統などのコントロール機能は残っていた。
油圧系統も喪失していたジャンボ機
このように、垂直尾翼を失っても航空機を飛行させ続けることは不可能ではない。だが、御巣鷹山へ墜落したジャンボ機の場合、全ての油圧系コントロールを喪失していた。
コクピットの音声記録には、航空機関士(当時は正副操縦士と機器類などの管理をする航空機関士の3名搭乗)の「ハイドロプレッシャーオールロス(油圧全て喪失)」という声が残されている。エンジンと電気系統は無事だったが、油圧系統は全く使えなかったことで主翼や水平尾翼の昇降舵(スタビライザー)が機能せず、B52のケースとは異なっていた。
また、事故を起こした日には、埼玉県上空に南西の風が、また秩父市上空で北東の強風が吹いていた。同機は、ほとんどのコントロール機能を喪失した上にこれらの風にあおられ、迷走を続けたことになる。
ほぼ機体のコントロール機能を失い、垂直尾翼がなくなっているということさえわからず、エンジンスロットル調整やランディングギア昇降による空気抵抗などを駆使し、なんとか最後まで飛行を続けたクルーたちは賞賛されていい。
もちろん、航空機の安全運航を目指す以上、けっして起こしてはならない事故だったのは明かだ。原因となった修理ミスはもちろん、垂直尾翼と油圧機能を喪失するようなことを含め、あらゆる事故を繰り返してはならない。
個人の技量には限界がある。現在の航空機では、過去の事故を教訓にし、油圧系統を含むコントロール機能が全て喪失されないようなフェイルセーフを備えている。
毎年8月12日になると、慰霊登山などが報道される。筆者も当日のことはよく覚えている。いくら時間が経っても事故が風化することはない。改めて犠牲者のご冥福をお祈りします。
※:Neal Frink, et al., "CFD Assessment of Aerodynamic Degradation of a Subsonic Transport Due to Airframe Damage", 48th AIAA Aerospace Sciences Meeting including the New Horizons Forum and Aerospace Exposition, 4-7, January, 2010