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アルバレスが渾身の右でコバレフを撃ち落とし、世界ライトヘビー級戦線は混沌

杉浦大介スポーツライター
Photo By David Spagnolo/Main Events
Photo By David Spagnolo/Main Events

8月4日 ニュージャージー州アトランティックシティ 

ハードロック・ホテル&カジノ

WBO世界ライトヘビー級タイトル戦

挑戦者

エレイデル・アルバレス(カナダ/34歳/24戦全勝(12KO))

7回2分45秒TKO勝ち

王者

セルゲイ・コバレフ(ロシア/35歳/32勝(28KO)3敗1分)

WBA世界ライトヘビー級タイトル戦

王者

ドミトリー・ビボル(ロシア/27歳/14戦全勝(11KO))

12回判定(120-108、120-108、116-112) 

挑戦者

アイザック・チレンバ(マラワイ/31歳/25勝(10KO)6敗2分)

衝撃の結末

 その瞬間、アトランティックシティに新オープンしたばかりのハードロック・ホテル&カジノ内のアリーナは騒然となった。

 アルバレスの痛烈な右ストレートを浴びて、6回までポイントではリードを奪っていたコバレフが轟沈。的確な連打で2度のダウンが追加され、試合はドラマチックな形で終わった。過去6年間、常にライトヘビー級トップかその周辺に君臨してきたコバレフが築いた一時代が一区切りを迎えた瞬間でもあった。

 全盛期は“東のメッカ”と呼ばれたアトランティックシティで、筆者はこれまで多くの劇的なKOを目撃してきた。2007年9月のケリー・パブリック(アメリカ)対ジャーメイン・テイラー(アメリカ)戦で、パブリックという新たな白人スターの誕生にボードウォークがわき返ったのを昨日のことのように思い出せる。セルヒオ・マルチネス(アルゼンチン)がポール・ウィリアムズ(アメリカ)を撃ち落とした2010年11月のワンパンチKOは、リング誌が選定するその年の年間最高KOに選ばれた。

 この日のコバレフ対アルバレス戦は、しばらく低迷していたアトランティックシティで開催された久々のメジャー興行だった。その記念すべきカードで生まれた鮮烈なノックアウトも、ファンの間で語り継がれていきそうだ。

 ファン、メディア、関係者が時にストレスを感じながらもライブ観戦にこだわるのは、ときにこんなシーンが目撃できるから。美しいマーク・G・エテス・アリーナに足を運んだ5642人の観衆は、思わず息を飲んだ結末を忘れることはないだろう。

アルバレスが実践したコバレフ対策

 「(最初のダウンを奪ったのは)キャリアを通じて放ってきたワンツーのコンビネーションだ。今回のキャンプでも練習してきたんだ」

 試合後、アルバレスが誇らしげに振り返った通り、今戦は事実上、コバレフが強烈な右を浴びて喫した7回の最初のダウンで決まったも同然だった。

 この時点まで、3人のジャッジは59-55、59-55、58-56でコバレフ有利と採点。だとすれば、一見するとワンパンチの逆転劇に思えるかもしれない。しかし改めて試合を振り返ると、このワンツーを打ち込むまで、アルバレスが丹念に下ごしらえをしていた事実が見えてくる。

 コバレフに勢いがある序盤は無理をせず、強めのジャブで随所に相手のアゴを跳ね飛ばして勢いを寸断。強打を浴びながらも隙を見てボディを放ち、あえてローブロー気味のパンチを盛り込んでコバレフの集中力を乱させた。

 途中、思わずレフェリーに助けを求めた王者の姿を見て、見覚えがあると感じたのは筆者だけではなかったのではないか。そう、フィニッシュの見栄えとアルバレスのディフェンスに大きな違いがあったが、今戦の流れにはアンドレ・ウォード対コバレフ再戦のそれと少なからず相似点があった。

 「コバレフを鈍らせたおかげで、彼のパンチは開始当初ほどにハードではなくなっていた」(アルバレス)

 王者はもともとスタミナ、耐久力不足が不安視されただけに、アルバレス陣営は序盤ラウンドを幾つか失ってでも中盤以降の勝負を目論んでいたことを認めている。相手の反応が鈍くなった7回、満を持したワンツー一閃。ウォード戦でもフィニッシュの起点になったのが右ストレートだったことは記憶に新しい。

 ウォードが示したコバレフ攻略の青写真。そのシナリオを初の大舞台で見事に実践したアルバレスと陣営は賞賛されてしかるべきだろう。これまでやや地味な存在だったコロンビア出身のスナイパーは、初のタイトル戦でその実力を誇示したと言って良い。

世界ライトヘビー級の今後

 コバレフがアルバレスを下馬評通りに下していれば、12月8日にこの日のアンダーカードでチレンバを下したビボルとの統一戦が内定していたという。しかし、番狂わせで先輩王者が敗れたことで、楽しみなプランは綺麗に霧散。最近は限られた予算をライトヘビー級に投資していたHBOにとっても大誤算に違いない。

 コバレフ側はアルバレスとの再戦オプションを持っており、ダイレクトリマッチは可能。ただ、3度に渡って痛烈に倒された後で、早期復帰は得策ではないようにも思える。傷心のコバレフ陣営は引退をほのめかしており、今後に多くのボクサーがそうするように翻意したとしても、帰還までにそれなりの時間は必要ではないか。

 ビボルは代わりにアルバレスとの統一戦を希望しているものの、両者の知名度、一般的な希求力を考えれば成立に動くかは微妙なところだろう。また、IBF王者アルツール・ベテルビエフ(ロシア)はダ・ゾーン(DAZN)との契約を発表したばかり。WBC王者アドニス・スティーブンソン(カナダ)は常に我が道を行く選手であり、アルバレスの戴冠前から対戦を望んでいなかったこともすでに知られた話である。

 

 だとすれば、近未来にライトヘビー級のビッグマッチをまとめるのは至難。個性的なタイトルホルダーが揃っていることを考えれば残念だが、アルバレスの右をきっかけに、同級の戦線はここでさらに混沌とした感がある。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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