[高校野球]まだ間に合う! 新チーム強化のヒント その2●伝令ではなにを、どう伝えるか
古い話だが、桐光学園(神奈川)の2年生左腕・松井裕樹(現楽天)が1試合22奪三振という驚異的な奪三振を記録した2012年夏の甲子園。松井は3回戦でも、浦添商(沖縄)から12三振を奪って1失点完投した。この試合、桐光の野呂雅之監督は、8回までは一度も出していなかった伝令を、9回裏の守りで2回、出している。松井は、4対0の8回、ホームランで1点を失っているが、直後の野呂監督は、出してもよさそうな伝令を使っていない。
だが9回、1死一、二塁とされたところで初めての伝令を走らせ、後続の三振で2死としたところでもう一度、伝令。桐光はこの試合、結局4対1で勝利するが、そこまでは伝令を出さず、9回というタイミングで2回使った意図を、野呂監督に聞いたことがある。
3回の伝令をどう使うか
高校野球では、好守ともに1試合に3回ずつ(延長に入ったら各回1回)の伝令が許されている。回数が制限されたのは、1997年のセンバツからだ。回数制限がないころは、勝負どころでは打者一人ごとにタイムをかけ、伝令を飛ばすシーンがよく見られた。たがそれでは、試合時間がかかって間延びするし、見ているほうの興を殺ぐ。そこで「1試合3回まで」となったのだ。
心理的な抑揚の大きい高校生にとっては、タイムの間がときに重要な戦術になる。だが3回しか使えないとなると、そのタイミングがむずかしい。序盤で使い切ってしまえば、終盤の勝負どころで伝令を出せなくなるだろう。野呂監督には、そのあたりをどうとらえているかを聞いたのだ。
「端的にいえば、必要なら出せばいい、必要でなければ出さなくていい。伝令については、そう考えています。1試合でどう使うかという配分は想定しないし、伝令を出したとしても、回数は数えていません。あの試合では確かに、完封ペースの松井が被弾した8回、リセットの意味で伝令を出してもおかしくはありません。ただこのときは、とくに伝令の必要を感じなかった。捕手の宇川一光がタイムを取り、マウンドに行ったことで、十分リセットできたという判断です」
伝令やタイムの意図はどこにあるのか。タイムにはおもに、ベンチにいる選手が監督の指示を伝える伝令と、守備中ならばフィールド上の野手が自分の判断で取るタイムがある。どちらも、間をとることで相手に向きかけた流れを止め、いったんリセットすることを意図するものといっていい。また伝令の場合なら、戦略の徹底や確認という意味合いも当然、ある。
浦添商の打線は初回、先頭打者はスタンスを広く取ったノーステップ打法で、松井のスライダー狙いが見え見えだった。そして3球目のスライダーを、セカンドの後方に落ちるヒット。すると捕手の宇川もスライダー狙いを察知したか、次打者にはストレートを3球続け、右飛に打ち取った。野呂監督によると、
「もしあそこで宇川が、次打者にも再度スライダー中心の組み立てをしたら、伝令なり、ベンチから指示を出していたかもしれません。ですがバッテリーが、自分たちの判断で適切な対応をとったわけです。この初回、盗塁と宇川の悪送球で2死三塁までピンチが広がりましたが、宇川はそこでもすかさずマウンドへ行き、結局四番打者を二ゴロに打ち取りました。
その後の守りでも、宇川がタイムを取ったのがさらに2回。2回、1死二塁から四球を出したときと、8回、先頭打者ホームランのあとです。2回には、タイム直後の打者を二直併殺に、8回には後続を三者三振に打ち取っていますから、リセットするという意味では、実に効果的なタイムでしたね」
つまりこのときの桐光には、監督が伝令を出さなくても自分たちで判断できる高度な観察眼が備わっていたといっていい。野呂監督も、こう続ける。
「大切なのは、こちらが伝令を出そうかというとき、選手たちが先んじてタイムを取るような洞察力、判断力です。ですから日常の練習試合では、"あの場面ではタイムを取らないと"と、うるさいくらいに野手にシミュレーションします。だから練習試合なら、実際に伝令を使うことも多いですね。同点の場合は対戦相手にお願いし、延長をお願いすることもある。公式戦で延長になったときのシミュレーションをするためです」
「〜するな」ではなく「〜しよう」
では、浦添商戦9回の伝令については? 1死一、二塁となったところで野呂監督が伝えたのは、
「"ホームランを打たれても同点だからかまわないよ"と。ここで"ホームランに気をつけろ"と伝えると、高校生は外、外と気をつけすぎて、四球になるケースがあるんです。そうすると満塁になり、今度は一発で逆転の局面。そうじゃなくても、満塁からバッテリーミスなどで崩れていくのが甲子園の野球で、それを避けたかったんです。ですから、まずはまん中でもストライクを投げろ、結果としてホームランでも同点じゃないか、と伝えたかった」
こういうときの伝令役には、ふだんから経験を積ませておくことも必要だと野呂監督は考えている。
「ことに甲子園は、何万もの目が見つめているますから、そういう非日常の空間でも萎縮せず、監督の意図を端的に伝えられるコミュニケーション能力がほしいんですね。チームの空気を盛り上げるキャラクターであれば、なおいいでしょう。そして伝令のあとは代打を三振に取って2死になり、再度伝令を出しました。ここでの指示も最初と同じで、"ホームランでもかまわない"。高校生と長い間つき合っていると、"さっきもいったよね、それ?"という場面がひんぱんにあるんですよ(笑)。ですから、確認の確認でもう一度念を押す。ただここでは危惧したように、次打者に3ボールまでいくんですよ。わかっているはずなのに、やはり高校生ですね(笑)。それでも、満塁も覚悟したこの場面で、バッテリーはまっすぐを3球続けて三振。私の意図を理解してくれていたと思います」
理想をいえば、ベンチからのシグナルだけで選手が監督の意図を共通理解してくれれば、伝令を出す必要はない。この夏の神奈川大会、桐蔭学園との決勝では、5対3と2点リードの8回の守り、無死一、二塁になったところで伝令。次打者のバントで1死二、三塁とピンチは拡大したが、ここでは野呂監督は伝令を出していない。ただ「内野ゴロの1点はOK。内野は定位置でボールファースト」というシグナルを送った。すると、それを受けた捕手の宇川がタイムを取ってマウンドに行き、内野手に徹底。結果この回は、ショートゴロの間の1点のみに抑えている。
「このように、伝令を出さなくても通じる戦術のコミュニケーションを豊富にすることが、チーム力につながる。日々の練習や練習試合は、その理解を深め、バリエーションを増やしていくためにあるといってもいいでしょう」
また、相手が取ったタイムは、相手の作戦を推測するヒントにもなる。同じ夏の甲子園、光星学院(現八戸学院光星・青森)との準々決勝。0対0の7回の守り、一、二塁でフルカウント。ここで光星・仲井宗基監督がタイムを取り、打者に指示を送った。野呂監督の頭脳が回転する。
「まさか、スライダーがボールになると割り切って“待て”はない。なにかあるとすればエンドランか。すると、もしスライダーで三振を取れても、走者がスタートを切っているから1死二、三塁になる公算が大きい。そこで、宇川に声とシグナルを送りました。"ここは走ってくる確率が高いぞ、考えろ"。
このケースでもっとも理想的なのは、三振ゲッツーです。ただスライダーだと、捕球までにストレートよりコンマ何秒か時間がかかりますし、捕手の送球体勢も十分になりにくい。三振ゲッツーを取るには、外角高めの直球を空振りさせ、エンドランで走ってくる二走を三塁で刺すのが確率が高い……。事実、そう考えた宇川は外角高めのストレートを要求し、三振ゲッツーに取るんです。伝令なしでコミュニケーションを取れた例ですね」
ここで伝令を出さなかったのは、バッテリーが意図を理解していたこともあるが、なまじ伝令を出すと、それを見た相手が、戦術を修正してくることもあるからだ。満塁のチャンスで攻撃側がタイムを取れば、「なにかやってくるぞ」と守備側は警戒の水準を上げるだろう。逆に、実際はなんの指示もないのに、タイムを取って疑心暗鬼にさせ、過剰に意識させるのもベンチワークだ。
「また、伝令や指示では、言葉の使い方にも配慮が必要です。同じ内容を伝えるのでも、"高めを振るな"よりも"低めを打て"。"〜するな"という義務感よりも"〜しよう"という意志のほうが成功確率が上がるというのが、スポーツ心理学の定説ですから。ただ、それも人によりけりで、やはり“高めは振るな”と伝えたほうが結果につながる選手もいる。狙い球を限定するより、フリーに打たせたほうが本来の反応のよさが生きるタイプもいる。こればっかりは、毎日つき合っていないとわからないですね。技術だけではなく、1年かけてそれを探すのもわれわれの役割です」