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トランプ大統領「自由勲章」をラッファー博士に。減税を訴える経済学者の主張とは?

竹内幹経済学者。一橋大学経済学研究科・准教授。
減税こそが必要だと主張するラッファー博士に、トランプ大統領から勲章が授与される。(写真:ロイター/アフロ)

トランプ政権の経済政策ブレインの一人、アーサー・ラッファー(Arthur Laffer)博士に、大統領自由勲章が授与されることになった(ホワイトハウスの発表)。

「減税こそが経済成長に必要だ」

大統領自由勲章は、大統領が文民に授与する最高位の勲章で、過去の受賞者にはヘレン・ケラー氏、英サッチャー首相、ホーキング博士などの著名人が多い。今回、この勲章を授与されることになったラッファー博士(写真)は、経済成長には減税が必要なのだという主張を図解'した「ラッファー曲線」で有名で、サプライサイド経済学といわれる一派の提唱者の一人である。税率が0%なら税収もゼロ、税率が100%なら経済活動もなくなるので税収はゼロ。すると中間あたりに税収を最大化するような税率があるはずだ。そこに向かうためには「税率を下げるべきだ」とする考え方。

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1974年、シカゴ大学経済学部准教授だったラッファー博士は、9月13日にラムズフェルド氏とチェイニー氏(直後のフォード政権でそれぞれ首席補佐官を務める)ならびにジャーナリストのワニスキー氏とワシントンDCで会食した。フォード政権はインフレ抑制のために増税する方針であったが、それに批判的であったラッファー博士は会食の席上でテーブルナプキンに簡単な図を描きながら、減税の必要性を強く訴えた。

規制緩和論とサプライサイド経済学

この考え方は後のレーガン政権の大胆な規制緩和政策によって実行に移された。それまでは経済政策といえば財政政策と金融政策の2本柱であった。財政政策はケインズの主張を根底に、不況にあっては政府が積極的に消費と投資を行うことによって有効需要を創り出し、経済活動を正常な水準にもっていくのが良いとされている。

ラッファー曲線のアイディア
ラッファー曲線のアイディア

それに対して批判的な主張は、ケインズ政策によって肥大化した政府部門が民間部門を圧迫し、あらゆるところで非効率性を生み出しているだけでなく、高い税率によって経済活力そのものが大きく削がれているとした。「政府は労働や所得に課税し、非労働や余暇や失業に補助金を与えている。結果[=労働や所得が減り、余暇や失業が増える]のは明らかだ!」とナプキンに走り書きしたラッファーの主張はわかりやすいものだった。それまでのケインズ的経済政策が総需要側に着目していたのに対して、このように供給側のインセンティブを伸ばしていくべきだとする考え方は「サプライサイド経済学(supply-side economics)」とよばれるようになった。財政金融政策だけではない新たな経済政策としてレーガノミクスやサッチャリズムといった「新自由主義 (Neoliberalism)」の伸張とともにメジャーになった。

市場原理を重視し政府規模の縮小を唱える政策は、非効率性をなくすだけでなく、福祉や経済的弱者への手当も切り詰める結果をともなったのは言うまでもない。また、減税政策といっても、富裕層の受ける恩恵が大きく、福祉予算カットによって貧困層がこうむる負の影響が大きくなりがちであることにも注意が必要だ。

本当に減税しなければならないのか

ラッファー曲線そのものを否定する経済学者はいないだろう、税率は0%でも100%でもなく、中庸が一番と言っているに過ぎないからだ。問題はラッファー曲線はどこでピークとなるかだ。サプライサイド経済学は、現状の税率は高すぎる、つまりピークを過ぎていると信じている。ワシントンポスト紙のMatthews記者がSaez教授やSlemrod教授といった税制の専門家にきいてみたところ、両者ともに60%~70%といっているWhere does the Laffer curve bend?。ちなみに、Saez教授もSlemrod教授も課税の経済学者として多くの税制やデータに詳しい専門家のなかの専門家である。

実際にラッファー曲線を真に受けて大減税してしまったのがカンザス州のブラウンバック知事(共和党)。2013年から州内個人事業主19万人への所得税(パススルー課税対象)を廃止するなど、大胆な減税政策をした。結局は富裕層が減税の恩恵を受け、公教育等への歳出削減をともない、結局、経済成長や雇用増加は実現しなかったようだ(研究1,研究2)。2017年6月には州議会が減税政策を撤廃することとなった。

後日談

ラッファー博士とともに2016年に『トランポノミクス』を出版した、スティーヴン・ムーア氏は2019年3月にトランプ大統領からFRB理事候補に指名されている(後に本人が辞退)。

また「金持ち優遇」が露骨にみえるラッファー曲線の単純さは経済学者の間では笑い種になり、"laughable"(=ラッファブル=笑える)と言われることも多い。

ラッファー曲線が描かれたナプキンは同席したワニスキー氏が持ち帰り、現在はスミソニアン博物館に所蔵されており、オンラインで画像を閲覧することができる→ラッファー曲線ナプキン (Laffer Curve Napkin)

経済学者。一橋大学経済学研究科・准教授。

1974年生まれ。一橋大学経済学部卒、ミシガン大学Ph.D.(経済学博士)。カリフォルニア工科大学研究員などを経て現職。専門は実験経済学と行動経済学。文部科学省学術調査官、法務省司法試験予備試験考査委員などもしました。1男1女の父。

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