女性についての、女性による、女性のための映画がアメリカで大ウケした理由
「RBG 最強の85才」が、10日(金)、日本公開になる。昨年アメリカで公開され、興行面でもヒット、オスカーにも2部門で候補入りしたドキュメンタリー映画だ。
ヒットとは言っても、北米での興収総額は1,400万ドル。「アベンジャーズ/エンドゲーム」がわずか10日ほどで6億ドルを達成した後だけに、全然たいしたことがないように聞こえるかもしれない。それでも、この数字は、政治的ドキュメンタリーというジャンルに限ると、堂々の史上8位なのである。そして、その上にランク入りする作品を見てみると、「RBG〜」が成功したのは、十分納得がいく。うち4本は、タイムリーなテーマをおもしろく語ることで幅広いファンを得たマイケル・ムーアの作品。ほかは、オバマについての映画や、元副大統領アル・ゴアを追う「不都合な真実」など、有名人が出るものだ。
「RBG〜」も、一見お堅いテーマを、感動とユーモアを交えてわかりやすく語る。出てくるのは、近年アメリカでロックスターなみの人気を誇るようになった人だ。さらに、タイムリーさもある。トランプが大統領になって大規模なウーメンズマーチが起こったのは2017年初め。その秋には「#MeToo」、年明けには「#TimesUp」運動が起こった。女性の権利のために闘ってきたこの人を描く今作の世界プレミアは、2018年1月のサンダンス映画祭。まさに、満を持したような時だったのである。
だが、タイミングはあくまで偶然。RBGことルース・ベイダー・ギンズバーグ米連邦最高裁判事のフェミニストとしての活動は、弁護士時代から数えて50年にも及ぶ(タイトルは『〜85才』となっているが、彼女は3月に誕生日を迎え、現在は86歳である)。それに、今作の監督コンビ、ベッツィ・ウエストとジュリー・コーエンは、その何年も前に別のプロジェクトでギンズバーグ判事にインタビューをし、彼女の話を語りたいと思っていたのだ。
「今作が始動したのは、2015年1月。トランプが大統領になるなんて、誰も想像しなかった時よ。もちろん、『#MeToo』や『#TimesUp』も、まるで予想できなかった」と、ニューヨークのホテルのラウンジで、コーエン監督は語った。その隣で、ウエスト監督も、こう付け加える。「『#MeToo』で、これまで女性たちが職場で耐えてきたひどい実情が暴露されたのは、全女性にとって、ターニングポイントになったのだと思う。その真っ最中にこの映画が公開されたことで、女性たちは、この闘いが実はとても長く続いてきていたのだと、あらためて知ることになったの。これからもきっとまだまだ闘いは続くのだということもね」。少し前にはフェミニストと言うと怖がられたり、バカにされたりする風潮があったが、今の若い人はそういった見方をしないというのも、プラスになったと考える。「彼らは、そのために闘うことの必要性を理解している。それはとてもエキサイティングなことよ」(ウエスト監督)。
若者のアイドルになったことが映画の実現につながる
ギンズバーグ判事は、9人いる連邦最高裁判所判事のうち現在唯一の、歴代ではふたりめの女性である。そもそも、最高裁の判事が誰かなど、多くの一般人は、普段、ほとんど気に留めないものだ。フェミニストを自認し、社会を変えた女性たちについてのドキュメンタリー番組を製作するなどの活動をしてきたウエスト監督ですら、そうだった。その番組を作る時、彼女は、史上初の女性判事であるサンドラ・ディ・オコナーを取り上げようと思っていたところ、著名なフェミニスト活動家であるグロリア・ステイネムから、ギンズバーグ判事の70年代からの功績を聞かされたのである。それが、2007年か2008年ごろだ。女性は夫の承認がなければクレジットカードも作れず、職場でも堂々と待遇面での差別がなされていた時代、少しずつそれらを変えていってくれたのが、この小柄で礼儀正しい、ハーバードとコロンビアのロースクールで学んだ女性弁護士だった。「今、自分がこうしてキャリアを積むことができているのも、この人のおかげだったのだ」と、当時、ウエスト監督は思ったのだという。
コーエン監督も、「ギンズバーグ判事の話は、アメリカの歴史の大事な話である」と思っていた。だが、同時に、「高齢の女性と法律についての映画を見たいと思ってくれる人は、あまりいないだろう」ともわかっていた。その状況を変えたのは、若者たちだ。近年、よりリベラルに傾いてきたギンズバーグ判事が、人権のために堂々と異議を唱える姿をかっこいいと感じた若者たちは、ソーシャルメディアで彼女を「ノトーリアス・RBG」(名前の由来は故ラップミュージシャンのノトーリアス・B.I.G. )と呼び、騒ぎ始めた。それが社会現象になったのである。
「ネットでそういうことが起こっていることに気づいた私たちは、今ならいけるのではと思ったの。今こそ、若い人たちに彼女のことをもっと教えてあげられる時ではないかと」と、ウエスト監督。CNNフィルムズに、そのように企画を売り込むと、見事にゴーサインが出た。これより少し遅れて、フェリシティ・ジョーンズがギンズバーグ判事を演じる「ビリーブ 未来への大逆転」の製作準備も始まっている。こちらの脚本を書いたのは判事の甥で、このプロジェクトもずっと前から存在していたものの、やはりなかなか実現にこぎつけられずにいたのだった。日本では「ビリーブ〜」が先だったが、アメリカでは「RBG〜」が7ヶ月先に公開されている。
観客を引き込むラブストーリーとユーモア
先にも述べたように、今作の強みのひとつは、入って行きやすさにある。それをやるのが、ラブストーリーとユーモアだ。
彼女が今は亡き夫マーティン・ギンズバーグ(通称マーティ)に出会ったのは、コーネル大学在学中のこと。共にハーバードのロースクールに通うようになる頃には、結婚し、子供もできていた。卒業後、マーティはニューヨークの税金専門弁護士として活躍するが、家事分担どころか、主に料理は彼が担当して、積極的に妻のキャリアを支えている。今でこそイクメンなどという言葉があるが、彼らが結婚したのは50年代。しかも彼はエリート中のエリートだ。しかし、彼はそれを恥ずかしいとも、嫌だとも思わなかった。映画の中には、マーティが楽しそうに「うちの子供たちには味覚というものがありまして、子供たちの要請により、ルースは料理をしないことになっております」と語る過去の映像まで出てくる。その横には若き日の判事がいて、少し照れたような表情を見せる。そんな様子が、なんとも微笑ましいのだ。
ギンズバーグ判事本人も、意外なところでさらりとユーモアのセンスを見せてくれる。たとえば映画の冒頭で、判事は「Super Diva」(女王気取りの嫌な女という意味)と書かれた服を着てワークアウトをしているが、あれは本人が勝手に着てきたものだ。それを見た監督コンビとクルーは、嬉しい驚きと、ちょっとした感心を覚えたという。テーマがシリアスなだけに、ユーモアをできるかぎり入れたいというのは、ふたりが早くから決めていたこと。「笑わせられる機会があるのなら、観客を笑わせたいと思っていた。90分、映画館の椅子に座って難しいことをぶちまけられるのは、楽しくないわよね」(ウエスト監督)。
楽しさに満ちていたのは、カメラの裏も同様だった。この映画は、監督コンビをはじめ、エディター、撮影監督、作曲家まで、女性だらけのスタッフによって作られている。それは、「最高に楽しい経験」だったと、ウエスト監督は言う。「みんな、すごいモチベーションに燃えていたわ。すばらしいことを達成してきたにもかかわらずあまり知られてこなかった女性に、私たちの手でスポットライトを当てるんだもの」(ウエスト監督)。コーエン監督は、「これは、女性による、女性についての、女性のための映画なの」と言った後、すぐ、「もちろん、男性のためでもあるけれどもね。そして子供のためでもある」と言い直した。「子供たちの反響がとても良かったのよ。そこは予想していなかったのだけれど、将来は意識していきたいと思っている。何かを教える上で、映画というのは有効な手段だから」(コーエン監督)。
そんなふたりは、すでに新しいプロジェクトに向けて動き始めているそうだ。次もまた、女性による、女性についての話で、見て楽しいと感じられる作品にすると言う。「今作の成功で、歴史の中で隠れてきた女性のストーリーを聞きたいという人たちはいるのだとわかった。そういう話は、まだまだある」(コーエン監督)。「ドキュメンタリーだって、普通の映画のように、始まり、真ん中、終わりがあり、観客に満足を与える作品であっていい。ドキュメンタリーの監督たちも、ゆっくりながら、それを学んできたと思うわ」(ウエスト監督)。
シリーズ、という言葉は聞き飽きた感じでも、この人たちのそれならば、今すぐにでも見たいと思う。