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乳首をドリルできない。その中で、父親に。新型コロナ禍で吉田裕が再認識した吉本新喜劇の“根っこ”

中西正男芸能記者
第一子となる長男が先月誕生した吉本新喜劇の吉田裕さん

 ギャグ“乳首ドリル”が代名詞にもなっている吉本新喜劇の吉田裕さん(42)。先月中旬に妻で新喜劇座員の前田真希さんが第一子となる長男を出産しました。父となり新たな一歩を踏み出しましたが、密と飛沫にさらされる“乳首ドリル”は新型コロナ禍で封印状態に。得意技を奪われた中で感じた「逆に、チャンス」という意識。そして、逆境だからこそ再認識した新喜劇の根っこにあるものとは。

“乳首ドリル”ができない

 8月中旬に長男が生まれました。新型コロナ禍ではあるんですけど、幸運なことに出産には立ち会うことができまして。その日は京都・よしもと祇園花月の出番だったんですけど、京都から新大阪まで新幹線で戻ってきました。

 生まれて半月くらいですけど、家に帰ったら赤ちゃんがいて、寝てても赤ちゃんの泣き声で起きてという中で、息子ができたことを感じている最中です。

 より一層、頑張るしかない。そんな状況なんですけど、新喜劇としては昨年からコロナ禍が直撃している状況でもあります。

 すっちーさんとの“乳首ドリル”も去年からほぼやっていません。そもそも、新喜劇は漫才や落語に比べて圧倒的に大人数ですし、ギャグやドタバタした動きをやる中で密にもなります。コロナ禍の初めの頃は“乳首ドリル”もなんとかできないか、いろいろと試行錯誤を重ねました。

 最低1.8メートルは離れないといけないので、すっちーさんが長い棒を持ってドリルしたりもしてたんですけど、それではさすがに標的が定まりにくくて。僕が自分から棒に乳首を合わせにいったりもあって(笑)、なかなか難しく…。

 やっぱり距離を近くしようともなったんですけど、そうなると飛沫が問題になってきます。なので、フルフェイスのヘルメットをかぶってドリルをした時期もありました。ただ「これでは誰がやってるか分からん…」となりまして(笑)。

 他にも、リモートでのドリルというか、画面に映った僕にすっちーさんがドリルをするという形もやったんですけど、結局、経て、経て、今はドリル自体を新喜劇の中ではやらなくなっています。

 ただ、これは良い意味でチャンスだとも思っているんです。もちろん、ドリルで僕のことを知ってくださった方はたくさんいらっしゃると思います。でも、こういう機会に「ドリルだけじゃない」というのを見せるのは意味があるのかなと。

 お馴染みのものを求めていただく。これは本当にありがたいことなんですけど、どうしてもそればっかりになってしまう。新しいステージに進みづらくなってしまいます。これは本当に難しいところなんですけど、今回はその機会をもらったとも言えるんだろうなと。

 コロナ禍でいろいろなマイナスが降りかかっています。吉本興業の根幹というか、何があっても幕が開いてきた劇場までストップすることになり「もう、舞台というものがなくなるのでは」ということまで考えました。

 でも、マイナスばかりを感じていても仕方ないですしね。前向きにとらえる。前向きにする。そういう部分も大切なんだろうなと思うようになりました。

多様性と新喜劇

 あと、これはコロナ禍とは全く別のことですけど、いわゆる多様性を大切にするという世の中の流れを受けて「容姿をいじらない」という意識がここ何年かの間で急速に高まってきました。

 確かに、新喜劇でも“小さい”とか“ブサイク”とかそういうことで笑いを取ってきた部分もありますし、そういうイメージを持ってくださっている人も多いと思います。だから、今の流れがもっと強くなったら「新喜劇は大丈夫なのか」と心配してくださる方もいらっしゃいます。

 気にかけてくださることも本当にありがたいことなんですけど、それと同時に、新喜劇の根っこみたいなところを見つめ直すきっかけにもなったと思っています。

 それは「新喜劇で一番大事なのは芝居だ」ということです。当たり前なんですけど、ギャグやキャラクターの羅列ではなく、あくまでもベースにあるのは芝居の力であり、その中にそういう“アクセント”もあるという構図だと。

 ブサイクイジリということもやってきたけれども、それは一枚の葉っぱというか、あくまでも芝居という太い根っこから伸びた幹があり、さらにそこから派生するものとして出てきた葉っぱにすぎない。

 なので、もしイジリの笑いがなくなったら、また別の笑いという葉っぱが出てくる。恐らくは、芝居の流れに則した笑いや空気感の笑いを出していく団体になっていくと思います。それがリアルな現実だと思いますし、根っこの太さと頑丈さこそが、実は新喜劇の真骨頂だと思っています。

 例えば、可愛い女の子がうどん屋さんに入ってくる。「友達も来ますので」という言葉で周りは「友だちも可愛い子なんやろうな」と期待してるけど、そこにいわゆるブサイクな友達が来て「全然違うやないか!」となる。

 これまではそういうパターンが多かったんですけど、今僕がリーダーとしてやらせてもらうお芝居では、そこの対比を可愛いとブサイクではなく、芝居の流れを活かした他の要素にするということをしています。

 一番大事にするべきことは芝居であり、それによって紡がれるストーリーであり、それが根幹だと。これも、新喜劇にとっては前向きなことというか、伸びしろをさらにもらっていることにもなるのかなと思っています。

座長への思い

 吉本興業の養成所・NSCに入った時に目標にしたのが「47都道府県全てを営業でまわる」ということだったんです。それを2年ほど前に達成しました。となると、次の目標を何にしようかと。

 例えば、座長ということもあります。ただ、これも僕なんかがおこがましいんですけど、目指すものなのかどうかも分からないというか、目指すものじゃなくて周りから選ばれるものなんじゃないかなと思っているんです。次はこの人やろと。

 昔からその感覚があって、今、リーダーという形をさせていただいていて、もし「次の座長は誰や」となった時に「吉田やろ」と言ってもらえるようなことをずっとしていかないといけないんやろうなと。

 ただ、座長が偉いわけじゃなくて、そもそも新喜劇は先輩方が作ってくださったものですから。新喜劇という船がこれからも進んでいくために、誰かが舵を握らないといけない。その役割をたまたまその時代の誰かがやる。それが座長なんだろうなとも思っています。

 …いろいろとエラそうなことを言いましたけど、今リアルに考えているのは、出産祝いのお祝い返しです(笑)。

 もらっても困らないものだしお米にしようかなとも思っていて、子どもが生まれてきた時の重さのお米を差し上げるというのもあるので、それを考えたりもしています。

 ただ、ウチの子は2932gやったんですけど「お祝い、それなりに渡したのに、お返しがこれっぽちの米だけかい」と思われてもな…と。それこそ、座員さんの多様性も幅広いですから(笑)。そこに沿えるように知恵を絞っています。

(撮影・中西正男)

■吉田裕(よしだ・ゆたか)

1979年3月29日生まれ。兵庫県出身。2000年、23期生としてNSC大阪校に入る。コンビとしての活動を経て、05年にオーディションで吉本新喜劇の座員となる。漫画「みどりのマキバオー」の主人公にルックスが似ているということからの「マキバオー」イジリや“乳首ドリル”などで幅広く人気を得る。18年、同期入団の新喜劇女優・前田真希と結婚。今年8月、第一子となる長男が誕生した。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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