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稲葉ジャパンの本格的初陣・U23ワールドカップ、開催地変更へ。幻に終わった遠征先ニカラグアの野球環境

阿佐智ベースボールジャーナリスト
ニカラグアの首都、マナグアに昨秋完成した新国立球場のファン

 もう数年前のことだが、野球日本代表・侍ジャパンの会社、NPBエンタープライズと会談をする機会があった。その際、日本代表の未来予想図として私は、オフ期間中に若手選手中心の代表チームを中南米のウィンターリーグに派遣したらどうかと提案した。現在では選手が個人単位でウィンターリーグに参加するようになっているが、私が提案したのは、チーム単位での遠征だ。若手主体なので、カリビアンシリーズに出場する4大リーグ(ドミニカ、ベネズエラ、プエルトリコ、メキシカンパシフィック)は難しいかもしれないが、「第2勢力」であるニカラグア、コロンビア、パナマあたりなら、公式戦を中断してでも、侍ジャパンとの試合を受け付けてくれるだろうと思ったのだ。

 私は、国際大会における日本の弱点は、その恵まれた環境にあると考えている。逆説的ではあるのだが、あまりに恵まれた環境に慣れてしまったばかりに、「世界の常識」についていけていない部分があるのではないかということだ。北京五輪指揮をとった故・星野仙一氏は、五輪最終予選で台湾に行った際、現地で使用しているボールを手にして驚いたという。「こんなガタガタのを使っているのか」と。しかし、それがワールドスタンダードなのだ。フィールドにしても、日本のように整備されてはおらず、イレギュラーなど日常茶飯事だ。人工芝の規則的なバウンドを精密機械のようにさばく日本の野手の技術は世界トップクラスだとは思うのだが、その精密さが国際大会ではかえってあだになる。中南米の粗末な球場や過酷な環境を若い選手が体験することは、彼らがトップ代表になるときに大いに役立つのではないか、そう考えての提言だった。

 しかし、現実に難しいだろうこともわかっていた。私自身、現地の球場に何度も足を運んでいたが、下手をすると日本の草野球場以下の環境に、若手とは言え、プロ選手を派遣することについては、球団からの了承を得ることは難しいだろうと。期待のホープに怪我でもされたらたまらないというのは、もっともなことである。

 それから数年が経ち、ラテンアメリカの野球環境も随分と変わった。20年ほど前までは、この地域の球場と言えば、5000人規模のいかにも前時代的なものがほとんどだったが、近年、多くの国で球場が新造され、世界基準のものも増えてきた。「第2勢力」諸国のパナマに1999年完成したエスタディオ・ロッド・カルー(ロッド・カルーはアメリカ野球殿堂入りしたパナマ人メジャーリーガー)は、日本の球場と比べてもひけをとることはなく、

2008年秋にはWBC予選大会がここで行われている。

ニカラグアに昨年完成した新国立球場

新デニス・マルチネス国立球場
新デニス・マルチネス国立球場

 そして、昨年秋、ニカラグアの首都マナグアに新国立球場が完成した。その名も、エスタディオ・デニス・マルチネス。マルチネスはメジャー通算245勝を挙げたニカラグアの英雄だ。1984年の日米野球では、ボルチモア・オリオールズの一員として来日している。全盛期であるモントリオール・エクスポズ時代の1991年には、完全試合を達成、そのため、新球場には、「カサ・デル・ペルフェクト(パーフェクトの家)」という愛称もつけられている。

セントロ(旧市街)にある旧国立球場
セントロ(旧市街)にある旧国立球場

 同じデニス・マルチネスの名前を冠した旧球場は、マナグア湖に面した旧市街・セントロの端の低所得者層の集まる界隈にあり、周辺は治安にも問題があったが、新球場はそこから3キロほど離れた「メトロ・セントロ」と呼ばれる新市街につながる大通り沿いに完成した。道路から見ると、高層建築物のほとんどないこの町にあってその威容はひときわ目立つ。

スタンドで販売されているカクテル。ドリンクの品ぞろえも日本アメリカにひけをとらない
スタンドで販売されているカクテル。ドリンクの品ぞろえも日本アメリカにひけをとらない

 2層式の内野スタンドをもつ新球場は収容1万5000人を誇る。ラテンアメリカ最大級のボールパークだ。その設備はアメリカの3Aクラスの球場にひけをとらない。それまで古ぼけたシートもないスタンドで、球場周辺の屋台飯をほおばりながら野球観戦をしていたこの国の人々にとって、2階席と外野に設けられたレストラン席は初めて経験するラグジュアリーな観戦空間だろう。

外野にあるレストランバーはニカラグアのファンの観戦スタイルを変えつつある
外野にあるレストランバーはニカラグアのファンの観戦スタイルを変えつつある

 また、この国にもようやく、スポーツ・マーチャンダイズが芽生え始めたようで、内野スタンド下には、グッズショップが開店していた。店内は、マナグアを本拠とする冬季プロリーグの名門、インディオス・デ・ボエルとナショナルチームのユニフォームやキャップで埋め尽くされている。その価格は日本やアメリカと大差ない。この国の一般市民にとってはかなりの高額なはずの品物も、飛ぶように売れていた。この国にも消費を牽引する中産階級が育ってているのだろう。しかし、まだまだ貧困層が多いことは、一番安い外野自由席のチケットの価格が30コルドバ(120円)であることに現れている。

グッズショップに並ぶ、地元プロチーム、ボエルのユニフォーム
グッズショップに並ぶ、地元プロチーム、ボエルのユニフォーム

 この球場では、ウィンタリーグの公式戦が開催されたほか、昨年の冬シーズンは、開場以降、国際試合が目白押しだった。こけら落としは、この球場建設を援助してくれた台湾との代表戦。台湾は、アマチュアで構成されたナショナルチームを送ってきた。その後、この地域の国際スポーツ大会である中央アメリカ大会、「第2勢力」諸国のウィンターリーグによるチャンピオンシップであるラテンアメリカシリーズ、そして、この冬の野球シーズンのフィナーレを飾ったキューバ代表戦と、ニカラグアはこの秋に開催されるU23ワールドカップ開催に向けて国際大会のシミュレーションを重ねてきた。私も、自分がかつて思い描いていた若き侍ジャパンの中米武者修行が、現実のものとなることを楽しみにしていたのだが、残念ながら、この秋のマナグアでのこの大会開催が中止されたことが発表された。

いつの日か侍ジャパンの遠征地に

新球場前にできた野球殿堂。ニカラグア野球の歴史に侍ジャパンが刻まれる日は来るのか
新球場前にできた野球殿堂。ニカラグア野球の歴史に侍ジャパンが刻まれる日は来るのか

 

 この国の歴史は、内戦の歴史だと言っていい。内戦自体は30年近く前に終わっていたのだが、戦後復興はなかなか進まず、政情は安定していない。この冬、私は20年ぶりにこの国を訪ね、新市街の発展ぶりや、行楽地として整備されたマナグア湖畔に感心したものだが、現実は厳しいようだった。今年に入って、現政権に対するデモが頻発し、死者も出るようになり、スポンサー集めの要となる侍ジャパンの不参加もささやかれるようになった中、大会の主催者であるWBSCは、ついにニカラグアでの開催をあきらめ、代替地での開催に舵を切った。新球場は、日本の選手をはじめとする関係者、ファンにも是非とも見てほしかっただけに残念である。

 大会の開催時期は10月19日から28日だ。日本での開催も取り沙汰されているようだが、ポストシーズンのこの時期の開催は球場確保の面から難しいのではないか。私個人としては、先述した同じ中米のパナマあたりが、比較的政情も安定しているし、設備面においても妥当ではないかと思うのだが。ともかくも、野球の国際化、東京五輪での野球競技の盛り上がりにつなげるためにも、この大会が中止になるようなことだけは避けて欲しいと思う次第である。

(写真は全て筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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