電通過労自死事件~労基署の立件より有効な秘策、それは公契約法・公契約条例~
電通の過労自死事件が、大きく報じられ注目を集めています。
早速、労働基準監督署も立件を視野に立ち入り調査を行っており、これはこれとして、評価できる動きです。
今ある既存の法律(現行の労働基準法)違反があり、その取締を任務とする機関(労働基準監督署)が存在するのですから、ぜひきちんとした対応を期待したいところです。
とはいえ、これで全てが解決するとは、皆さん思っていないでしょう。
電通以外の会社でも、同じような長時間労働、過酷な勤務実態の職場は沢山あります(だからといって、報道された電通の働かせ方は正当化されないのは当然)。
繰り返し過労死を出した企業というのも、電通に限りません。私が担当する大手スーパーでの過労死事件が今年労災認定されましたが、そこは以前に過労自死で労災認定を出した企業でした(今はあえて名前は伏せます)。
そもそも、労災認定の基準は本当に厳しいので、労災認定されていない、埋もれた過労死が山ほどあります。
要するに、電通だけを取り締まれば過労死がなくなる訳では無いし、既存の法律を活かすだけでは過労死はなくならないのです。
この事件を契機に、新たな法律改正による取組で何ができないか
安倍総理は、政府の目玉政策として、働き方改革を掲げています。
そして、この電通過労死事件について、安倍総理自身がこんなコメントをされているようです。
これによれば、この事件を教訓に「働く人の立場にたった働き方改悪」「必要な法案を国会に提出」するとのこと。
総理が本気なら、まずやるべきは長時間労働を促進する、政府により提出されている残業代ゼロ法案(=定額¥働かせ放題法案)を直ちに廃案にするべきです。この点は、既に何度も記事を書いてきたので、今回は省略。
ざっくり言えば、残業代ゼロ法案(=定額¥働かせ放題法案)を直ちに廃案にし、野党が提出している労働時間記録義務の法定化、労働時間の量的上限規制、勤務間インターバル規制の導入などの労働基準法改正こそ、本当に労働者のためになる働き方改革です。
公契約法・公契約条例って知ってますか?
公契約という言葉も、初耳という方が多いはず。
公契約とは、ザックリいえば、国や地方公共団体が当事者となって締結する契約のこと。例えば、物品購入、清掃等の業務請負、建設工事の請負契約など。
この公契約の締結を媒介して、国や地方公共団体が特定の政策(例えば過労死防止、長時間労働削減、女性活躍など)を実現できてしまうのが、公契約法・公契約条例の重要な意義です。
この公契約法・公契約条例は、公契約の対象となった事業(例えば建設業)で働く労働者の賃金水準を確保する役割が、一番有名です。官製ワーキングプアを防ぐための活用。現在制定されている公契約条例(千葉県野田市など)は、その側面が強いので、ご存じの方は多いでしょう。
公契約規整は過労死撲滅にも使える?
あまり知られていない公契約法・公契約条例の意義として、色々な社会政策を実現する点があります。
具体的に電通事件に即して言えば、国レベルで「国は、過労死を起こした企業とは、一定期間公契約の締結が許されない」という法律を制定すること。
「国は、一定の労働基準法違反を繰り返した使用者とは、一定期間公契約の締結が許されない」などとすれば、過労死以外の労働法令違反の取締にも活用できます(=「ブラック企業」撲滅にも有効)。
この効果は絶大でしょう。
ほとんどの企業にとって、国や地方公共団体は優良顧客です。IT企業であれ、製造業であれ。
国や地方公共団体との取引を停止されることは、自社の利益拡張のため大打撃です。この経済的不利益を避けるため、これまで何十年も放置されてきた、日本社会にはびこる労働基準法違反に対して、企業が自発的に取り組むことにつながります。
労働基準監督署頼みも一概に悪いとはいいませんが、世界的に見ても圧倒的な監督官の人員不足の現状で、違法企業全てを取締まることを期待するのは酷です。監督官の人員増には、予算の関係で反対論も根強いですし(私は増員賛成論者ですが)。
その点、この公契約規整は、コストが少ない・財政に優しい、効率が良い制度です。
この公契約法・公契約条例は、何か費用を支出するものではないし、公正な企業間競争を生み出す点でも極めて良い制度です。
現在の日本社会は、残業代不払いによりただ働きさせ人件費削減をした企業A(=コスト安)と、労働法を守っている真っ当な企業B(=コスト高)が、違法不当な競争に晒されています。
要するに、真面目に頑張っている企業を応援する、正直者がバカを見ない社会を作る意義もあるのです。
少なくとも、私たちが払っている税金は、きちんと労働法を守っている会社に使って欲しいというのは、多くの有権者の理解も得られる提案でしょう。
世論の賛成だって、得られるはずです。
この公契約規整の良いところは、企業の営業の自由を不当に誓約しないところにあるといわれています。
企業を規制するのではなく、単純に契約当事者である国などが取引する相手に自主的な縛りを掛けるだけだからです。
(他にも、人種差別をする企業とは公契約を締結しない、障がい者雇用の法定雇用率未達成企業とは取引しないなど、色々なテーマでこの公契約規整は設定できます)
そんな素晴らしい公契約法ですが、まだ日本では国レベルでは制定されていません(総理、チャンスですよ!)。
地方公共団体での公契約条例は、野田市、相模原市、川崎市、多摩市などで制定されていますが、ワーキングプア対策の視点ばかりが強調されているのが少し残念(今回私が提案したような、過労死防止対策の厳格な規定は盛り込まれていません)。
とはいえ、既に不当労働行為が確定した企業に対して入札参加資格を停止している地方公共団体は存在しますので(海老名市など)、十分実現可能性のある制度。既存の制度を拡張するだけで、強力な過労死対策になるはずです。
ぜひ今後は、過労死防止の視点、労働法規違反を取締まる視点で、過労死防止、「ブラック企業」撲滅対策として、国レベルでも地方公共団体レベルでも、この公契約規整を推し進めて欲しいです。
末筆ですが、亡くなられたTさんに、心から哀悼の意を表したいと思います。
誰よりも悔しい思いをされているのは、Tさんやそのご家族のはず。無念さを晴らせるように、労働者の立場で活動する弁護士として、私も二度とこの様な事件がないような社会を作るため微力を尽くします。
(付記)
1 日本労働弁護団では、2011年6月にILO94号条約の批准と公契約法の制定を求める意見を発表し、2012年総会決議では公契約法及び公契約条例の制定を求める決議を採択し、「公契約規制の目的設定によって、不当労働行為を行ったり、労働基準法などに違反した事業者(使用者)を公契約から排除することで、不当労働行為、長時間労働、過労死抑止など、様々な労働法規違反を抑制する労働者保護の社会政策も実現できる」としています。
2 多くの労働組合でも取組を進めています。一例として、分かりやすかった連合の解説ページをご紹介します。
(追記)2016.10.7 誤記を訂正しました。