欧州流「オペラへのスカウト法」
芸術の秋
欧州の「芸術の秋」は日本より一足早く始まる。約1ヶ月の夏休みで心身共にリフレッシュされたオーケストラやオペラハウスでは、9月から新シーズンがスタートする。翌年の6月、7月まで続くそのシーズンの年間プログラムに興味を持ってもらえるスタートを切ることが出来るよう、力を入れる時期だ。クラッシックファンの高齢化が世界共通の課題となっている昨今、新しい観客層獲得のためのアプローチが必要とされている。
ミラノの守護聖人、聖アンブロージョの日である12月7日に毎年オペラシーズン初日を迎えるスカラ座以外の欧州内歌劇場がオープニングを迎えた現在、筆者が実際に訪れたイベントの中から、普段はオペラに縁のない市民をも呼び込む事に成功していた特徴的なものを3つご紹介したい。
スイス・チューリッヒ
チューリッヒのオペラハウスは9月17日、「オープンシアター」と称されるお祭りを催し、オペラハウスとその周りの施設に多くの市民が集まった。この企画自体は長年の恒例行事なのだが、このところ「面白い」という評判を頻繁に耳にするようになっている。
歌劇場前広場と劇場内、倉庫までを使って様々なワークショップやパフォーマンスが行われるが、まずはその訪問者の数に驚いた。大勢の若者が声を合わせて共に歌う企画や、オペラの衣装を使ったファッションショー、合唱団員によるハイレベルなコンサートなど、全てを観るのが不可能なほどのイベントが並んでいる。観客はリラックスしてパフォーマンスを楽しみ、かけ声をかけたり、爆笑に包まれたり、クラッシック音楽にありがちな「垣根の高さ」がない。日本人合唱団員が日本人のために劇場内を案内してくれるツアーも好評だ。そして整理券をもらえれば、オペラのリハーサルをはじめ、普段は高いチケットを買わなければならないパフォーマンスも無料で観ることが出来るとあって、歌劇場前広場には長蛇の列が出来ていた。
特に子供達を惹きつける企画が興味深かった。小道具等のアトリエでの体験ワークショップや、子供のためのオペラも無料だ。その他、好きな衣装で役柄に扮して写真を撮ってもらうブースなどで目を輝かせている子供達が印象的だった。その写真は歌劇場のHPで観ることができるので、家族での思い出にもなると嬉しそうに語ってくれた子供もいた。ありがちな、「子供のためのコンサートに着飾って行く子供達とその付き添いの親」という構図ではなく、アミューズメントパークを訪れた家族連れのように親子で楽しんでいる様子が新鮮に映った。
ドイツ・レーゲンスブルグ
次は隣国ドイツに移ろう。南ドイツのレーゲンスブルグ市立劇場では9月24日、今シーズン初の新制作オペラ、ビゼー作曲《カルメン》が初日を迎えたが、その映像を劇場前広場にリアルタイムで投影し、無料で屋外オペラを楽しんでもらうという初の試みが行われた。200個の貸し出し用イヤホンが用意され、通りかかった老若男女に誘いをかける。驚きと共に広場に留まる人、それを目当てに劇場前広場に陣取る家族など多くの市民に喜ばれていた。オペラ未経験者でも、どこかに知っているメロディが見つかるであろうこの演目を選んだことも成功の一因だろう。この劇場は日本人指揮者の阪哲朗が音楽総監督を務めており、日本人に親近感を抱いていると感じられる心地よい劇場だ。そのような細やかな心遣いが生み出したこの試みは、劇場内で子供達が静かにしていられるか緊張しながら観劇するのとは違って、リラックスしてオペラに触れられ、必要ならばイヤホンをはずして子供に物語の進行を説明することもできるため、親子でオペラ鑑賞する最適なチャンスとなるはずだ。
ドイツ・ハンブルグ州立歌劇場
同じドイツでも北ドイツは随分趣きが変わる。ハンブルグ州立歌劇場のシーズンオープニング《魔笛》は大人から子供まで楽しめる演出で、これからクリスマスまで家族で「オペラデビュー」できる仕上がりだ。《魔笛》は、子供向けに短縮されたり、現代版演出や映画等様々な試みで上演され続けているモーツァルト最後のオペラであるが、演出のイェッテ・シュテッケルは、テーマとなる「試練」を、「全ての人間が通る人生の試練」に置き換えたため、観客の年齢に合わせて万人が共感できるオペラとなった。当劇場で34年ぶりの新演出であるこの《魔笛》は映像と電飾を駆使したモダンなヴィジュアルと、序曲の間から客席に仕掛けが施されていたり、花道効果などで観客に訴えかける距離の近い演出法で、リアルな舞台を実現していた。3人の童子も芸達者で、子供の観客も同じ高さの目線で楽しめる。観客席にも子供が多く見られたが、年配の観客にも訴えかけるこの演目は、3代にわたって楽しめるはずだ。
日本の次世代へ
日本の諸ホールも子供向けのプログラムに力を入れているところが増えてきているが、これからは「子供向け」ではなく、これらの好例のように「子供から大人まで一緒に楽しめる」がキーワードではないだろうか。毎年家族でホール主催のお祭りを楽しんだり、映画を観に行く感覚でオペラを楽しむ習慣が定着すれば、その思い出と共にクラッシック音楽が子供達の人生に織り込まれていくだろう。