オープス・クラシック賞授賞式2024 世代交代と気負いのなさと
今年もドイツのベルリンでは「オープス・クラシック」授賞式の季節が訪れた。日本では年末になると、レコード大賞の季節だと感じるように、オープス・クラシック賞は秋、10月の季語のような存在だ。今年も29のカテゴリー、55人の受賞者が選ばれた。
そのリストを見た時、全体的に小粒な感じがした。しかしアーティストとしての器は、レベルが上がっていたように思う。以前よりショービジネスの要素が薄くなり、「本当に好きな音楽を追求していて、気付いたら賞が降って来た」ようなアーティストが多いのが特徴だろう。
そんな今年の赤絨毯セレモニーでいちばん取材陣を沸かせたのは、「今年の器楽奏者」賞受賞者3人のうちの1人、中国人ピアニストのラン・ランだった。2019年に結婚した韓国人とドイツ人のハーフ、ジーナ・アリス夫人との夫婦シューティングが長い。それもそのはず、授賞式ではサン=サーンスの《動物の謝肉祭》より 「水族館」と「終曲」を夫人と「4手連弾」したのだ。ドイツ育ちの夫人が子供時代にテレビで弾いた時の映像が流れるなど、受賞者ラン・ランよりも夫人に焦点が当たっていた感があった。
約2時間の赤絨毯セレモニーの後、コンサートが始まった。例年の如く、オーケストラはコンツェルトハウス管弦楽団、今年は初共演のケヴィン=ジョーン・エデュセイが指揮した。そして最初の受賞者は「今年の若手アーティスト」賞4人のうちの1人、ロシア人チェリストのアナスタジア・コベキナ。ロシアのウクライナ侵攻後、戦争反対の態度を表明したにもかかわらず、不当にコンサートをキャンセルされたロシア人の1人だが、今はのびのびと活動しているようだ。ヴィヴァルディのチェロ協奏曲第一楽章をピュアな音で演奏した。1年後に来日するということなので、楽しみに待ちたい。
続いて「今年の男性歌手」賞を受賞した若手バリトン最注目株のコンスタンティン・クリンメルが、完璧なリート歌唱法で、しかし非常にドラマティックにシューベルトの歌曲「プロメテウス」を歌った。
個人的には今年のクライマックスだったMarcinの登場がセンセーショナルだった。インスタグラムでフォロワーをどんどん集めているポーランド人のギタリストがソニーから出したCDで、「ビデオクリップ賞」を取ったのだ。1台のギターでリズム楽器からメロディ全てを独りで実現させてしまうアクロバティックな奏法は、インスタグラムで観ても充分息を飲むが、ライヴだとその熱気が電波のように直接伝わってくる。終演後話をしてみると、なんと日本語を勉強中ということで、来日を心待ちにしたい。
Marcinで沸いた後に登場する次の受賞者は大変だろうと心配したが、「今年の器楽奏者」2人目のゴーティエ・カピュソンはスター性もあり、ポピュラーな「枯葉」を甘く奏でるチェロの音色で会場を酔わせた。彼の新譜『Destination Paris』は、より幅広い聴衆にコミットできる嗜好で作られており、「今日のような戦争時代には、音楽が平和大使になれる」という意図で作ったと、フランス訛りでもしっかりしたドイツ語でコメントした姿が印象的だった。
「今年の若手アーティスト」賞の2人が初共演する機会もあった。2021年のショパン国際ピアノ・コンクールで優勝したブルース・リウがラモー作曲「未開人」で美しいバロックの響きを聴かせた後、21歳のスペイン人バイオリニスト、マリア・ドゥエニャスとのドゥオでブラームス作曲「ハンガリア舞曲第1番」(ヨセフ・ヨアヒム編曲)を披露した。
赤絨毯でのフォトセッションの後、以前のインタビューの御礼を言いに行くと、「今晩、演奏後に日本へ発つんです。翌日はコンサートなので」と簡単に言うのでビックリ。翌10月15日にフランクフルト放送交響楽団とベートーヴェンのピアノ協奏曲を弾いたのだ。そんな凄いスタミナは水泳で鍛えた強靭な体からくるのか?
ドゥエニャスもユーディ・メニューイン国際コンクール等で優勝しているが、その古き良き時代を思わせる奏法は現代において他の追随を許さない。ドイツの新聞WELT日曜版の聴衆賞も同時に授賞された。
そして「「今年の女性歌手」賞に輝いたアンナ・プロハスカがトレードマークのアンティークなパンクルックで登場し、それとは似合わないドビュッシー作曲《放蕩息子》から息子の帰りを待つ母の悲しみをしっとり聴かせた。作曲家を父に持つため現代曲にも強く、細川俊夫が東日本大震災後に作曲した《嘆き》も、委嘱先のザルツブルク音楽祭で2012年、世界初演を担った。
最後はオープス賞授賞式の史上初めて、コンツェルトハウスのオルガンが鳴り響いた。「ソロ楽器録音」賞受賞者3人のうちの1人、オルガン奏者のアンナ・ラップウッドが、フィリップ・グラス、ハンス・ツィンマーの小曲を弾いた後、サン=サーンス「交響曲第3番(オルガン付き)」の終楽章で壮大に幕を閉じたのだった。
以前は音楽産業の関係者が内輪で盛り上がっている印象もあった当授賞式だが、今は本当に価値のある若手が選ばれ、第2ドイツテレビZDF局での放映などを通して広く周知される機会となっていることを心強く思う。彼らを追いかけていけば、絶滅危惧種扱いを受けているクラシック界の未来も、そう暗くないのではないか。