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休養明けでも多忙を極める千鳥・ノブの「嘆きツッコミ」はなぜあんなに面白いのか?

ラリー遠田作家・お笑い評論家
(提供:アフロ)

いまやお笑い界でもトップクラスの人気者となり、「天下を取った」とも言われる千鳥のノブが、椎骨動脈解離(みぎついこつどうみゃくかいり)による1カ月の休養期間を経て、仕事復帰を果たした。収録時期にズレがあるのでまだ復帰していないレギュラー番組もあるが、また元通りの多忙な日々が始まりそうだ。

お笑いにおけるツッコミにはさまざまなやり方があり、芸人によってそのスタイルは大きく異なる。かつてのノブは、これといった特徴のないオーソドックスなツッコミをしていた。それは昔の千鳥の漫才の映像を見れば一目瞭然だ。相方の大悟が今とほとんど変わらない調子でボケているのに対して、ノブのツッコミはやや地味で無個性だ。岡山なまりが少し入っているという特徴はあるものの、そこまで目立っているわけでもない。

笑い飯の「1000本ノック」で鍛えられた

ノブのツッコミが進化したきっかけの1つは、笑い飯の2人に鍛えられたことだという。彼らと飲みに行ったとき、ノブは2人が延々とボケてきて、それにツッコむことを求められた。その「ツッコミ1000本ノック」は翌朝まで続いたという。日が明ける頃、「誰やったっけ?」というボケに対して、疲労困憊したノブが半ばヤケクソ気味に「ノブじゃ!」と返すと、笑い飯の哲夫は「それや」と言った。ノブの見た目や声質に合っているのはそのツッコみ方だということをアドバイスしたのだ。

ここから生まれたのが、いまやノブの代名詞となった「嘆きツッコミ」である。岡山弁をベースにした話し方で、懇願するように下から目線でツッコむ。ボケの間違いを訂正する役割であるツッコミはどうしても上から目線になりがちなのだが、それをひっくり返したところが新しかった。

たとえば、千鳥が海岸でロケをしていたときに、大悟は誰かに突き落とされたわけでもないのに、自分からきれいなフォームで海に飛び込んでいった。そんな彼に対してノブは「なんでやねん!」などと責め立てるようなオーソドックスなツッコミをせず、やや下から目線で「どういうお笑い?」と問いかけた。これが典型的な嘆きツッコミである。

さらに、ツッコミのワードセンスにも年々磨きがかかっている。そこには「クセがすごい!」のような独創的な言葉もあれば、やや技巧的な例えツッコミもある。「言い方」と「言う内容」の両方が格段にレベルアップしたことで、ノブは当代随一のツッコミと呼ばれるまでになった。お笑い養成所に通う昨今の芸人志望者の中には、ノブのツッコミに憧れる者が多いという。世間一般でも、知らず知らずのうちにノブっぽいフレーズでツッコんでいる人をよく見かける。

秋山とのコンビでドリームマッチ優勝

彼がその実力を余すことなく見せつけたのが、2020年4月11日に放送された『史上空前!! 笑いの祭典 ザ・ドリームマッチ2020』(TBS)である。この番組では、芸人同士が一夜限りのユニットを組んでネタを披露してその面白さを競い合う。ノブはロバートの秋山竜次とコンビを組み、見事に優勝を果たしていた。当時、私も全組のネタを見終わった時点で彼らの優勝を確信していた。明らかに頭一つ抜けて面白かったし、ネタのクオリティも高いと思ったからだ。

彼らが演じたのはカメラマンがタレントの撮影を行うという設定のコント。秋山がカメラマンを、ノブは本人役を演じていた。そのカメラマンは、長髪なのに頭頂部は薄いというあまり見たことがないヘアスタイルをしている見るからに怪しげな人物。「嫌な髪型!」というノブのツッコミが鮮やかに決まっていた。

秋山がクセのあるキャラクターを演じて、思いも寄らない角度から次々にボケを繰り出す。ノブはそのひとつひとつに丁寧にツッコミを入れていく。秋山が普段やっているロバートのコントでは、ツッコミ担当の山本博が穏やかな雰囲気なので、ツッコミの存在感がそれほど際立つことがなく、秋山のワンマンショーのように見えやすい。

一方、秋山とノブのコンビでは、迫りくる秋山の強烈なパワーに対して、ノブが力負けしていない。強いボケに強いツッコミが対等に渡り合っている。そこが何よりも刺激的で面白かった。

秋山が「思春期の顔」と称していかにも思春期っぽい表情を浮かべるというボケを発したのに対して、ノブが「目が文化包丁みたい」という切れのあるツッコミを返したのがこのネタのハイライトだった。

昨今、ぺこぱの松陰寺太勇による「否定しないツッコミ」など、多様なツッコミのあり方が見られるようになっているが、ノブの「嘆きツッコミ」も同じように革新的なものだった。岡山弁の柔らかさと「嘆き」のニュアンスによって、ノブのツッコミには優しさが漂う。ツッコミは「怒り」として表現されることが多いのだが、それを「嘆き」に変えたことで、ノブは新時代のツッコミの開拓者となったのだ。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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