社会を変える旗振り役に。ジェフユナイテッド市原・千葉レディースがWEリーグで目指すクラブ発展の未来図
【WEリーグが推進する女性活躍社会】
WEリーグ(日本女子プロサッカーリーグ)は、3月8日の国際女性デーに、「第一回WE MEETING」をオンラインで開催。参加全11クラブを代表する11名の選手たちが参加した。WEリーグは「Women Empowerment League」の略称(Empowermentは「個人や集団が持っている潜在能力を引き出したり、自信を与えること」の略)だ。ミーティングでは、WEリーグの選手たちがどのように女性たちへのエンパワーメントに貢献できるか、様々な視点からディスカッションを繰り広げている。そこで上がった意見は多様で興味深く、ぜひチェックしてほしい。
「日本の女性活躍社会を牽引する」ことは、リーグの設立意義の一つでもある。
そのため、参入条件として、各チームに「役職員の50%以上を女性とする」「意思決定に関わる者のうち、少なくとも1人は女性とする」といった要件を課し、女性指導者を対象としたライセンス制度を作るなど、一定の枠組みを設けている。
女性活躍社会の実現はスポーツ界の課題でもあり、業界全体の発展にもつながることだと思う。だが、そのプロセスは決して平坦な道ではないとも思う。
プロリーグの成功や存続を考える上では、選手だけでなく、運営面でも「プロ」の人材が必要だ。その点、サッカー界で運営やGMに携わった経験を持つ女性は男性に比べると圧倒的に少なく、「抜擢する」という観点もさることながら、「育てる」視点から腰を据えて向き合わなければならない課題とも言われている。
一方で、競技力向上もWEリーグの一大タスクであり、そのためには性別に関わらず優れた人材、指導者を探して、積極的に登用していくことが必要だ。コロナ禍でのスタートとなり、WEリーグの各チームの取材を通じて感じるのは、「始めるからにはなんとしても成功させたい」という強い思いである。
【リーグの理念とクラブ発展のビジョン】
初年度に参入するジェフユナイテッド市原・千葉レディースは、WEリーグのビジョンと真正面から向き合っているチームだ。女性スタッフの割合は他チームに比べても高く、今季、7人中5人が女性である。
3月6日にオンライン形式で行われた2021シーズン新体制発表会見は、第一部で、クラブ初の女性GMに就任した三上尚子氏や、OGの河村乃里子さんら、5名のOGと現役選手を交えて、国際女性デーに関するパネルディスカッションが行われた。
選手が月謝や部費、遠征費などを負担していた2000年代の話や、フルタイムで仕事をしてサッカーと二足の草鞋を履きながらも、金銭面の負担がなくなり、環境面が良くなっていったエピソード。そして今年、プロリーグに参加することへの期待など、女子サッカー界の変化を具体的にイメージすることができた。
第二部は森本航社長、三上GM、猿澤真治監督と、今季の選手21名が登壇した。WEリーグへの参入について、J2の男子トップチームも統括する森本航社長のビジョンは明快だ。昨年10月15日に行われた「参入クラブ発表記者会見」では、コロナ禍での参入の意義について、「女子チームを強くすることは、会社が発展するための起爆剤だと思っています」と力強く答えた。
新体制発表では、女性活躍の牽引という社会的課題を掲げるWEリーグの理念と、クラブの発展を両立させるためのビジョンをこう語っている。
「男子と女子が置かれているサッカー選手の環境にこれだけ格差があるスポーツは、世界中を探してもないと思います。アメリカやヨーロッパ(の一部)は女子プロサッカーが市民権を得て、食べていくには十分な収入が得られますが、日本ではまだアマチュアが主流で、WEリーグができてもすぐにジェンダーフリーが実現される状況ではなく、まだ道半ばだと思います。ただ、『ここで活躍したら、男子並みに世界に出ていける』というスタートラインに立ったのが今だと思います。今まではそういうゴール(目標)すらなく、多くの少女が夢をあきらめていたと思いますが、プロという受け皿や活躍の場を用意できることで、ジェンダーフリー、男女同権、女性活躍社会の一翼を担えると思います。お客さまが(スタジアムに)来てくださることを広告価値としてみるだけではなく、こういった女性の社会進出や活躍にご賛同いただける企業の皆様にも支えていただけるクラブを目指していきたいと考えています」
森本社長は千葉の親会社にあたるJR東日本で、鉄道業や旅行業に携わり、ホテルメトロポリタンで総支配人、東京ステーションホテルで総支配人室室長を務めたことも。2017年にジェフユナイテッド市原・千葉の社外取締役に就任し、19年末から現職に就いている。WEリーグの理念に対する洞察が深く、運営のプロでもある。クラブの舵取り役であるトップの決断力や発信力は、チームを力強く後押しする。
【上位を狙うための具体的な数字とは?】
千葉は今季、猿澤真治監督の下で2年目のシーズンを戦う。昨季は、前半戦で1勝しか挙げられず苦しんだが、8節から採用した3バックで持ち前の守備力を発揮。後半戦は勝ち越し、リーグ戦は6位で終えた。前年から順位を一つ落としたが、内容面では前年に比べて得点が+12、失点も+10と増えている。今季の目標は監督・スタッフで考え抜き、具体的な数字を掲げている。
「細かい勝ち点の計算をするよりも、攻撃的に戦って(20試合で)40得点、しっかりとゴールを守って20失点以下という目標が達成できれば、優勝に絡める数値だと考えています。(その)目標よりさらによければ優勝できる可能性が高まり、今までにない(なでしこリーグで過去最高の5位を上回る)順位を獲得できると思います」
これまで練習は夜に行われていたが、今季からは午後3時からのスタートを予定している。実質的にはプロとアマの混合になるが、猿澤監督は「選手たちにはアマだからプロだから、という差はなく、プロチームとして活動していく、と話しています。週に1回は、2回の(二部)練習をしてほしいと(フロントに)リクエストしてきましたが、今年はプロチームになったのでできると思います」と、トレーニングの充実に意欲を見せる。
選手の顔ぶれは昨季から大きく変化した。長くチームを支えてきたGK山根恵里奈とDF千野晶子が引退し、MF成宮唯(→INAC神戸レオネッサへ)、MF山崎円美(→大宮アルディージャVENTUS)、GK船田麻友、MF瀬戸口梢(→共にちふれASエルフェン埼玉)ら、主力が移籍。また、GK木稲瑠那(→サンフレッチェ広島レジーナ)、MF奥津礼菜(→AC長野パルセイロ・レディース)、MF古舘知都(→オルカ鴨川FC)、MF今田怜那(→ニッパツ横浜FCシーガルズ)、MF中尾萌々(→アメリカのメンフィス大学に留学)ら、計11名が移籍した。
新加入選手は8名で、中でも目玉の補強は、FW南野亜里沙(←ノジマステラ神奈川相模原から)だ。テクニックがあって複数のポジションでプレーでき、得点力も高い。「ジェフ(千葉)はチーム全員が走って戦う、という印象が強かったです。ゴール前での崩しや得点に関わって、二桁得点を目指してやっていきます」と、気合十分だ。
また、下部組織出身のFW安齋結花(←伊賀FCくノ一三重)が3年ぶりに復帰。伊賀で鍛えたハードワークとアグレッシブなプレーは武器だ。また、ブラジル女子1部リーグのアバイ・キンダーマンでプロとしてプレーしていたMF藤尾きららが加入。藤尾は2月上旬の練習で左膝を負傷して現在リハビリ中だが、シーズン中の復帰に期待がかかる。
守備陣には、大学日本一に輝いた帝京平成大からDF石田菜々海と、昨季3部に当たるチャレンジリーグで優勝したJFAアカデミー福島からDF城和怜奈が加わり、下部組織のU-18からDF井上千里が昇格。3選手が退団したGKには、GK清水栞(←オルカ)と台湾出身のGK程思瑜(チェン・スーユ←岡山湯郷ベル)を補強した。
アカデミーやトップチームの監督を歴任し、クラブ発展のキーパーソンでもある三上GMは、プロ1年目のチーム編成について、「ジェフレディースで戦いたい、という思いがある選手にオファーをさせていただきました」と話した。今後はアカデミー出身者や、千葉県出身の選手を増やしていきたいという。千葉は日テレ・東京ヴェルディベレーザと浦和レッズレディースに次いで下部組織出身選手が多く、今季は登録21名中8名に上る。
攻撃の軸となる前線が変化した中で40得点は高いハードルだが、猿澤監督は言う。
「昨季は後半戦に選手の大きな成長が見られ、それに伴って結果がついてきました。今季はスタート時点で21名(昨季は28名)と人数は少ないですが、多くの選手にチャンスを与えて成長できるとプラスに考えています」
競争の中で個々の成長を促していく。その中で、昨季後半戦のような戦いを9月の開幕から見せていくつもりだ。
【新生チームを支える主将と背番号10】
背番号10をつけるMF鴨川実歩は、下部組織出身で、トップチームでは9年目の最古参選手である。高校2年生でトップチームに昇格した2013年に背番号10をつけた。プレッシャーもあり、伸び悩んだ時期もあったが、試行錯誤を重ねながら成長し、19年から再びエースナンバーを背負うこととなった。小柄ながら力強くキレのあるドリブルで、目を見張るような力強いシュートを持っている。今季は副キャプテンとして、「キャプテンの右腕になれるように全力で頑張り、WEリーグ初代王者を目指します」と、飛躍を誓った。
そして、今季のキャプテンを務めるのはセンターバックのDF林香奈絵だ。大学卒業後に加入し、攻撃的なポジションでプレーしたこともあるが、19年から最終ラインに定着。昨季はフル出場でチームを支えた。なでしこリーグでは仕事とサッカーを両立させてきたが、プロ選手になる今季も、これまでの職場で仕事を続けることを公言している(WEリーグは副業も可能)。
「サッカーを辞めた後に、社会人として働きたいという気持ちがあります。それから、(今の)職場の方々がサポーターのような存在になってくれています。仕事をしている分、サッカーにかける時間は少なくなるかもしれませんが、職場の皆さんのサポートが(自分の)モチベーションにもなっています。プロ選手としてレベルアップしてキャリアを積んでいくためにも、プロになっても仕事を続けたいと、クラブと会社に伝えました」
職場での成長や同僚のサポートを力に、千葉を力強く牽引する新キャプテンに期待したい。
ホームスタジアムとして予定されるのは、フクダ電子アリーナ(千葉市)とゼットエーオリプリスタジアム(市原市)だ。WEリーグは秋春制でJリーグと重ならないため、男子チームのサポーターの来場も期待できる。
リーグが掲げる1試合平均5,000名以上の集客目標について、森本社長は「WEリーグが持つ新たな魅力をしっかりアピールしていくことが重要」だと考えている。
「Jリーグとは異なる、若い女性の世代を取り込んでいきたいと思っています。サッカーに関心がなくても、選手や選手の生き方がかっこいい、というように、サッカーファンではない層にも裾野を広げていくことがWEリーグにはできると思うので、人にフォーカスして、(その選手の人柄や生き方、サッカーとの関わりなどの)ストーリーに感情移入していただく。一方通行のクラブ初の情報だけでは限界がございます。地域の方々と一緒に手作りして、WEリーグに、千葉や市原の方々が関われるような仕組みを考えています」
最後の「そういうことをしっかりやっていけば、達成できる数字だと思っています」という一言は力強く響いた。
SNSでの積極的な発信はもちろん、地域との関わり方や、スタジアムに足を運んでくれた観客に「また行きたい」と思わせるための仕掛けにも期待したい。
新生チームがお披露目となるプレシーズンマッチは4月29日、ゼットエーオリプリスタジアムでホームに大宮アルディージャVENTUSを迎える。