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新型コロナワクチンは英国の救世主となるか(中)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

12月8日、米ファイザー製の新型コロナワクチンを英国で最初に接種したマーガレット・キーナンさん(90)。これまでに約50万人が接種した=英スカイニュースより
12月8日、米ファイザー製の新型コロナワクチンを英国で最初に接種したマーガレット・キーナンさん(90)。これまでに約50万人が接種した=英スカイニュースより

ジョンソン首相は12月19日の記者会見で、従来の3段階規制に加え、新たに事実上のロックダウン(都市封鎖)となる第4段階(自宅待機)の導入を決め、同日夜からロンドンとイングラン東部・南東部の約1700万人をロックダウンの対象とした。12月21日の英放送局BBCによると、変異ウイルスが英国で見つかったのは9月だったが、11月にはロンドンの感染者の約25%が変異ウイルスに感染。12月中旬にはその比率は約70%に達した。変異ウイルスが猛威を振るい始めた。

ロンドンなど第4段階指定地域のロックダウンは50歳以上のワクチン接種が終わるまで、つまり、来年のイースター(復活祭、4月4日)近くまで数カ月続く見通しだが、議会閉会中の突然の第4段階の導入とクリスマス期間中の規制緩和の中止を発表したジョンソン首相への批判が高まっている。ジョンソン政権を支える与党・保守党の造反組のリーダーであるベイカー議員(CRG副代表)は12月20日、第4段階の規制導入を審議するため、議会を再招集するよう政府に求めており、政治混乱は避けられない見通しだ。

現在、第4段階の指定はロンドンとその周辺地域にとどまっているが、政府のバランス主席科学顧問官は12月21日の記者会見で、「変異ウイルスは最大で70%も従来の新型コロナウイルスよりも感染力が強く、今後数週間でイングランドは4月の新型コロナのパンデミック(世界大流行)のピーク状態に戻る可能性がある」(12月21日付英紙デイリー・メール)と指摘した。その上で、同氏は変異ウイルスの感染拡大を食い止めるためには3回目の全国ロックダウンを行う必要があるとの認識を示した。感染率が低下してきたマンチェスターはロンドンやイングランド南東部からの旅行者に対し、10日間の自主検疫を行うことを決めるなど、変異ウイルスの感染拡大に対する監視体制が強まってきている。

英国での変異ウイルスのまん延の兆しに対する海外の反応も厳しさを増してきた。フランスやドイツ、イタリアなど欧州を中心に12月21日現在で世界43カ国が英国から旅行者の入国を当分の間、禁止すると発表した。フランスのマクロン大統領は20日、英国からドーバー海峡を渡ってフランスに入国するトラックの運転手に対し、PCR検査で陰性でない限り、20日午後11時(英国時間)から48時間、入国を禁止すると発表した。ドーバー海峡は1日約1万台のトラックが行き交う。ただ、英国の“鎖国”状態は解消に向かう見通しだ。12月22日のスカイニュースによると、EUは22日、加盟各国に対し、英国からの入国規制を不要不急の場合を除いて緩和するよう指示した。また、フランスも同日、英国からのトラック運転手にPCR検査を受けさせることを条件に23日から入国規制を解除することで英政府と合意した。英政府はドーバー海峡に面したケント州にPCR検査所を設置し、30分という短時間で検査を可能にする準備に入った。しかし、ドイツはEUの入国規制緩和の指示にもかかわらず、英国からの旅行者の入国禁止措置を来年1月6日まで延長した。EU内でも温度差がある。

一方、英国は今年、1709年の大寒波以来、約300年ぶりのリセッションに直面する見通しだ。これに対し、政府はヘリコプター・マネー理論の現実化で対応している。政府は巨額の財政支出を続け、イングランド銀行(中央銀行)はQE(量的金融緩和)政策に基づいて最大8950億ポンド(約124兆円、8750億ポンドの国債買い取り枠と200億ポンドの投資適格級の社債買い取り枠)の資産を買い入れ、政府に低コストの資金調達で協力しているのが実態だ。

英予算責任局(OBR)が11月25日に発表した最新の経済・財政見通しでは、英国経済がパンデミック前の水準に戻るのは2022年10-12月期以降で、今年の政府借入額は3940億ポンド(約55兆円)と、平和時としては過去最大となり、このうちコロナウイルス対策として2800億ポンド(約39兆円)が支出される見通しを示した。また、失業者も来年夏にピークを迎え260万人に達する。

しかし、英紙サンデー・テレグラフ紙のヒース報道部デスクは12月2日付コラムで、「ジョンソン首相は高齢者など健康に問題がある人たちへのワクチン接種が(来春までに)完了すれば、すべてのソーシャルディスタンシングなどの規制が一撃で終了し、V字型の景気回復が始まる可能性がある」と見る。また、英国中銀(BOE)のベイリー総裁も11月12日付テレグラフ紙で、「英国でワクチン接種が始まれば、2度目のロックダウンによって受けた英国経済の打撃が短期間で終わる可能性がある」と楽観的な見方を示している。

ただ、これもワクチンが変異ウイルスに有効性(予防効果)があればという話だ。現時点では変異ウイルスは感染力が従来よりも強いというだけで、致死性が高いかどうかなどは不明だ。それでも米医薬品大手ファイザーとワクチンを共同開発した独同業大手バイオエヌテックのウグル・シャヒンサイドCEO(最高経営責任者)は、「現段階でははっきりしない」としながらも、「科学的見地からみると、我々のワクチンが英国の変異ウイルスにも効果がある可能性は高い」(12月22日付AP通信)としている。

また、OBRの経済・財政見通しによると、今年の経済成長率がマイナス11.3%と、約300年ぶりの大幅な落ち込みを予想している。ブレグジット(英EU離脱)協議が移行期間終了の12月末までにノーディール・ブレグジット(合意なしのEU離脱)に終わった場合、2021年のGDP伸び率はさらに2%ポイント減速すると予想している。また、パンデミックの影響について、政府の純債務は最善シナリオで対GDP比16.7%、最悪シナリオでは同21.7%になると予測している。経済予測の最善シナリオは、ロックダウンの効果が表れていることやワクチンが来年春までに普及することによって経済活動の再開が強まることを前提としている。また、ノーディール・ブレグジットが加わった場合、最善シナリオで同17.1%、最悪シナリオでは同22.2%と予想している。

しかし、ファイザー製ワクチンの95%の有効性の確認についてはOBRの最新予測が終わった後に判明したため、OBRはワクチンの早期導入が英国経済に与える影響は不透明だとしている。ワクチンが導入されてもワクチンが実際に有効かどうか、また、アレルギーなどの副反応が確認されていないこと、ワクチンによる予防効果の持続性が不透明なこと、保存温度がセ氏マイナス75度と低く、流通・管理上の問題があること、国民全体にワクチン接種(1人2回接種)が普及するまで時間がかかること、さらには、新型コロナウイルスが次から次へと変異する可能性があるなど不透明な点が多いからだ。

また、英ニュース専門局スカイニュースのエド・コンウェイ経済部デスクは11月16日付コラムで、「多くの市場関係者はワクチンが普及し、来年には経済活動が正常に戻ると見ており、一部のエコノミストは経済がパンデミック前に戻るのは来年暮れごろとみている。しかし、最大の懸念は今からワクチンにより、正常化するまでの間に何が起きるかだ。多くの家計は生活苦(不景気)に直面し、多くの労働者が雇用の場を失い、政府の財政負担増が巨大化することだ。ローラーコースターのような激しい経済変動がしばらく続くという懸念だ」としている。

英国の著名評論サイト、スペクテイターのコラムニスト、リーアム・ハリガン氏も11月26日付コラムで、「英国経済は今年、大寒波以来約300年ぶりのリセッション(景気失速)となる。ワクチンが助けになるかもしれないが、行き渡るまでにはまだ数カ月かかる」と、慎重な見方だ。その上で、「イングランド銀行(中央銀行)のQE(量的金融緩和)は3月以降、5000億ポンド(約70兆円)も国債買い入れ規模を拡大し、いわゆるヘリコプターで上空から地上にお金をバラまく政策を実施しており、政府はイングランド銀行が国債を買い取ってくれたお金をコロナ対策プログラムに湯水のようにつぎ込むことができた。その結果、株価や不動産価格の急騰を引き起こし、バブル経済となっている。このツケはあとでバブル崩壊となって現れる」と警告する。(「下」に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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