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尖閣を中国から防衛せよ 安倍首相は30年前のフォークランド紛争に学べ

木村正人在英国際ジャーナリスト

南大西洋・フォークランド諸島にアルゼンチンが侵略し、英国が奪還したフォークランド紛争の英公文書が30年ぶりに公開された。

公開された公文書によると、「鉄の女」と呼ばれたサッチャー英首相でさえ、約1週間前にアルゼンチンの侵略を抑止する計画を英国防省から提示された際、「アルゼンチンがそんなバカげていて、愚かな挙に出るだろうか」と取り合わなかった。

アルゼンチンの侵攻を確信したのはXデー(1982年4月2日)のわずか2日前で、「そのとき、フォークランド諸島が侵略されたら取り戻すことができるかどうか誰も答えることができなかった」とサッチャー首相は紛争後に開かれた非公開のフォークランド紛争検証委員会で証言していた。

あのサッチャー首相も、アルゼンチンのガルティエリ軍事政権がフォークランド侵攻というギャンブルに打って出るとは想像もしていなかったことが公文書から浮き彫りになっている。

英国とアルゼンチンの調停役を務めた米国は中立性を保ち、和平交渉を進めようと、英国がフォークランド諸島を奪還するためサウスジョージア島に上陸する計画を事前にアルゼンチンに伝える考えを英国に打診していた。

これに対し、英国は上陸計画をアルゼンチンに事前に漏らされたら、英軍に甚大な被害が出ると反対、結局、米国は黙っておくことを約束した。

さらに衝撃的な事実は、英国が少なくない艦船や兵士の犠牲を払って、軍事的勝利をものにする2週間前、レーガン米大統領は深夜サッチャー首相に電話をかけ、「アルゼンチンを武力で撃退する前に、話し合いの用意があることを示すべきだ」と迫っていた。

米国は南米の権益を守るため、英国に対して、米国とブラジルによる平和維持部隊を派遣してフォークランド諸島を管理することを提案していた。米国は、追い詰められたアルゼンチンがキューバやソ連に助けを求め、紛争が拡大することを恐れたのだ。

しかし、サッチャー首相は「アラスカが同じような脅威にさらされたら、大統領も(私と)同じ行動を取ることを確信している」とレーガン大統領の申し出を突っぱねた。

第二次大戦以来、「特別関係」をともに掲げる英国と米国でさえ、しばしば利害は食い違い、水面下で激烈な外交交渉が繰り広げられていたことを公文書は教えてくれる。

一方、沖縄県・尖閣諸島をめぐって、米国は「日本政府の施政権下にあり、米国の日本防衛義務を定めた日米安保条約第5条の適用範囲だ」との立場を明確にしているが、日中両国間の領土問題には立ち入らない方針だ。

このため、中国漁船などが大量に押し寄せて、尖閣諸島に対する日本の有効支配が崩れたとき、日米安保の適用外となる恐れが指摘されている。安倍晋三首相は先の衆院選で、尖閣諸島に公務員を常駐させることを公約に掲げていたが、日中関係を改善させるため、公務員常駐計画を棚上げした。

中国の新しい指導者、習近平総書記がどう出てくるか今のところわからないが、尖閣諸島に対する圧力が弱まると考えるのはナイーブすぎるだろう。安倍首相は、民主党政権で揺らいだ日米関係を再強化するとともに、速やかに海上保安庁、自衛隊による尖閣緊急事態計画を策定し、海上保安庁の陣容拡充、自衛隊の島嶼防衛力強化に努めるべきだ。

英政府は今年2月、フォークランド諸島に最新鋭のミサイル駆逐艦を派遣。英空軍で救助ヘリの副操縦士を務めるウィリアム王子も同諸島で任務に就いた。また、英国が領有権を主張する南極大陸の一部を「クイーン・エリザベス・ランド」と命名すると発表したことから、アルゼンチンでは反英感情が高まり、フォークランド諸島に就航する船会社が襲撃される事態まで起きている。

2008年の金融危機で国防費削減を強いられた英国では、戦闘機を搭載できる空母が退役、2019年に新たな空母が配備されるまで、前方展開力を欠いている。この穴を埋めるため、英軍は戦闘機ユーロファイター4機をフォークランド諸島に常駐させている。

アルゼンチン空軍機は老朽化しており、軍事専門家は「アルゼンチンには今やフォークランド侵攻の意思も能力もない」と分析するが、アルゼンチンが強気に出る背景には、中国がフォークランド諸島に対するアルゼンチンの領有権を支持していることなどがある。

新興国の台頭で海底資源が豊かな各海域で領有権争いが顕在化している。米海軍大のジェームズ・ホームズ准教授は「(南・東シナ海で領有問題を抱える)中国はフォークランド紛争を研究している」と打ち明ける。

島嶼をめぐる攻防は展開するスピードが勝敗を大きく左右する。中国はフォークランド諸島への近さを生かし切れなかったアルゼンチン軍の失敗を徹底的に研究しているとみられている。

日本が30年前のフォークランド紛争から学ぶ教訓は、英軍が最新鋭機をフォークランド諸島に常駐させ、最新鋭のミサイル駆逐艦を展開していることからもわかるように、制空権を絶対に揺るがせにしないことだ。

第二に、日米同盟を強化することは最も重要だが、決して過信しないことだ。尖閣諸島をめぐる日米両国の利害が完全に一致しているとは夢にも考えないことだ。レーガン大統領はサッチャー首相に「平和維持部隊によるフォークランド諸島の管理」を提案していた。サッチャー首相がこの提案を拒否できたのは、領土防衛の覚悟があったからだ。

領土防衛を他国に依存するわけにはいかない。海上保安庁や自衛隊の態勢強化を急ぎ、まさかに備える入念な海上警備、軍事、外交のシミュレーションを行うべきだ。

第三に、アルゼンチンも中国も「旧宗主国対旧植民地」という構図をあおって、英国や日本の領有権に揺さぶりをかけている。オンラインでは、中国の領土を帝国主義者の日本が不法占拠しているというデマが飛び交っている。

時事通信が入手した外交文書で、中国政府が1950年、「尖閣諸島」という名称を明記した上で、沖縄に含まれるとの認識を示していたことが明らかになった。尖閣が日本固有の領土であることを世界に向けてアピールすべきだ。

間違っても日本が右傾化しているという印象を与えるのではなく、中国共産党支配に正統性を与える「愛国教育」こそが反日感情をエスカレートさせ、尖閣諸島をめぐるナショナリズムをあおっていることを国際社会に浸透させるべきだ。日本の外交力と情報発信力が問われている。

■フォークランド紛争 1982年4月2日、アルゼンチン軍事政権がフォークランド諸島に侵攻。サッチャー英政権(当時)は空母2隻を主力とする部隊を派遣し、6月14日にアルゼンチンが降伏。死者約900人、負傷者約1800人を出した。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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