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講談社社屋の垂れ幕がアピールするコミックの「近年にない大ヒット」作品とは

篠田博之月刊『創』編集長
講談社にかかる垂れ幕(筆者撮影)

 2019年1月7日発売の月刊『創』(つくる)の特集は「出版社の徹底研究」だ。12月は年末進行で取材・執筆が本当に大変だったが、今の出版界をめぐる興味深い状況がいろいろわかって面白かった。11月に取材したテレビ界もそうだったが、いまメディア界はドラスティックな構造的変化を遂げている。以前の方程式があてはまらないような現象が次々に起きているのだ。

 ここで報告する講談社のケースもその一つかもしれない。詳細はぜひ『創』の特集を読んでいただくとして、ここでその一部を紹介しよう。

講談社の社屋にかかる垂れ幕は

 大手出版社の社屋には、ヒットしている本の垂れ幕がかかっている。マガジンハウスでいえば「君たちはどう生きるか」だが、いま講談社の社屋にかかっている4本の垂れ幕のうち2本は『転生したらスライムだった件』と『はたらく細胞』だ。これが今、講談社で「異例の大ヒット」と言われているのだが、作品名を聞いてもわからない人もいるかもしれない。

 この2つのマンガが連載されているのは同社発行の『月刊少年シリウス』だが、発行部数が1万部に満たないというマンガ雑誌としてはマイナー系だ。その雑誌の連載作品がコミックスで大ヒットになっているのだ。

 「近年なかったような、相当のヒットです」

 そう語るのは講談社販売局第三・第四事業販売部の高島祐一郎部長だ。

 「2つの作品とも2018年にアニメ化されたのが跳ねるきっかけになりました。もともと売れていた作品ですが、近年、アニメ化や映像化が昔ほど部数を押し上げる効果を持たないことも多いのです。でも今回は、7月に『はたらく細胞』が放送されて以降、全5巻で120万部もの重版がかかりました。全巻とも20万部以上の増刷です。アニメ化が決まっていたので6月から出荷を始めていたのですが、放送と同時に大きく跳ねました。

 『転生したらスライムだった件』は10月からアニメが放送されたのですが、全9巻で160万部もの重版がかかりました。そのおかげで『シリウス』はコミックスの売り上げが前年比180%。強烈な売り上げ増です。『シリウス』からこんなビッグタイトルが、しかも同じ年に出たということは大変喜ばしいことでした。

 もともと2作品とも『シリウス』では人気がありましたが、まだそこまで大きく認知されていなかったと思います。それがアニメ化によって、それまで知らなかったお客がついたのでしょうね。『はたらく細胞』は若年層に響いたようです」

2018年講談社コミック部門の収益に大きく寄与

 『転生したらスライムだった件』は、いわゆる転生ものと言われるジャンルで、ある日突然、異世界へ転生してしまうという話だ。もともとはマイクロマガジン社刊のラノベ小説なのだが、講談社ではシリウス・ラノベ編集部が、ラノベを『シリウス』でコミカライズし、アニメ化と連動させてヒットにつなげるという戦略を以前からとってきた。

 「『転生したらスライムだった件』は確かに転生ものではあるのですが、世界観は王道ファンタジーです。メジャー感のある作品だったことも受けた要因だと思います」(高島部長)

 最新の第9巻は初版30万部でスタートし、すぐに大きな重版がかかった。

異例の大ヒット2作(筆者撮影)
異例の大ヒット2作(筆者撮影)

 『はたらく細胞』については、スピンオフ作品がたくさん生まれているという。

 「『はたらく細菌』とか『はたらく細胞BLACK』『はたらかない細胞』とか、いろいろな作品が社内のいろいろな雑誌で生まれました。『モーニング』『なかよし』など雑誌は様々で、近々『別冊フレンド』でもスピンオフが掲載されます。今後も増え続け、スピンオフ作品だけで相当な数になる予定です」(同)

 2018年のコミック市場は、前半は低迷だったが後半盛り返している。ひとつの理由は、海賊版サイト「漫画村」が社会的非難の高まりで閉鎖したためではないかと見られている。講談社も18年前半はコミック部門が厳しい業績だったが、後半盛り返した。海賊版問題はあったとしても、それに加えて『シリウス』の2作品の大ヒットが要因になったことは間違いない。

 デジタルに詳しい吉村浩販売局長にも話を聞いた。吉村さんはもともと講談社のデジタル部門を統括してきた人だが、1年前から販売・宣伝・制作・流通も統括するようになった。

 「『転生したらスライムだった件』はすごいですね。アニメ化で一気に売れ行きにドライブがかかりました。紙の本ももちろん売れましたが、デジタルへの跳ね返りが記録的です。単月での売り上げをとると、『進撃の巨人』の記録を塗り替えました。もともと“異世界ブーム”にのって売れてはいたのですが、この爆発力はすごい。紙とアニメとデジタルがこんなふうに良い循環をしたのはしばらくぶりですね」

ヒットの方程式が変わりつつある?

「『進撃の巨人』の記録を塗り替えた」という指摘には驚く人も多いだろう。出版界ではこんなふうに予想を超えた大ヒットを「化ける」と表現するが、まさに2作品は大きく化けた事例と言ってよいだろう。ただそれが同じ雑誌から2作品続いたというのは、偶然の産物でなく、業界を覆う構造的変化と関わっていると考えた方がよいだろう。

 例えば小学館でも昨年来、『俺、つしま』『こぐまのケーキ屋さん』といったマンガのコミックスがヒットしているのだが、これはいずれもよく知られたマンガ雑誌の連載でなく、ツイッターで人気が出たものを編集者が見つけて紙の本として出したものだ。

 ヒットの生まれ方が従来のパターンと違ってきつつあるのだ。

 苦境に喘いでいると言われる出版界の、一方で今、新しい動きが出始めているように見える。そうした現象は、講談社や小学館だけでなく、いろいろな出版社で現れつつある。大きな要因はネットとの関りなのだが、かつてのように紙とネットを対立的に捉えるのでなく、どんなふうに両者を連動させるかが、戦略のカギになっている。

 12月、多くの出版社を取材しながら、そんなことを考えた。

 『創』出版特集の内容は下記をご覧いただきたい。

http://www.tsukuru.co.jp

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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