「千と千尋の神隠し」は宮崎駿監督の何回目の復帰作? 引退宣言の遍歴まとめてみた
1月7日放送のアニメ映画「千と千尋の神隠し」を手掛けた宮崎駿監督(81)は、1月5日に誕生日を迎えましたが、1963年にアニメへの道に足を踏み入れ、60年も最前線に立ち続けています。そして宮崎監督と言えば、引退宣言と復帰を繰り返してきたことでも知られています。そこで報じた新聞記事を中心に振り返ってみます。
◇圧倒的な実績
宮崎監督は1963年に学習院大政経学部を卒業後、東映動画(現・東映アニメーション)に入社。1971年に退社して、1978年にNHKのテレビアニメ「未来少年コナン」で初の本格的演出(実質的な監督)、1979年のアニメ映画「ルパン三世 カリオストロの城」で監督を担当します。その後1985年にスタジオジブリを設立して、数多くの名作・ヒット作を世に送り出しました。海外の評価も高く、「千と千尋の神隠し」(2001年公開)では、第75回米アカデミー賞長編アニメーション賞や第52回ベルリン国際映画祭金熊賞などを受賞しています。
2013年に引退会見を開いたものの、2017年に撤回した宮崎監督は現在、長編アニメーション「君たちはどう生きるか」を製作中です。1937年に発表された吉野源三郎の書籍からタイトルを取ったもの。原作というわけではなく、同書が作品に大きな意味を持つそうです。
宮崎監督が「長編アニメーションを引退する」と会見を開いた2013年は、「風立ちぬ」の公開後。「長編アニメーション」という但し書き付きですが、テレビや新聞などの一般メディアも解説付きで大きく扱い、海外の通信社も報じて世界的なニュースになりました。
毎日新聞は、引退会見の記事の見出しに「今回は本気です」としています。つまり、過去に引退宣言をしていたことに力点を置いています。ですが宮崎監督の引退に触れたメディアの記事は、多くがこの会見で、その前になるとグッと少なくなります。
ではその前に宮崎監督の引退について言及した新聞記事といえば、プロデューサーの鈴木敏夫さんが語る形で「千と千尋の神隠し」にまでさかのぼりました。
「千と千尋の神隠し」での引退発言は、「もののけ姫」(1997年公開)とワンセットになっているのです。流れとしては「もののけ姫」の会見で、早くも次回作に触れたメディアの質問にカチンときて、宮崎監督の引退宣言が飛び出しました。ですが関係者の懸命の説得もあり、撤回した形になります。そして、自分の引退宣言を逆手にとって、報道陣を笑いに巻き込んで、記事にさせるあたりは見事です。
◇38年前にも「二度と監督はやらない」
実は宮崎監督が、監督の引退を口にするのは、「風の谷のナウシカ」(1984年公開)の直後にもあったそうです。鈴木さんの書籍「天才の思考」(文春新書)によると、同作の完成後に「もう二度と監督はやらない。友達を失うのはもういやだ」と言ったそうです。妥協なく作品に打ち込むということは、一緒に作品を作る同士(友達)に相当厳しいことを要求するわけで、当然キツイ言葉も飛んだでしょう。求めるクオリティーは尋常ではないからです。
ですが「受け皿」として、スタジオジブリが立ち上がり、「天空の城ラピュタ」(1986年公開)が誕生。その後、ジブリは多くの作品を世に送り出し、いいものを徹底して作ることで、アニメ業界を大きく変えたわけです。
余談ですが、ジブリ(GHIBLI)の由来ですが、公式ページによると、サハラ砂漠に吹く熱風を意味するイタリア語で、飛行機マニアの宮崎監督が命名したそうです。日本のアニメーション界に熱風を起こそうという思いを込めたネーミング。そこまでは分かるのですが、最後に「本来イタリア語では『ジブリ』ではなく『ギブリ』と発音するのが正しいそうです」という注意書きがあります。
なぜ本来の発音にしなかったのか。その理由も、書籍「天才の思考」で触れられています。宮崎監督が最初に「ジブリ」と言い、外国語に詳しい高畑勲監督が「ギブリでは?」と指摘したのですが、宮崎監督が押し通してそのままになったそうです。「ギブリ」が正解にしても、「ジブリでいい」と思えるところに、不思議さとすごみを感じる次第です。
話を元に戻します。つまり宮崎監督は、自分の思いを主張する側面があり、一作ごとに全身全霊を傾けて打ち込むクリエーターというわけです。ゆえに、その当時は引退というような心境が何度かあったのでしょう。一方で真のクリエーターにあるのが創作意欲。何かのきっかけでやっぱり作りたい、表現したいものが出てくるわけです。
引退宣言の撤回があった2017年、フジテレビ系のテレビ番組「ワイドナショー」で、宮崎監督の引退宣言数をカウントし、監督の引退発言をリスト化してピックアップ。「あるある」的な視点で紹介したことがありました。しかし実は発言はネットのネタであり事実ではなかったことが判明、後日謝罪することになりました。
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つまりこういう視点のニュースを作ろうとした背景には、宮崎監督の引退について「何度も復帰するなら、引退宣言をするべきではないのでは?」という考え方が、相応にあることを意味します。
しかし、宮崎監督のいまだに尽きぬ創作意欲と表現の追求、他の追随を許さぬ圧倒的な実績に対する敬意があれば、違うものが見えてきます。そこまで燃え尽きて一時的に灰になるほどなのであれば、「仕方ないか」となるのではないでしょうか。公になる発言でさえこれほどあるのですから、引退の発言数をカウントする意味はさほどあるように思えなくなります。
2013年の大々的な引退会見を開いたとき、「撤回もあると思う」とこっそり言っていた記者もいて、私もまったく否定できませんでした。その点、「かぐや姫の物語」(2013年公開)の会見で、宮崎監督の引退について質問された高畑監督は、撤回の可能性を、公の場でしっかり“予言”していたのは、さすがといったところです。
宮崎監督の引退・復帰の話は、高い人気の表れとも言えます。そしてアニメの歴史を変えた“神様”の頭の中身は、凡人には推し測る術もありません。ここまで来ると、メディアもファンも、発言に振り回されつつも心の底では喜んでいるのでは?……とすら感じるときもあります。
◇舞台「千と千尋の神隠し」 海外も意識
宮崎監督の作品は、アニメの外にも進出しています。今後の注目と言えば、舞台「千と千尋の神隠し」が帝国劇場などで3月から上演されることでしょう。主人公・千尋役は、橋本環奈さんと上白石萌音さんのダブルキャスト。アニメ映画で湯婆婆の声優を担当した夏木マリさんが舞台でも起用される仕掛けもあります。
舞台の公式サイトは、日本語だけでなく、英語、フランス語、中国語、韓国語に対応しており、海外を意識。会見では、海外のプロデューサーからの照会もあると明かされていました。
20年前に公開されたアニメ映画が、継続的に再放送されており、舞台化の企画が持ち込まれて海外からも注目されているのです。また「となりのトトロ」のように製作時の反応は芳しくなくても、後から人気となって今では子供たちの定番アニメの一つとなる作品もあります。現役であり続ける宮崎監督のように、ジブリのコンテンツは国や世代を超えて、人々をずっと楽しませてくれるのでしょう。
【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】