「立ち飲み不毛」を返上。名古屋で個性派立ち飲み屋や横丁が登場してブームに
酒場が少なく屋台もない。東京発のブームも不発…
「立ち飲み不毛の地」。長らくこんなありがたくないレッテルを貼られてきた名古屋ですが、近年これを返上するような変化が起きています。10年ほど前から旧来の立ち飲み屋とは異なる個性を持った店が少しずつ登場してファンを獲得。その人気を受けて、ここ数年は新規オープンが相次ぎ、立ち飲み屋中心の横丁ができたりするようになっています。
筆者は先ごろ、『名古屋の酒場』という書籍を出版。街を徹底的に飲み歩き、“大きな変化”を実感しました。ブームの中心にある店舗の特徴や取り組みを通して、変化の要因や現状を紹介していきます。
…とその前に、名古屋の酒場事情の全般的な傾向について紹介していきましょう。実は、立ち飲み屋ばかりでなく、名古屋は酒場自体があまり多くはありません。愛知県の飲み屋(酒場、ビヤホール、キャバレー、ナイトクラブ)は約1万1600軒。20歳以上の人口10万人あたり193軒で、これは47都道府県中34位。1位の沖縄県555軒には遠く及ばず、全国平均の222軒も下回っています(出典:経済センサス基礎調査 2014年)。名古屋では1973年に市内の屋台が全廃。大人が街中で飲んでいるシーンを目にする機会がなくなってしまったことも、立ち飲み屋が市民権を得にくい理由のひとつになっていたと考えられます。
もちろん立ち飲み屋がまったくなかったわけではなく、名古屋駅近くの「のんき屋」、堀田駅近くの「どての品川」といった1940~50年代から続く老舗もあります。しかし、両店にしてもテーブル席や座敷が用意され、座って飲むお客の方がむしろ多いのが実情です。
今から20年ほど前、東京で何度目かの立ち飲みブームが起こった際、名古屋にも外食企業による立ち飲み屋がいくつか登場したことがあります。しかし、ほとんどは受け入れられずにすぐにイスを置くようになったり、撤退を余儀なくされました。外食業界専門誌の記者もやっていた筆者は、当時、東京から進出した立ち飲み屋に「どうしたらいいでしょう?」と泣きつかれたことがあります。
そんな鬼門とも言われていた名古屋の酒場環境において、新興の立ち飲み屋はどうやってファンをつかんできたのでしょうか?
立ち飲みをカジュアルにした2008年開業の「大黒」
現在のブームのけん引してきた存在のひとつが「大黒」です。2008年12月に名古屋の中心部・栄に1号店をオープン。以後、着々と店舗を増やし、現在は「大黒」「魚椿」など立ち飲み屋20軒以上を展開します(グループ全体では約40軒)。
「周りからは“名古屋で立ち飲み屋なんて絶対成功しない”“辞めておいた方がいい”とさんざん忠告されました」。こう振り返るのは経営元の光フードサービス代表・大谷光徳さん。実際に開店当初は「ここはイスもないのか!」と捨て台詞を吐いて去っていく人もいたそうです。
しかし、大谷さんは絶対に受け入れられるという自信、そして当初から手ごたえがあったといいます。
「私は以前は焼肉店に勤務していて、そのルートを活かして新鮮で珍しい内臓系のメニューを出すことができ、商品力には自信があった。また、開店後すぐに熱心に足を運んでくれるリピーターがついてくれたのです」
ただし、そもそも立ち飲みありきで店をつくったのではないそう。「資金がないので小さな物件しか借りられないという事情もありましたが、焼きとんという名古屋では珍しいメニューを軸にしていたので、それを説明して商品の魅力を知ってもらう必要があった。そのためには対面で接客できる立ち飲みスタイルが合っていると考えたのです」
その狙いが当たり業績は順調に推移。今や名古屋最大の立ち飲み屋グループとなっています。名古屋でも立ち飲み屋で成功した理由を大谷さんはこう語ります。
「従来の角打ちとは違う、立ち飲みをカジュアルに楽しむ、というスタイルを提案できた。また若いスタッフが一生懸命接客することで、若いお客さん、おひとり様をつかむことができた」。すなわち、これまでは立ち飲み屋のメインターゲットではなかった若い世代に訴求し、立ち飲み不毛という旧来の固定概念も破ることができたというわけです。
空間はスタイリッシュ、酒はマニアックな「純米酒専門YATA」
2012年に栄に1号店をオープンし、現在9店舗を展開するのが「純米酒専門YATA」です。こちらはガラス張りだったりコンクリート打ち放しだったり、スタイリッシュな店舗デザインがまず目を引きます。30種前後の銘酒を常に入れ替え、利酒師の資格を持つスタッフがお客の好みに合わせて銘柄をチョイス。つまみも酒をおいしく飲むことを第一に用意されています。
「女性1人でも入りやすい空間を意識し、デートの待ち合わせや飲み足りない時に立ち寄ってくれる人から、日本酒をもっと知りたい、香りの変化を楽しみたいと玄人好みの嗜好の人まで、幅広い方にご利用いただいています」と代表の山本将守さん。間口は広いのですが専門性は高く、45分間日本酒を何種類でも飲み比べできる利き酒コースが最大のウリとなっています。
「母体が酒屋で、『YATA』は日本酒の魅力を発信するためのアンテナショップという位置づけなんです。儲け第一ではなく、そのコンセプトがあるから利き酒コースという提案もできるんです」と山本さん。現在、YATAは名古屋だけでなく、東京、札幌にも進出。名古屋発の立ち飲み屋が、全国各地でファンをつかんでいます。
イタリアンやこだわり日本酒。専門性の高い立ち飲み屋が続々登場
大黒、YATAがヒットし、名古屋市内で店舗を増やし始めたのに呼応するかのように、新しい立ち飲み屋が次々に登場します。栄エリアでは「StanDiningやまびこ」、名古屋駅エリアでは「名駅立呑おお島」がその代表格。それぞれ2013、2014年にオープンしています。やまびこはイタリア料理やワイン、おお島は手づくりの和食にこだわりの日本酒と、やはり料理も酒も専門性が高いのが特徴です。
「うちは3代続く居酒屋なので、立ち飲みでもちゃんと手をかけた料理を提供することを第一に心がけた。日替わり料理も出せる個人店だからこその対応力もリピーターの獲得につながりました」(おお島・大島真さん)、「立ち飲み屋ではあまりなかったイタリアンとワインの組み合わせが珍しかったこともお客さんに支持された理由では。また、狭い店内で若いスタッフが忙しそうに動き回っていることも、仕事を終えて飲みに来るお客さんの共感を得ているのかもしれません」(やまびこ・清田一聡さん)
この2軒は“横丁”という立地でも共通点があります。おお島は駅前横丁というビル通路を活かした横丁、やまびこはむつみ小路という路地に店舗を構えます。両店のヒットによって、それまでは立ち寄りにくかった横丁のイメージが、気軽にハシゴ酒を楽しめるオープンな雰囲気に一新されました。
シャッター街から立ち飲みストリートへ生まれ変わった長者町横丁
飲み屋横丁として生まれ変わったのが伏見地下街、通称「長者町横丁」です。この地下街はもともと地上にある繊維問屋街のサテライトとして1957年に開業。近年は繊維業界の斜陽化によって、シャッター街化が進みつつありました。ところが、2015年暮れに「伏見立呑おお島」(現在は移転)がオープンしたのを皮切りに、続々と立ち飲みを中心とした飲み屋が出店。今では10店舗以上が並ぶ飲んべストリートに様変わりしています。
この変貌を、伏見地下街前理事長の小池建夫さんは「街づくりの見本のようなもの」と言います。
「なかば仕かけて、なかば自然と盛り上がったんです。きっかけのひとつは2013年のあいちトリエンナーレ。アーティストに地下街の空間を活かしてトリックアートなどを描いてもらい、注目が高まった。飲食店をやりたいという若い世代が現れ、我々組合が排水や電気容量などの設備を整えて受け入れた。『おお島』が繁盛すると希望者が次々に現れ、点が線、線が面へと広がっていきました」。
慎重だが流行りには乗っかる“名古屋人気質”がブームを推進
ブームをけん引してきた店にスポットを当てると、どこも得意とする料理や酒が先にあり、それをプレゼンしたりリーズナブルに提供するために立ち飲み屋というスタイルを選んだことが分かります。立ち飲みだからと言って内容は決してチープではなく、それでいてロープライス。つまり名古屋人が何より重視する“お値打ち”(=コスパ)があるからこそ、支持を得るようになったと考えられます。
また、名古屋人の消費に関する気質は“堅実で冒険したがらないが実は流行りモノが好き”としばしば称されます。商売に関しても同様に“石橋を叩いても渡らない。でも何人かが渡ると一気に横並びで渡り始める”という気質があります。昨今の立ち飲みブームは、まさにそんな名古屋人気質が反映されたともいえそうです。
その一方で、先行する人気店は「流行りだからと飛びつくと長続きしない」と口を揃えます。
「流行っていて儲かりそう、という考え方では難しい。業態の深み、ストーリーがなければお客さんがついてはくれません」(光フードサービス・大谷さん)、「立ち飲み屋が増えているのは確かだが、儲かっているかは別の話。ローコストで開業できるからと異業種から参入している店も少なくない。お客さんの目も肥えてきているので、今後も残っていくのは哲学やコンセプトが明確なお店になっていくでしょう」(YATA・山本さん)「何かウリがなければ、立って飲むくらいなら家で飲んだ方がいい、となってしまう。立ってでも飲みたいと思わせる付加価値が必要です」(やまびこ・清田さん)。
名古屋で新しい立ち飲みスタイルが定着し始めてまだほんの数年。いまだ過渡期にあるともいえますが、今後はよりテーマや個性が際立った店が求められるようになると考えられます。
立ち飲み屋は都市型のビジネスと考えられ、名古屋の他にも新しい店がなかなか根付かないといわれる町は全国いたるところにあるはず。しかし、名古屋の現状を見れば、今後様々な地方で「立ち飲み不毛」の返上が起きるようになるかもしれません。
(写真撮影/すべて筆者 ※『名古屋の酒場』より と記載の写真、およびトップ写真は大竹敏之著・リベラル社発行『名古屋の酒場』より転載)