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中国で死刑判決を受けた男がハンマーで人を殺したワケ

宮崎紀秀ジャーナリスト
中国には社会問題が山積み(写真は北京の天安門)(写真:アフロ)

 中国で、ハンマーで殴って男性を殺害した男に死刑判決が下された。被告の男は控訴を望まず、ある種の潔さをみせている。男が犯行に至った動機は、中国ならではの社会が抱える問題がかかわっていた。

 江西省の景徳鎮市の裁判所は6月30日、30歳代の男に対し、故意殺人の罪で死刑判決を言い渡した。ネットメディア澎湃新聞が報じた裁判の内容を見ると、男が犯行に至った中国特有の切ない事情が見えてくる。

 男の犯行の動機は、父親が受けた不当な扱いだった。

 男の父親は、石炭エネルギー会社の職員で、2010年に職業病として珪肺の診断をされ、翌年には石炭じん肺の認定を受けた。

 その父親は、肺を患っていることや適切な処遇を訴え、2009年から陳情を重ねていたという。中国の庶民は、しばしば身近な権力者などから不当な扱いを受けた場合、さらに上の権力機関である地方や中央の政府に直訴するという手段をとる。そうした陳情は、建前上は法律で守られた権利だが、現実には問題の当事者や地元当局によって力で押さえつけられてしまうことがほとんどだ。男の父親の場合もそうだった。

 父親は北京の警察から「普通でない陳情を行っている」という理由で、11回の訓戒、3回の行政処罰を受けた。つまり北京まで陳情に行ったが、おそらく目的を果たす前に警察に捕まりお叱りを受けたというわけだ。被告も父親の陳情に付き添い、訓戒を受けたことがあった。父親は2022年までに、「もう陳情はしない」という同意書にサインし、合わせて29万元(約566万円)の補償金を受け取っていたという。被害者は、父親の陳情を何度も「処理した」という会社の警備担当者だった。

 被告によれば、父親は2018年と2022年の2回、会社の警備担当者から暴行を受け、最初は足の骨を、2度目は肋骨を折る大怪我を負ったという。それについては病院の診断書もある。これに対し、被告は警備担当者の二人に殺意を抱き、2022年12月17日午前、そのうちの一人を、家の近くで待ち伏せしハンマーで頭を殴りつけ殺害した。そしてその日の昼、父親に付き添われて警察に出頭した。

 被告の弁護士は、被害者が陳情を防ぐために被告の父親を不当に拘束したり殴ったりしたと主張したが、被害者の同僚はそうした事実がなく父親自身がレンガで頭を自傷したこともあったと証言した。

 裁判で、被告は検察が指摘した犯罪事実に異議を唱えなかった。動機について、父親が暴力を振るわれたことに「息子としてひどく腹が立った」と話した。

 父親は弁護士に控訴の準備をお願いしたが、被告自身は控訴する意思はないという。

 殺人は明らかな犯罪で決して許されない。ただそこに至るには、社会の問題がかかわっている可能性があることを見逃してはいけない。

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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