中孝介 原点と現在地を交錯させ、今歌うべき歌と向き合う「より人の心の底にあるものを掬う歌を歌いたい」
中孝介の最新アルバム『あなたがいるだけで』(10月28日発売)は、新旧オリジナル曲とカバー曲で構成された“今だからこそ”聴いて欲しい楽曲が詰まった一枚だ。13曲中6曲は2005年に発売したインディーズ時代のアルバム『Materia』からの楽曲だ。今なぜ15年前の作品と再び向き合おうと思ったのか、そして新曲に込めた、また12月に控えている久々のコンサートへの思いをインタビューした。
「ここまで色々な人から色々な音楽を吸収しながら歩いてきた。2005年の『Matrria』はそう再確認させてくれる」
「『Materia』というアルバムを発売して今年で15年っていうこともあって、この作品は残念ながら廃盤になっていて、このアルバムの存在自体も知らない人もたくさんいます。それまでシマ唄の世界しか知らなかった人間が、シマ唄ではない音楽、ポップスというジャンルに足を踏み込んだ、その第一歩目のアルバムです。リマスターしながら久しぶりに一曲一曲と向き合ってみると、これまで無意識のうちに、色々な人から色々な音楽を吸収しながら、ここまで歩いてくることができたと感じました。もう15年、という感じです。2005年に『Materia』を発売した時はまだ25歳で、当時は自分が40歳になるなんて想像もしていなかったし(笑)、右も左もわからない状態で、ただ歌えるという喜びだけで一心不乱に歌っていました。今聴くと声も歌い方も若くて、作品もキラキラしていて、今だったらもっとこう歌うのにと思いましたが、でもそれはそれでいいと思えました。当時は色々な葛藤もありました。それまで地元でシマ唄を歌っていたのに、シマ唄じゃない歌の世界に入っていく自分のことを、島の人達はどう思っているのかなって。狭い土地なので色々言われていることも伝わってきましたが、人生一度きりなので、やっぱり今いる歌の世界に入りたいという気持ちは変わりませんでした」。
来年15周年を迎える中が、発売から15年経ったインディーズ時代の作品と現在の心境を交錯させることで、今何を歌うべきかその答えを求めた。中は当時沖縄の大学に通っていたが、それが刺激になっていた。沖縄の民謡歌手が歌う古き良きものに感銘を受けつつ、沖縄のミュージシャンは新しいものも作り、沖縄だけにとどまらず全国に広めていくそのパワーに感動していた。「沖縄はちゃんぷるー文化なんです。なんでも混ぜてしまう、あの活気がたまらなくかっこよかったです。羨ましいなと思いながら、自分もシマ唄を歌いながら、違うこともやってみたいという発想に、いつの間にかなっていました」。
「今までの僕の歌の中には出てこなかったスマホ、LINEというワードが入った『あなたがいるだけで』」
そんな中で作り上げた『Materia』は、聴いた人の心に光を差し込むような作品になっている。コロナ禍の中で不安に苛まれている人々に向け、再び2005年に作品にスポットを当て、一番新しい気持ちを込めた新曲、そして今“歌いたい”カバー曲と共に『あなたがいるだけで』というアルバムは構成されている。表題曲でもある新曲は、スマホ、LINEという今では当たり前のコミュニケーションツールだが、これまでの中の作品には出てこなかった言葉が使われている。
「コロナ禍の中で、この『あなたがいるだけで』という言葉がぴったりだと思いました。この曲って、僕の曲の中では初めてスマホ、LINEというワードが出てきて、今までは電話とかそういう表現の曲は歌ったことあっても、スマホ、LINEは全く念頭にないワードで、しかも歌謡曲なような世界観を感じる曲なので、最初は違和感がありました(笑)。この曲はセリーヌ・ディオンにも楽曲を提供しているイタリア系フランス人のジオさんからいただいた曲ですが、僕はこういう割とダーク目な曲調のものがすごく好きで、楽しくてキラキラしている感じの曲ももちろんいいんですけど、人の性(さが)というか、心をもっと掘り下げた、その人の心の底にあるものを掬う曲を歌いたいです」。
「前を向いて、それぞれが新しい世界を見つめながら生きていかなければいけない」
アルバムのオープニングナンバーの新曲、切ないミディアムバラード「新しい季節」では、新しい一歩を踏み出そうという強い気持ちを込め、1曲目に持ってきている。
「こういう年になりましけど、でも絶対に止まない雨はないし、明けない夜もないので収束する日を待つしかない。そんな中でも前を向いて、それぞれが新しい世界を見つめながら生きていかなければいけない、ということを感じながら歌いましたし、感じていただきたいと思い、1曲目に置きました」。
THE BOOM「島唄」、安全地帯「悲しみにさよなら」、BUMP OF CHICKEN「花の名」など名曲のカバーも中孝介ならではの世界観で、新たな息吹を吹き込んでいる。
「安全地帯が好きで、その中でも今という悲しい時にさよならできたたら、という意味を込めて選ばせていただきました。玉置浩二さんの歌はセクシーですが、僕は敢えてポップな感じにしました。『島唄』はライヴではよく歌っていますが音源にしたのは初めてで、今年は戦後75年で、改めて沖縄の隣の兄弟島(きょうでぇ島)・奄美の人間として歌いたいと思いました。『花の名』は、僕も『花』という曲を歌っていますが、あなたがいたから僕がいるという、言葉は違いますが、同じテーマを歌っていると思います。いつか歌ってみたいと思っていました」。
「『すべてに意味をくれるもの』は、こういう年になったのも、何か意味があるのかもしれないと思わせてくれる曲」
どこか演歌の薫りがする奄美大島の新民謡「奄美小唄」のカバーは、ピアノとチェロのアレンジが斬新で、中のミックスボイスが心地いい。サン・サーンスの「白鳥」のメロディを使った「寒月」は、LE VELVETSのカバーだ。「CDだけど生で聴いているような感覚になる」(中)角野隼斗のピアノが歌を際立たせている。『Materia』に収録されていた「すべてに意味をくれるもの」も今こそ聴きたい一曲だ。いしわたり淳治が書いた歌詞は、当時と今とでは、感じ方、捉え方は違うのだろうか。
「当時も、もちろんいい言葉、歌詞だなと思っていましたが、その頃は感じていなかったものとかが、年齢を重ねてより深く感じられるようになったと思います。しかも今年こういう状況になって、それも意味があるのかもしれないということを、改めてこの曲を歌っていると感じます。神様が、きっと何かの試練でこういう年にしたのかなって」。
ファンもこの曲を当時とは違った心持ちで聴いているのかもしれない。今この曲をコンサートで歌うと、どういう伝わり方をするのかを感じてみたいという中は、12月5日名古屋公演を皮切りに17日京都、20日東京で久々に有観客コンサート『中孝介コンサート2020 あなたがいるだけで』を開催する。
「今お客さんはよりリアルなものを求めている。それをコンサートではしっかり伝えたい」
「是非コンサートで届けたい一曲です。今年はそれまで当たり前だったことが当たり前じゃなくなって、8月に配信ライヴはやりましたが、お客さんの前でひとりで歌うコンサートは今年初めてなので、自分がどんな感覚になるか、わかりません。お客さんもそうだと思います。今回はピアノ、ギター、弦というアコースティックの編成でやらせていただきますが、お客さんはよりリアルなものを求めていると思いますので、しっかり伝えたいと思っています」。