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大谷翔平を失ったエンジェルスを待ち受ける更なる暗黒期

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
チーム残留を熱望しながらも大谷翔平選手を失ったアルテ・モレノ・オーナー(写真:ロイター/アフロ)

【大谷選手のドジャース移籍が正式決定】

 週末は日本でも大騒ぎになったように、大谷翔平選手が自らSNS上に投稿し、ドジャースへの移籍を発表した。

 米メディアによれば、契約内容は10年総額7億ドルという超破格なものだった。MLB公式サイトではリオネル・メッシ選手やキリアン・エムバペ選手を引き合いに出し、野球界、北米スポーツ界の枠を飛び越えスポーツ界史上最高額の契約だと称えている。

 今回の契約交渉では大谷選手サイドが徹底的な秘匿主義を貫いたため、日米メディアの間で情報が錯綜するなど紆余曲折があったものの、結果的にはオフシーズン前から一番人気とされてきたドジャースを選んだのだから、意外性はなかったと考えていいだろう。

 異次元の契約総額だと判明した後でも、米の敏腕記者たちが「お金ではない」と口を揃えているように、「勝ちたい」という大谷選手の欲望を叶えてくれる的確な存在がやはりドジャースだったということだ。

 一方で、以前本欄でも説明しているように、ドジャースは長期的に高額の年俸総額に耐えうる収益を上げ続け、しかも年俸総額に相当の余裕を残して今オフを迎えており、大谷選手を迎え入れる準備をしてきたのも間違いないところだ。

 まさに両者の思惑が合致した結果だったというわけだ。

【エンジェルスが得たあまりに低すぎる対価】

 この結果、大谷選手との再契約を熱望していたエンジェルスは、大きな損失を被ることになった。来シーズン以降の戦略を根本的に見直さざるを得なくなった。

 米メディアはエンジェルスを最後まで最終候補の1つに残していたが、今となってはエンジェルスとの再契約の可能性がどの程度あったのかを知る由もない(前述通り契約交渉を秘密裏に進めていた大谷選手サイドが交渉内容について語ることはないだろう)。

 ただオフシーズンに入り、ドジャースを含めた大規模マーケットチームたちと対等の獲得競争を演じられるほどの資金力をエンジェルスは持ち合わせておらず、不利な戦いを強いられたのは間違いない。

 今年7月にトレード期限を迎え、多くのメディアやOBたちが進言していたように、単独交渉ができる間に契約延長できなかった時点で、別の判断(つまりトレード)をすべきだったということなのだろう。

 大谷選手のトレードで獲得できただろう4、5人前後の若手有望選手の代わりに、エンジェルスが得たのは来シーズンのドラフト指名権のみとなった。

 シーズン終盤にベテラン選手たちを次々に放出し、何とかぜいたく税の限度額内に戻すことができたため、2巡目後に行われる補償ドラフトの指名権を得たとはいえ、その対価はあまりに低すぎるものになった。

【将来性を見出せないエンジェルスのチーム事情】

 オフシーズンを迎えてからのペリー・ミナシアンGMは、メディア対応する度に来シーズン以降もポストシーズン進出を目指すとともに、チームの大黒柱であるマイク・トラウト選手を絶対に放出しないと公言している。

 だが昨シーズン投打ともにチームの柱だった大谷選手が抜けてしまったのだ。その損失はあまりに大きい。本当にポストシーズン争いをしたいと考えているのなら、大谷選手の穴を埋めるため、大胆な大型補強が必要になってくる。

 しかしアルテ・モレノ・オーナーは、年俸総額がぜいたく税の限度額を超えるのを回避し続けてきた一方で、トラウト選手やアンソニー・レンドン選手という高額年俸選手を抱え、年俸総額を圧迫し続けてきた。

 実際MLBのデータ専門サイト「Fan Graphs」によれば、昨シーズンは年俸3000万ドルだった大谷選手が抜けたとしても、現時点での年俸総額予想(年俸調停権資格選手の年俸が確定していないためあくまで予想)は1億5300万ドルに上る。

 ちなみに昨シーズンのエンジェルスは、チーム史上初めて年俸総額2億ドルを超え、シーズン途中の補強でぜいたく税の限度額を超えるほど(前述通り終盤に選手を放出し限度額内に戻している)の補強を行ったが、現在のエンジェルスはあと5000万ドル程度の補強を行うだけで、2億ドルを超えてしまう状況にある。

 また昨シーズンは主力組に負傷者が続出すると、まだ実績不十分の若手有望選手たちをメジャー初昇格させなければならないほど選手層が薄かった。しかも昨シーズン中盤に行った戦力補強で、更になけなしの若手有望選手を放出してしまい、より一層弱体化している。

 それを裏づけるように、MLB公式サイトが発表している若手有望選手トップ100人の中に、エンジェルスの選手はたった1人(しかも98位)しか入っていない。

 この選手層の薄さを改善するには、大谷選手の穴を埋めるだけでは対応しきれない状態にあるだろう。

【思い出されるメッツ・オーナーの言葉】

 これも以前本欄で報告しているように、米メディアによれば、モレノ・オーナーはチームスタッフが恐れる存在であり、これまでも選手補強などで現場に口を挟み、GMとの間で確執を起こしたことがあった人物だ。

 そんなオーナーに2022年シーズン中にミナシアンGMが大谷選手のトレードについて相談したところ烈火のごとく拒絶され、そして昨シーズンも最後まで大谷選手の残留を期待し続けたとされている。

 しかし大谷選手は結果的に、モレノ・オーナーが徹底的にライバル視し、絶対にトレードに出したくないと報じられたドジャースと契約してしまったのだ。これほど皮肉な結末はないだろう。

 そうしたエンジェルスの惨状を見ていると、昨シーズン途中で方針変更してジャスティン・バーランダー投手やマックス・シャーザー投手らを放出したメッツのスティーブ・コーヘン・オーナーが語った言葉を思い出してしまう。

 「Hope is not a strategy.(希望は戦略ではない)」

 果たしてエンジェルスはモレノ・オーナーの下で、いつ暗黒期から脱出することができるのだろうか。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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