ジャズとクラシックとオイゲン・キケロの夏
2017年は、オイゲン・キケロ没後20周年という年だった。
と、いまごろこんなことを書くなんて、真夏の囲炉裏だねと揶揄されてしまっても仕方のないことなのだけれど、昨年はあまりこの話題に関心をもてなかったので、許していただきたい。
ところが2018年になって急に、クラシックが身近に感じられるような経験が重なったりして、ジャズのフィールドで物を考えていたボクのなかにも、クラシックとの接点を考える機会が増えていた。
そこで、それらをまとめる前に、その発端とも言える、オイゲン・キケロについて、おさらいをしておこうと思う。
要するに、ボクの個人的な、夏休みの自由研究の課題というわけです(笑)。
♪ オイゲン・キケロって?
オイゲンキケロは、ジャズとクラシックを融合させた“ロココ・ジャズ”というサブジャンルを築き、それを代表するピアニストとして成功した人物。
1940年にルーマニアで生まれ、幼少からピアノの才能を発揮して、クラシックの素養をみっちりと仕込まれたが、ほどなく兄の影響でジャズに興味をもつようになる。
18歳で兄と一緒にバンド活動を始めると、ヨーロッパでも評判のジャズ・ピアニストとして頭角を現わすようになり、25歳でレコードデビューすることになった。
このデビュー・レコード『ロココ・ジャズ』が、主にロココ様式のクラシックの楽曲をジャズ・アレンジに仕立てたもので、世界的に注目され、彼の名をジャズの歴史に刻むことになった。
♪ 没後20周年
先述のように、2017年は1997年に亡くなったオイゲン・キケロの没後20周年にあたる。
享年57歳。
25歳でジャズの一分野を築く作品を世に出し、以降はある意味でジャズのメインストリームの隆盛とは関係なく、最後まで変わらずにファンからの支持を受け続けたミュージシャンだった。
ボクがジャズの仕事を始めた1980年代半ばも、彼はクラシックを題材にしたジャズ作品を次々と発表し、そのレヴューを担当した記憶がある。
ファンを退屈させることなく、継続してクリエイティヴィティを生み続けたその軌跡を考えると、もはや“クラシックの楽曲をジャズっぽく聞こえるように演奏できた人”と言えないことは明白だろう。
没後20周年の記念としてまずリリースされたのは、『Romantic Rokoko Jazz』と『Romantic Cine Jazz』の2作品だった。
いずれも、1980年代から90年代にかけての、つまりオイゲン・キケロの晩年の充実した演奏を楽しめる内容で、DSDマスタリング+UHQCDという手を加えての再発だった。
さらに、第2弾として『Rhapsody In Blue』『Plays Jazz』『Plays Classic featuring Aladar Pege』の3作品をリリース。
これらは残されていた音源を集めてリマスタリングしたコンピレーションで、合計5枚を通してオイゲン・キケロの生み出した“ジャズとクラシックのマリアージュ”を色鮮やかに再現してくれる。
♪ ロココ・ジャズはサードストリームじゃないの?
“ジャズとクラシックのマリアージュ”といえば、サードストリームに触れなければならない。
サードストリームは、アメリカの近現代音楽の作曲家だったガンサー・シュラーによって提唱されたスタイルだ。
タイミング的にはオイゲン・キケロのデビュー時期とガンサー・シュラーのサードストリーム提唱が重なっていたのは興味深い。
でも、オイゲン・キケロのデビューはヨーロッパ、ガンサー・シュラーはアメリカで教鞭を執っていたので、直接的な関係性がこの2人にあるとは言えないのだ。
ボクの印象から言えば、サードストリームは現代音楽を意識した部分が多いので、オイゲン・キケロのロココ様式やバロック様式をマテリアルとして用いたジャズとは一線を画している。
そして、現在のジャズ・シーンでクラシック的な要素を積極的に取り入れようとしている動きは、サードストリームではなくオイゲン・キケロのスタイルに近いものだと感じている。
この認識を前提として、現在のジャズ・シーンで気になる勢力になりつつある“ジャズとクラシックのマリアージュ”を論じていきたいと思っています。