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ジャニーズ再発防止特別チームの調査結果が、性加害が横行する日本社会に与えた示唆は何か。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長
ジャニーズ事務所(写真:ロイター/アフロ)

 2023年8月30日、ジャニーズ事務所の性加害に関する告発・報道を受けて設置された「外部専門家による再発防止特別チーム」が調査結果を公表し、大きく報道されました。

報告書全文が公開されていますが、被害者の聞き取り調査の結果や、被害者への長期的な影響に関する記述は極めて克明かつ深刻で、私自身、読み通すのが苦しいほどでした。

 改めてどれほど、この被害が深刻であったかを思うと想像を絶する思いに捉われますし、事務所内での隠蔽・放置の歴史や経緯は驚くべきものです。日本社会の影響力のある企業が、相互に隠蔽しあって、数百人と言う未来ある少年たちが長期にわたり、誰の助けも得られないままこのような深刻な性加害を長期間に受け続ける結果となったことは、日本の企業文化や社会そのものの深刻な欠落を露呈したと言えるでしょう。

 一方、「再発防止特別チーム」の報告書には、非常に注目すべき認定や勧告があり、性加害・ハラスメントという日本で横行する人権侵害を根絶するために貴重な示唆を与えるものが多くあります。重要と思われる点を解説していきたいと思います。

調査結果と提言の意義

 「再発防止特別チーム」の報告書の判断と提言が、ジャニーズ事務所の隠ぺい体質、同族経営による権力の集中、ガバナンスの欠如に対し、ガバナンス体制の刷新を求めたのは当然ですが、性加害・ハラスメントと言う人権侵害を克服・根絶することが問われた今回の調査結果として、以下の点で重要であり、積極的に評価できると考えます。

■ 事実認定・評価について

 ・報告書は、「ジャニー氏が、自宅や合宿所や公演先の宿泊ホテル等において、ジャニーズ Jr.のメンバーを含む多数の未成年者に対し、一緒に入浴したり、同衾した上、キスをしたり、身体を愛撫したり、性器を弄び、口腔性交を行ったり、肛門性交を強要したりする、などの性加害を行っていたことが明らかとなった」と明確に性加害を認定しています(21頁)。

 ジャニー氏が死去した今日、加害者側の供述が得られず、かつ密室の加害行為についてほとんど物的証拠がない状況下であったにもかかわらず、被害者からの聞き取りを重視し、これに依拠して、「疑惑」や「告発」にとどめず、性加害を認定したことは重要です。

 日弁連が策定した第三者委員会ガイドラインは、「不祥事の実態を明らかにするために、法律上の証明による厳格な事実認定に止まらず、疑いの程度を明示した灰色認定や疫学的認定を行うことができる」としていますが、性加害という事案においてこの原則が適用されたことが注目されます。

 米国のワインスタインのケース同様、多くの被害者から聞き取りをした結果可能となったと考えられますが、今後の先例となるでしょう。

 ・報告書はまた、ジャニー氏とJrの間の強者・弱者の権力構造を強調したうえで、「子どもに対する性加害は、それが、一見子どもが望んでいるように見えたとしても、それ自体が性虐待の典型的な過程の結果である。さらに、上位者が夢と引き換えに性行為の要求をすること自体がハラスメントであり、子どもの心身に深刻な悪影響を与える暴力である。」と明確に断じています(45頁)。

 これまで、日本では権力関係のなかで強者が弱者に対して行う性加害であっても、暴行・脅迫が立証されて性犯罪とみなされない限り、性暴力として断じられることがなく、子どもや弱い立場の被害者が泣き寝入りを余儀なくされ、「自ら望んだのでは?」「受け入れたのでは?」等とむしろ被害者が責められてきました。

 2023年の刑法性犯罪規定の改正と相まって、ようやく、権力関係に基づく性加害が明確に批判される時代になってきたと言えますが、こうした規範意識の変化が、この報告書で明確に刻み込まれていることは重要であり、社会全体で共有されるべき意義があると思います。

■ 今後取るべき対応についての勧告

・ 冒頭に掲げられた被害者の声

 今回の調査報告では、「ジャニーズ事務所がとるべき基本的対応」の冒頭に、被害者の声を列挙していることが画期的といえます。

 これは最も重視されるべきステークホルダーとして被害者を位置づけ、その声を重視して再発防止策を構築しようとする対応として評価できます。今後、二度と同じことが繰り返されないために、被害者の実体験に依拠し、その声を反映させることは本質的に重要であり、今後も同種企業不祥事においてもこれをスタンダードにしていただきたいと思います。

 実際、被害者の方々の提言は「もしこのような対策があったらよかった」という被害者の視点からの再発防止策として極めて具体的で、示唆に富むものです。

・謝罪と被害救済

 通常、第三者委員会は、ガバナンス体制の回復を提言するものの、被害救済の具体的方法にまで踏み込まないことが通常のようです(過去にDays Japanの調査委員会が賠償に関する勧告を行いましたが、会社解散に伴い、現在報告書は公表されていないようです)。

 今回の調査報告では、取るべき対応の冒頭に、「性加害の事実を認め、謝罪した上で、すみやかに被害者と対話を開始してその救済に乗り出すべき」とし、具体的な被害救済措置が掲げられていることが注目されます。

 それも、単に民事賠償の法的手続に委ねる、というものではなく、

 ①外部専門家からなる被害者救済委員会を設置する

 ②賠償の判断基準を作成する

 ③密室で発生した性被害、かつジャニー氏が亡くなっていることから、事実認定について法律上の厳格な証明を求めるべきではない

 ④時効が成立している被害者にも救済措置の対象とするべき

 ⑤救済制度を広く公表し被害者のプライバシーを保護し、安心して利用籍る制度であることを確保し、被害者が利用しやすいようにする、

 としたことは非常に画期的な提言であると考えます。

  これも、今後同種の事案において広く多用されるならば、日本における性加害・ハラスメントの救済は大きく前進することでしょう。

  是非、この勧告が実現することを期待したいと思います。

・人権方針策定・実施等、「ビジネスと人権指導原則」に即した措置

 報告書では、「ビジネスと人権指導原則」に即した措置として、人権方針の策定・実施、これを実施するガバナンス体制が力説されています。

国連ビジネスと人権作業部会が8月上旬に調査・勧告を行った影響が大きいと思われますが、企業不祥事に関する第三者委員会調査で、この指導原則が援用され、基盤に置かれたことは初めてではないかと思われ、注目されます。

 国際的な人権基準に即した内容となったことは、当然のこととはいえ、日本の企業文化やコンプライアンスを一歩前に進めるものといえ、今後の同種調査も、これを踏襲するべきでしょう。

国連ビジネスと人権作業部会の会見(2023年8月4日)
国連ビジネスと人権作業部会の会見(2023年8月4日)写真:つのだよしお/アフロ

・研修の必要性

 報告書は、研修の必要性と相談体制の拡充を指摘していますが、特にタレントへの性暴力に関する研修の重要性が指摘されています。報告書を読むと、突然被害にあって戸惑う被害者が、周囲のJrが性加害に抵抗しない様子を見て自らも抵抗できなかったり、Jrの間で受け入れれば優遇され、拒めば冷遇されるとの認識が広がり、「通過儀礼だ」等と我慢しあい、スタッフも取り合ってくれないという環境に置かれた結果、被害を訴えることも非常に難しかった状況が説明されています。

 密室においてひそかに行われる性加害をなくすためには、このような子どもの権利が守られないモラルハザードの環境に子どもたちを置かないことが必要です。人権の主体であり、守られるべき子どもたちに、まず性加害があってはならないという会社の方針と、会社は厳しく対処し、被害者を守ることを繰り返し説明し、実際子どもを守る姿勢を示し、信頼できる相談体制を確立することが何より重要です。

学校や塾、スポーツ教室など、あらゆるところで、いまもひそかな性加害が行われています。同様の体制改革は子どもに関わる全ての機関・企業・団体に求められていると思います。

報告書の課題

 このように、報告書は、ジャニーズ事務所が加害と向き合い、被害者に向き合い、再発を防止するために重要な内容を含んでおり、被害当事者の方々は、「私たちの悲痛なる告白がそのまま反映されたものだ」として、この提言を受け止めたうえで真摯なる対応を望む、としています。

 提言を実際実行するには多くの障害や抵抗が想定され、ジャニーズ事務所の提言履行(ジュリー氏が退任するだけでは何の解決にもなりません)を後押しする強力な実施体制の確立が求められますが、これを後押しする世論による監視が引き続き重要です。

 また、報告書は、性加害や人権侵害が発生しやすいエンターテイメント業界、引いては性加害やハラスメントが横行している日本の企業や学校等あらゆる現場において、参照されるべき内容を含んでいます。他人事と捉えずに自社において導入するよう、議論が進むことが期待されます。

 報告者が最後に、「性加害も、セクシュアル・ハラスメントも、許されざることであり、人権は何より優先される必要がある。エンターテインメント業界に性加害やセクシュアル・ハラスメントが生じやすい構造が存在しているのであれば、単に一企業体として「再出発」するというだけでなく、ジャニーズ事務所が率先して積極的にエンターテインメント業界全体を変えていくという姿勢で臨んでほしい。」

と締めくくっていますが、枕営業の強要やハラスメントは芸能界に横行しており、業界全体の変革が求められます。

 報告書では、関連企業の責任については十分触れられませんでした。

 しかし、関連企業・とりわけメディアの対応は、横並びで通り一遍の声明を出すという、極めて表面的な対応に終始しています。

 各メディア企業は、ジャニーズ事務所の提言履行を監視する前提として、自らも第三者委員会を設けて検証し、同様に、ビジネスと人権指導原則に基づき、再発防止策を策定すべきです。報道姿勢としても、BBCや国連という「外圧」が乗り出すまで、何故国内主要メディアが何もしなかったのか、真摯な反省が求められます。

自社の在り方を顧みることなく、事務所を急にキャンセルすることは、人権デューディリジェンスに値しないことを肝に銘じるべきです。

 また、国の責任と対応こそ問われるべきです。

 政府は、タレント事務所について何らの法的規制も行わず、監督官庁も置かず、労基法上の保護や監督体制も確立していません。こうした状況で、未成年のタレントの搾取や性被害が発生してしまっていることは重大です。タレントを守るエンターテイメント業界への法整備は急務です。

 また、2023年通常国会で成立した改正刑法に基づき、「同意のない性行為は犯罪である」「成人による16歳未満の子どもへの性行為は全て性犯罪である」ことを全国的にくまなく周知徹底することも重要です。

 さらに、国連ビジネスと人権指導原則が求める人権デューディリジェンスについても、ガイドラインを策定したものの、各企業の自主性に委ねているため、人権デューディリジェンスについて、メディア・広告企業も全く実施せず今日に至ってしまいました。諸外国で進んでいる通り、人権デューディリジェンスを企業に義務付ける法制化も急務だと考えます。(了)

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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