Yahoo!ニュース

「学食が日本を変える」という推進者が切り拓く「学食が大学の授業になる日」

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
「学食」を大学の授業に昇華させている米田氏(筆者撮影)

「学食プロジェクト」というものがある。これは、学生が主体となって、自らの大学の学食の企画・運営を行うという活動。これを推進しているのが株式会社ORIENTALFOODS(本社/東京都品川区、以下オリエンタルフーズ)の代表、米田勝栄(よねだ・かつはる)氏である(50歳)。では「学食プロジェクト」とはどのようなものなのか。さる5月8日にオープンした東洋大学朝霞キャンパス(埼玉県朝霞市)での「学食プロジェクト」から紹介していこう。

学生数2700人のキャンパスの中で550席を構える学食は学生たちのコミュニティスペースとなっている(筆者撮影)
学生数2700人のキャンパスの中で550席を構える学食は学生たちのコミュニティスペースとなっている(筆者撮影)

学生たちが「学食運営」のすべてを行う

東洋大学朝霞キャンパスは、同大学のキャンパス再編に伴って2024年3月に新校舎を竣工。ここに食関連の学部が集められて4月より授業や研究が行われている。同大学のニュースリリースによると「これからの生活様式を踏まえた教育研究に関する施設設備を充実させ、『命と食』に関する総合的な教育研究拠点として教育と研究を行います」とうたっている。

前述の米田氏は、これまで東京や関西の大学で「学食プロジェクト」を推進してきて(後述)、そのノウハウを背景に東洋大学朝霞キャンパスでさらにダイナミックに展開。同大学から「学食プロジェクト」のコンサルティングの依頼を受けて、これらを実践している。

これは東洋大学朝霞キャンパスの食環境科学部に所属する約50人の学生が同キャンパスで学食の経営を行って「食」について多角的に学ぶ活動のこと。チームの名前は「TOYO FOOD LAB」、去年の11月に結成されて活動をスタートした。「学食=安い、おいしくない」というイメージを払拭するために、このような名称を用いている。具体的には、学食の店名、コンセプト、メニュー、デジタルサイネージ動画、地域営業に至るまで、学生が決めて活動を行っている。陶器製の食器を決めるために岐阜の窯元を訪問するなど、ち密に行ってきた。

オープン前にトレーニングを緻密に行って万全の体制を整えた(ORIENTALFOODS提供)
オープン前にトレーニングを緻密に行って万全の体制を整えた(ORIENTALFOODS提供)

そこで決定した店名は「Umart!(ユーマート)」。これは「U:ユートピア」「Uma:うまっ!」「mart:市場」「art:アート、創造」「!:感動」をつないだものだ。ロゴマークは五角形(食は五感で味わう)で、内側に「千の文字」。これは同キャンパスのミッションである「命の食」の「イノチ」を一文字にまとめて「千歳=長い年月」という意味を込めた。

ここでは、メニュー開発、企画開発、マーケティング等のチームに分かれて学食を運営、また学食内に設置している4台の自動販売機に関して、商品の選別から配置などについて、それぞれのチームがプレゼンを行って決めていて、それぞれの売上の動向などのデータを取っている。

学生が運営する空間が学生交流のハブとなる

東洋大学朝霞キャンパスの学食を運営する「TOYO FOOD LAB」では、自らの活動のお披露目会を6月8日(土)に開催する(11時15分~15時15分)。スケジュールは、食を学ぶ学生がつくった特別メニューを食べることができる「学食体験」に始まり、「お披露目会」となる。

「お披露目会」では、まず「学食ビジネスの経営」のスキームを公開。実際の企業を模倣した組織づくり、PL(損益計算書)の開示、PDCAサイクルを公開する。次に「これからの活動」として、こども食堂、就活カフェ、学びメシ、パリ五輪フェア、メニューフェア、自家農園(Ufarm!)等の運営について展望を語る。

そして、メインイベントとして「学びメシ」を開催。今回は2012年ロンドンオリンピックのボクシング、ミドル級金メダリストである村田諒太氏(元東洋大学職員)が講演する。

盛りだくさんのスケジュールであり、これらを立案して運営する学生たちの熱量が伝わってくる。

「Umart!」は550席の規模。朝霞キャンパスの学生数2700人に対して広めに感じられるが、11時から15時までの営業で、ランチどきのピークタイム以外もすべての時間帯でにぎわっている。

この施設は大きなオープンキッチンが特徴で、料理のライブ感がリアルに伝わってくるが、ここで調理をしている人たちが自分たちと同じキャンパスの学生であるということから親近感を抱いていることであろう。さらに、デジタルサイネージによって学校行事の内容を告知。ここは同キャンパスのコミュニティスペースの役割を果たし、学生交流のハブになっている。12時から13時以外の時間帯であれば一般の人も利用可能だ。

キャンパスの近くにシェア農場を借りて、学生たちが自主運営を行っている(筆者撮影)
キャンパスの近くにシェア農場を借りて、学生たちが自主運営を行っている(筆者撮影)

学生目線で「日本一の学食」と称えられる

「学食プロジェクト」のコンサルティングを担当している米田氏は、どのような経緯でこの事業を手掛けるようになったのだろうか。

米田氏は、都市ホテルのバーテンダー、オーストラリアでのワーキングホリデーなどさまざまな形で飲食業を経験。2004年30歳のときに個人事業主としてバーを運営受託した。この当時、東洋大学白山キャンパス(東京都文京区)の学食の一部でカフェの立て直しを任されることになった。

このカフェの運営受託は終了することになり、その後、ここの学食がリニューアルする過程で再び出店を要請された。新しい学食の規模は1300席、ここに7店舗が営業してフードコートのような形態。そのうちオリエンタルフーズの店舗は3店舗となり(現在うち1店舗は運営委託)、さらに「洗い場」業務と同施設のマネジメントが加わった。

学食運営の事業者にとって大きな課題は、大学が年間約4カ月間休業し、この間学食を運営できないということだ。そこで、オリエンタルフーズでは東京・五反田にバルを構えて、さらに街のイベント等に参加するようになった。キッチンカーの事業にも着手。これによって、産地との関係性が深まるようになり、これらの食材を使用したフードメニューを提供するようになった。

そして、東洋大学白山キャンパスの学食が「日本一の学食」に選ばれた。これは早稲田大学のサークル「早稲田大学学食研究会」よるもの。同サークルは1999年より都内を中心に全国の大学学生食堂のランキングを発表していて、ここの学食が例年1位となることから「殿堂入り」となり、学生目線でのクオリティの高さが評判となった。

オリエンタルフーズでは、東洋大学での学食、五反田でのリアル店舗、キッチンカーと店舗運営の形態が広がっていったが、それぞれの運営に関して学生に積極的に参画してもらう仕組みをつくっていった。これは学食で学生に触れる機会が多い中で米田氏自身がひらめいたという。米田氏はこう語る。

「学生のアイデアは斬新で、それが実際の営業に新しいアイデアとして生かされると働いているわれわれが触発される。そして、アイデアが採用され実績として表れた学生にとって、その教育的効果はとても大きい」

このような活動が、2020年3月放送の『カンブリア宮殿』(テレビ東京)で紹介されたところ、大きな反響があった。そして、次々と「新しい学食運営」の依頼がやってきた。

メニューはシンプルながらシズル感を大切にしている(筆者撮影)
メニューはシンプルながらシズル感を大切にしている(筆者撮影)

2021年4月以降、関西の4大学から受託する

「学食」はいまや大学をブランディングする役割を担っている。食を扱うビジネスとして、生産者とのつながりがあり、マネジメントがあり、DXがあり、という具合にこれからの社会に必要とされるエッセンスが詰め込まれている。そこでオリエンタルフーズの活動は、これからの大学と学食の在り方を模索する人々から熱く注目されるようになった。

最初の依頼者は桃山学院教育大学(大阪府堺市)で、同校での学食運営は2021年4月に受託した。オリエンタルフーズが同校から求められた「新しい学食運営」の在り方とは、このような内容だ。

①スマート食堂(AI、テクノロジーの導入)

②ベンチャー食堂(経営体験、メニューコンテスト、空きスペースプロジェクト)

③FOODFOODプロジェクト(地域とつながる、地域活性化)

まず、①の「スマート食堂」とは。これからはAIによってその日の注文予測や1カ月先の売上などが分かることから、食品ロス問題や残飯問題なども解決。売店には無人レジの導入も検討。

②の「ベンチャー食堂」とは。食堂や売店の空きスペースをビジネス的に活用する提案であり、食堂のメニューコンテストなども含まれる。洗い場を手伝った対価として食事が無料となる企画等々、食堂がきっかけとなったアイデアを引き出す。

さらに、③の「FOODFOODプロジェクト」とは。学食が地域と連携することによって地域活性化と地域社会貢献につながる。地産地消をはじめ、地域の人々にも活発に学食を利用してもらい、学食を地域社会になくてはならない存在にする。まさに「学食」は次世代に向けた大きな存在意義を秘めている。

桃山学院教育大学に続いて、2022年4月桃山学院大学(大阪府和泉市)の学食運営を受託。同年9月神戸国際大学(兵庫県神戸市)の学食運営を受託。2023年4月関西学院大学(兵庫県西宮市)の学食で和風ファストフードが撤退したスペースの運営を受託した。

こうしてオリエンタルフーズは、東京で東洋大学の2つのキャンパス、関西の4つの大学と、計6カ所の学食運営を担っている。

「学食」を舞台とした行動経済学がまとまる

米田氏が学食運営で培ってきたことは、「学食」を舞台とした行動経済学に落とし込まれていった。そこで米田氏は、学食を運営している神戸国際大学でこの分野の客員教授となり、桃山学院大学ではゲスト講師を務めるようになった。講義の内容は、これまでの「学食プロジェクト」の経験から、学食の効果を高めるコピーライティングやSNS発信などを、授業で学びながら「学食」という実践の場で取り組んでいくというもの。こうして米田氏は、大学側に「学食」を授業のカリキュラムに入れることを提案している。

ビジネスの視点から述べると、「学食」を必須科目にすることによって、学食運営の労働力の課題は解消される。学生が主体的に運営することで、学生が「学内タイミー」のような求人サイトを運営することも考えられる。すでに実践されていることでは、地元農家と結びつくことで、地場産品の使用も活発に行っている。大学が休講となる2月3月や、8月9月には子ども食堂として活用して、地域社会のハブ的な存在感を示している。

米田氏が率いるオリエンタルフーズの「学食プロジェクト」は、このように日本の社会を再構築する手がかりを数多く擁している。「学食は日本を変える」ということが現実味をおびている。

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

千葉哲幸の最近の記事