どこまで言いたいことを言い、どこまで内外に気を遣うのか。
このポイントが興味深い演説だった。
6月25日に行われた韓国・文在寅大統領による「6.25戦争 第70周年 記念式辞」。日本のメディアでも報じられたとおり、6月25日は1950年に朝鮮戦争が勃発して70周年となる記念日だった。ここで文大統領が行ったスピーチ(韓国では「記念式辞」と表現された)の内容が注目を集めた。
首都圏城南市にある軍用のソウル空港で、新たにハワイから戻った戦没者の遺骨を迎えつつ行われた式典の内容は、当然のごとく韓国内で広く報道された。
退役軍人や軍人遺族を労うことが大きな目的だ。対戦国である北朝鮮への言及は避けられない。
また米元大統領補佐官ボルトン氏の暴露本も話題になっている時期の式典だ。韓国大統領官邸側が「朝鮮半島和平のくだりで、事実と違う点がある」と抗議を行った公式的発言の直後でもある。これら”時事問題”についてどう言及するのか。意見を言わないのか、言うのか。言うなら、どう言うのか。
現地の保守メディアからは「北の核放棄要求に触れるべきだったのでは?」といった意見も出た。さらには現地メディアも想定外の日本への言及も。
加えて、このスピーチを読むと「韓国人の考え」が見えてくる部分もある。戦争についてどう思うのか。どんな過程で大韓民国がという国家が出来ていったのか。
韓国メディアの見方を紹介しつつ、全文の翻訳を。
”6.25戦争 第70周年 記念式辞”
(韓国では朝鮮戦争を「韓国戦争」、「6.25(ユギオ)動乱」もしくは「6.25」とだけ呼ぶことも多く、そのまま訳しました。また本翻訳文の行変更については、出来る限り原文に忠実に行いました)
今回のスピーチの呼びかけの対象は「国民の皆様」だった。6月15日の「6.15南北共同宣言(2000年)20周年記念映像メッセージ」の際には、その対象を「国民の皆様、内外の貴賓の皆様」とした。文中には北への呼びかけとも取れる内容もあり、このメッセージに対して北朝鮮側が「金与正談話」で辛辣な言葉を浴びせた。
【全文】爆破から異例の”南北声明対決”へ。文在寅「対話で信頼を」vs 金与正「胃がムカムカ」
今回、「国民」あるいは「韓国側の参戦者と遺族」と限定した点に考えはあったか、なかったか。
スピーチは「韓国人の朝鮮戦争観」を語るくだりへと続いていく。
朝鮮戦争は団結の機会でもあった
戦って、勝ち得た国の体制だ。だから守っていこうという点を強調した。
記念式典の様子。現地メディアYTNより。
このくだりでの内容のうち、「自由民主主義」、「反共」という言葉に韓国メディアから反応があった。
式典で文在寅大統領は「6.25の歌」を参席者とともに合唱。この歌詞の中に「自由民主主義」「反共」という言葉がある。これをスピーチでもそのまま引用した点が一部メディアから「北朝鮮に対する強い当てつけ」と書かれたのだ。
北朝鮮も国名で「朝鮮”民主主義”人民共和国」と記す。どちらが本物か。こちらだ、という話だ。
筆者も訳していて何気なく通り過ぎた言葉だった。いかにスピーチが細かく見られているかの証左だ。
ちなみに翌26日に大統領官邸側が記者団に対して「この2つの言葉は国を特定するもの(北朝鮮を指す)ではない」とコメントしたという。「反共」についても北朝鮮のみがターゲットではなく、世界の共産主義が対象なのだと。「朝鮮日報」は「反共演説の翌日に大統領官邸が”北朝鮮を特定するものではない”と水位調節」と報じた。
話は戦禍とその後の成長の振り返り、そして南北以外の国への言及へと続く。
戦争特需を享受した国々もある
米中の駆け引きのなかで、文在寅政権の韓国は居場所を見つけているとも言われるが、ここでは米韓同盟を強調した。
いっぽうで”戦争特需を享受した国々”、”植民地時代から抜け出すこと”とは何のことか。
日本のことだ。
1950年からの朝鮮戦争で、日本は戦地に向かう米軍、戦場にいる米軍からの物資発注が多く入り、特需の恩恵を受けた。当初は土嚢、軍服、天幕などの軍事用品業者の売上が伸びた。51年7月の休戦会議開始後はセメント・鋼材など韓国復興用の資材の発注が増えた。これが戦後の経済復興の礎になった。
この点への言及について、いくつかの媒体が反応を見せた。
「日本を迂回批難、なぜ?」(韓国経済新聞)
同紙は「朝鮮戦争の最大の恩恵国は日本であることに間違いはない」とした。さらにこう続けた。
「日本は昨年2月のハノイでの第2回米朝首脳会議が決裂し、6月の第3回目が成果なしに終わるや、7月になって電撃的に韓国に対する核心素材部品の輸出制限処置に出た。南北とアメリカによる朝鮮半島の平和プロセスが構造的な困難に処した時期を巧妙に狙った、という指摘が出た」
昨今の「ボルトン暴露本」の内容も影響があるという。「書籍の内容は100%信じられるものではないが、日本が南北とアメリカの和平プロセスに非常に否定的だったことが分かる」とした。これもあり「朝鮮半島の分裂と対立を(何かを仕掛ける)機会としたことへの不快感の現れだ」と分析した。
「文大統領はなぜ”戦争特需国家”に言及したのか」(ハンギョレ新聞)
こちらもまた、「暴露本」の内容が背景にある。日本は「南北とアメリカ(つまり自らが除外され)、朝鮮半島の和平プロセスが進むと、自分たちが冷戦の局面に丸腰で放り出されることを望まなかった」。この状況下で韓国を邪魔するために「ホワイト国除外」の手に出たと分析できる。そのことに対する不快感だと。
この後、スピーチは締めくくりへと向かう。
GDPは北の50倍、貿易額は400倍になった
韓国メディアは「平和のために北朝鮮も大胆に前に出てほしい」という点に注目した。南北関係が硬直するなか、北朝鮮へのメッセージを送ったのだと。
日本から最も注目すべきは「私たちの体制を北朝鮮に強制するつもりもありません」「統一を話す前に、まず仲の良い隣人になることを願います」というフレーズだ。
これは、統一よりもまずは、別々にそれぞれが存在することを認めましょう。ということ。現実的な視点がよく現れている。
いっぽう、「北への言及」は保守系媒体にはやはり「足りない」と映ったようだ。東亜日報はスピーチの締めくくりの区切りについて「統一以前にいい隣人になろう……非核化は論じず、南北共生を強調」と見出しを打った。やはりこの機会では強く、非核化の要求を言うべきではなかったかと。
また、昨年8月には文在寅支持団体が目の敵にすることもあった「朝鮮日報」は前出の「反共演説の翌日に大統領官邸が”北朝鮮を特定するものではない”と水位調節」の記事でこう記している。
「やはり北朝鮮を刺激しないことを考えている、と分析できる」
そして、かつてはこんな発言をしていたとも紹介した。
「文大統領は野党代表時代から対北友好政策の基本を変えたことがない。しかし北の挑発や安保問題で政治的な攻撃を受けた場合、強硬発言を度々行ってきた。17年4月の大統領選挙時には『朝鮮半島に再び惨禍が広がるのであれば、私自ら銃を持って出ていく』『金正恩政権が自滅の道を歩まないよう警告する』と発言した」
北朝鮮への”強気”の部分は体制の優位性を数字を示してはっきりと口にした点だった。そういったかたちでバランスを整えようとしたスピーチではなかったか。
(了)