スフィーダ世田谷FCがなでしこリーグ2部初優勝!理想を追いつつ、現実と向き合って掴んだ20年目の栄冠
【悲願の初優勝】
秋晴れの雲ひとつない青空に、歓呼の声が響き渡った。
11月15日に各地で同時開催されたなでしこリーグ2部最終節。優勝争いは最後の最後までもつれ、首位のスフィーダ世田谷FC、2位のちふれASエルフェン埼玉、3位のオルカ鴨川FCの3チームに優勝の可能性が残される大混戦となった。
結果は、3チームとも勝利。唯一、自力優勝できるチャンスを得ていたスフィーダがASハリマアルビオンに2-0で勝利し、エルフェンとオルカの猛追をかわして、なでしこリーグ2部の新女王の座を掴んだ。
スフィーダは創設20年目にして、悲願のなでしこリーグ初タイトルだ。東京都世田谷区の街クラブとして、地域の女子選手たちの受け皿になり、育成と普及を進めてきた。その歩みを支えてきた人々や、選手の雇用先となってきた企業、見守ってきたファン・サポーターにとっては、何年も待ち望んできた瞬間だっただろう。この日、会場となったAGFフィールド(東京都調布市)には芝生席も含めて多くの観客が足を運んだ。
スフィーダは前節、11月8日にAGFフィールドで行われた首位(当時)のオルカとの頂上決戦に勝ち、ホーム最終戦で自力優勝を掴めるチャンスを手に入れた。それでも、「引き分けでも(他会場の結果次第で)優勝できないかもしれない」という状況はプレッシャーにもなったはずだ。しかし、川邊健一監督は、「自分たちが勝つだけだったので、他会場の情報も一切入れず、自分たちの試合に集中しました」と、今までと変わらない姿勢で試合に臨んだ。
そして、チームはそのプレッシャーすら楽しむかのように、ピッチで躍動した。対戦相手のハリマには、10月の対戦では0-3と完敗していた。だが、この試合は立ち上がりから攻守にアグレッシブな姿勢を貫き、ボールを奪うとスピーディで力強い攻撃から何度もチャンスを創出した。173cmのFW堀江美月が前線のターゲットになり、ボランチのMF瀬野有希が力強いボール奪取と正確なパスで攻守を安定させた。守備陣は、今季フル出場で最終ラインを支えてきたDF渡辺瑞稀とDF戸田歩のセンターバックコンビを中心にラインを押し上げ、流動的な動きを見せるハリマの攻撃に粘り強く対応。第16節からゴールを任されたGK野村智美も安定したセービングを見せた。
勝負の明暗を分けたのは、セットプレーだ。
前半16分、相手陣内の左サイドからDF奈良美沙季のフリーキックをFW大竹麻友が頭でうまく合わせて先制。後半開始早々の48分には、自陣中央から奈良が蹴ったフリーキックに左サイドで大竹が抜け出し、角度のない位置から左足で右サイドネットに突き刺す難易度の高いゴールを決めた。値千金の2ゴールに加え、チャンスメイクや献身的な守備も光った大竹がMVPに輝いたのは満場一致の見解だろう。ヒロインインタビューで、「最高の仲間と最高のスタッフと優勝できたことがものすごく嬉しいです」と穏やかな声で語った大竹は、試合で最も印象に残ったシーンを聞かれ、「原(志帆)キャプテンがピッチに立った瞬間です」と答えた。
DF原志帆は、今季限りでの引退を発表している。
試合も終盤に差し掛かった86分、交代の場面でFW長崎茜からキャプテンマークを受け取った原は、表情を綻ばせながら、久々の感触を噛み締めるような表情でピッチに立った。ケガ明けで約2カ月半ぶりの出場となったこの試合が、原の現役生活最後のプレーになることを誰もが知っていた。
ピッチでは冷静なコーチングと知的なプレーでリーダーシップを発揮し、ムードメーカーの一面も持つ原は、チームの精神的主柱であり、選手、スタッフ、サポーターからの信頼も厚いキャプテンだ。28歳での引退は惜しまれるが、昨年は膝のケガでピッチに立てない時期が長く、慢性的な膝の痛みもあり、引退と現役続行との間で揺れる日々が続いたという。それでも、周囲のサポートやサポーターの言葉に支えられながら「もう一度ピッチに立ちたい」と目標を定めてベストを尽くしてきた。そして、今季の開幕戦でピッチに立ったが、コンスタントに出場することはできず、残念ながらシーズン途中で再離脱を余儀なくされてしまった。だが、チームが苦しい時も含めて3年間、チームを導いてきてくれた原に「カップを掲げさせたい」という思いは、優勝への原動力になっていたようだ。
原は前節のオルカ戦でベンチ入りを果たした後、10日に今季限りでの引退を発表。そして現役生活最後となったこの試合で、アディショナルタイムも含めた約10分間、ハリマの猛攻を抑えて無失点勝利に貢献した。試合後はチームメートの輪の中で喜びを弾けさせ、優勝セレモニーでは晴れやかな笑顔で優勝カップを掲げた。
【貫いてきたもの】
今季のスフィーダの強さは、優勝争いが佳境を迎えた残り3節での3連勝という結果に表れている。
2001年のチーム立ち上げから深く関わってきた川邊監督にとっても、嬉しさはひとしおだろう。優勝まで突き進むことができた要因について、次のように語っている。
「前半戦で負けたチームに引き分けたり、アウェーで勝ちきったり、後半戦はそういうゲームが多く、マイナスだったものをプラスにできたことが優勝につながったと思います。大きかったのは、チームが同じ方向を向いて戦い続けてくれて、負けてもそれがぶれることはなく、自分たちのサッカーを最初から最後まで貫き通せたことです。相手によって戦い方を変えているようでは1部で通用しないと思うので、自分たちのサッカーをどれだけ突き詰められるかにこだわってやってきました。こういう泥臭いサッカーが好きではない人も多いと思いますが、彼女たちのサッカーは一番美しかったと思います」
今季の成績は11勝4分3敗。18試合で得点数は「34」(リーグ2位)で、失点は「18」(5位)と、他チームを凌駕するような数字を残したわけではないが、試合ごとに課題を修正しながら着実に勝ち点を積み上げ、同じ相手に2度負けることはなかった。
選手の入れ替わりは毎年のようにあり、スタイルを確立するためのハードルは高かった。だが、その中でも、強度の高い守備や、縦に速く攻める戦い方を大切にしてきた。昨年取材した際に川邊監督は、共通点の多いスタイルで一足先に一部昇格を果たした伊賀FCくノ一三重へのリスペクトの言葉とともに、スフィーダのサッカーについてこう語っていた。
「ボールを取られない、ミスをしないサッカーではなく、ミスと付き合うサッカーです。ポゼッションにこだわっていないし、相手にボールを持たせて奪いに行くこともあります」(昨年9月)
継続による成長はもちろんだが、そのスタイルは個々の力量にも左右される。その点、昨年と今季の補強が実を結んだことも大きいだろう。昨年は各ポジションに大学出身の有望なルーキーが加入。チームの土台を安定させ、今季は1部で戦った経験を持つ奈良や瀬野、MF樫本芹菜といった即戦力に加え、強さと高さを兼ね備えたストライカーである堀江を2部のチームから獲得。補強についてシーズン前に、「技術も経験値もあり、自分たちが目指すサッカーを実現するために必要な選手たちにオファーを出して、来てもらいました」と語っていた言葉通り、新戦力の選手たちの能力も適材適所で生かされ、完成度は一気に高まった。
この最終戦では4-3-3のフォーメーションの中央にあたる瀬野と堀江が軸となり、攻守を安定させていた。2人はシーズンを通して5得点ずつ決めている。昨年、帝京平成大学から加入した大竹は今季から背番号10を背負い、全試合に先発。力強い突破でチーム最多の8ゴールを決め、守備でも貢献した。「決めるべき選手が決めれば勝てる」という自信は、チームに勢いを与えていたと川邊監督は振り返る。
フリーキックから大竹の2得点をアシストした奈良の左足のキックの精度も高く、34得点中12得点を占めたセットプレーや、ロングボールを生かしたダイナミックな攻撃は1部のチームに勝るとも劣らない迫力があった。
もちろん、スフィーダ世田谷FCユースからの生え抜き選手である長崎や戸田をはじめ、在籍2年目、3年目の選手たちの安定したパフォーマンスなくしてこのスタイルは成熟し得なかっただろう。
GKは“総力戦”だった。生え抜きの正GK石野妃芽佳が12節終了後に左膝前十字靭帯断裂で長期離脱を余儀なくされ、その後、ゴールを任された岸星美も15節で負傷交代となった。その後、代わってゴールマウスに立った野村が安定したパフォーマンスで16節からの3連勝に貢献した。
「自分たちが強いかもしれない」と思えるようになったのは、前節の首位決戦、オルカ戦で勝った後だったことを川邊監督は明かしている。「淡々と1週間ごとに準備をして、勝っても負けても試合に対する準備をして(試合に)臨んでいくだけでした」というように、勝敗や順位に一喜一憂している暇もなかったのだろう。
理想を追求しながら現実ともしっかりと向き合い、チャレンジャーとして立ち止まることなく駆け抜けた先に、歓喜の瞬間は待っていた。
【コロナ禍のチームを支えたもの】
スフィーダの活動は地元で選手の雇用先にもなっているスーパーマーケットの「サミット」やドラッグストアの「Tomod’s(トモズ)」をはじめ複数のスポンサー企業に支えられており、コロナ禍でも変わらないサポートがチームを後押しした。また、なでしこリーグの多くのクラブがそうであるように、スフィーダの試合運営は、多くのボランティアスタッフやユースの選手たちによって支えられている。スタンドをぐるりと囲うように掲げられた横断幕や応援グッズなど、手作りの温かさが感じられた。今季、ホームで6勝1分2敗と強さを見せた背景に、そうしたサポートの力があったことは想像に難くない。
川邊監督は、「選手や私たちスタッフがサッカーに集中させてもらえる環境を作ってくださり、選手たちもその人たちを喜ばせたいという一心で戦っていた部分もありました」と、感謝を込める。
優勝セレモニーの後には、原志帆の引退セレモニーが実施された。芝生席の観客も帰ることなく、優勝の喜びと、主将との名残惜しい別れを最後まで見守った。
スフィーダのチームカラーで青く染まったスタンドの一角は、原の背番号である「3」がプリントされた紙を掲げた。原は引退の言葉を述べた後、最後に感謝の気持ちをこう伝えた。
「毎試合、早くから会場設営をしてくださったボランティアスタッフの皆さんと下部組織の皆さん、どんな時も最後まで温かく背中を押し続け、スタンドを青色に染めてくださったファン・サポーターの皆さん。贅沢すぎるほどご支援をいただいたスポンサー企業の皆さん。最後まで私を待ち続けてくれたチームスタッフの皆さん。そして、『絶対に優勝トロフィーを掲げさせるからね』と私を待って、優勝を目指して練習に取り組んできてくれたチームメート、今まで、本当にありがとうございました」
2021年、女子プロリーグ「WEリーグ」が秋から開幕する。そのため、なでしこリーグは1部と2部の再編成が行われ、スフィーダは1部への昇格が濃厚となっている。新たな目標は、「アマチュアリーグ日本一」だ。その後、「WEリーグ(プロ)のチームに挑戦する」という目標も描いているという。
新たな形で再スタートを切る来季のなでしこリーグで、東京の街クラブはどのような可能性を見せてくれるだろう。そして11月末から始まる皇后杯でどんな活躍を見せてくれるか、期待は高まる。
※文中の写真はすべて筆者撮影