年末年始は古典を読もう。特に新訳本と京都学派から始めるといい。シリーズ:読書を習慣化する(その2)
読書術。前回は「なぜ今どき量子論や生命論が大切なのか」「時代の先を読むにはどういう本がいいのか」私の体験に沿ったお話しをした。シリーズ2回目の今回は「先の見えない今こそ古典を読もう」という話をしたい。
〇実用書だけでなく”実力書”(古典)も読もう
若いうちはどうしても実務書やベストセラーに目が向かう。仕事で必要な知識を急ごしらえで入手したり、時間もない。だが入門書、実務書は読みやすいが不思議と頭に残らない。後に残る、本当に身になる読書となるとやはり古典だ。
例えば中国への投資案件に関わることになったとする。解説本は山ほどある。だが「そもそも共産主義ってなんだっけ」という疑問も湧くだろう。ならばマルクスの『共産党宣言』やレーニンの『帝国主義論』を読もう。意外に短くて読めるし、光文社古典新訳文庫なら日本語もこなれていて読みやすい。
〇時代を動かしたパッションに触れられる
共産主義革命は、今どき現実的ではない。だが資本主義が人間疎外をもたらすメカニズムの洞察は鋭く、時代と空間を超えた普遍性がある。反グローバリゼーションやSDGsの考え方が出てくる背景でもある。もちろん共産主義や社会主義の解説本も多数ある。漫画もある。それに比べると原典の古典は時々難しい表現や時代背景を知らないと分からない箇所もある。だが我慢して飛ばしながらでも読むと時代を超えて著者のパッションが伝わってくる。何しろこの本を読んで革命に人生を捧げた人がいるのだ。そう思って読むと「なるほどマルクスやレーニンは当時の人にこう訴えかけていたのか」とイメージがわく。ひいては米中対立や香港問題を理解する助けになる。
〇古典は新訳で読もう
古典は当時の時代を動かした”実力書”である。ベストセラーどころではない。だから時代を超えて読み継がれ、生き残った。だから何種類もの日本語訳が出ているし、いまだに新訳も出ている。とりわけ光文社古典新訳文庫や中公クラシックスは読みやすくおすすめだ。古典は読んで「全く外れ」と思うことはめったにない。後に必ず何かが自分の中に残る。飛ばしながらでもいい、解説を読みながらでもよいのでとにかく読了してみるといい。
〇お勧めの古典
初心者にお勧めしたいのは中公クラシックス。まずは昭和初期に書かれた日本語のあまり古くない古典から読もう。このシリーズは1966年から1982年にかけ刊行された『世界の名著』『日本の名著』の改訂新版を軸に作られたものでAmazonの古書だと安い。面白いのは梅棹忠夫&湯川秀樹の対談『人間にとって科学とはなにか』、高坂正堯『海洋国家日本の構想』、宮崎市定『アジア史論』、内藤湖南『東洋文化史』などいわゆる京都学派の著作。ペダンチック(衒学的)な表現がなくそれでいて洞察が深くて読みやすい。
光文社古典新訳文庫の翻訳ものもいい。さきほどのレーニン『帝国主義論』、マルクスとエンゲルスの『共産党宣言』など。さらに中公クラシックスのオルテガ『大衆の反逆』、トクヴィル『アメリカにおけるデモクラシー』などがいい。それからさらにルソーやマックス・ウエーバー、ロック、ホッブズ。さらに時代をさかのぼり、ソクラテス、プラトン、アリストテレスなどに入るとアリストテレスと近代啓蒙思想の関係が分かる。
〇哲学書は要注意かも
なお哲学書は難しい。デカルトやキエルケゴール、ニーチェなどは抽象度が高く、うまい翻訳でも難解だ。時代背景を理解してもなお読み解きにくい。またキリスト教の理解が先にないと辛い。現代社会で何に使うかイメージが描けないので挫折の原因になりやすい。私は哲学書よりも時代を動かした社会思想書を先に読んできた。
〇難解な古典は著者の人物像と時代背景を読もう
但し、社会思想の古典でもまるで法律や百科事典のように退屈なものもある。一番退屈だったのはアダムスミスの『国富論』だ。当時の人にとって分業や拡大再生産の考え方は新鮮だっただろう。だが現代に生きる我々(”資本主義ネーティブ”)にとっては何ら新しくない。まるで自転車の乗り方のマニュアルを時間をかけて読んでいるようにつまらない。二番目に退屈なのはモンテスキューの『法の精神』。まるで日本国憲法そのもので新しさはほぼゼロだ(よく似ているということを発見した意味はあるが)。
これに比べるとルソーやマキャベリは面白い。ルソーは懸賞論文で一旗揚げようとしていたし、マキャベリも著書をスポンサー獲得に使っていた。どちらも”営業”が入っていてなかなか読ませる筆致だ。
このように時代背景や本人の境遇を理解すると古典は深く読める。
なお清水書院の『人と思想シリーズ』を併読すると役に立つ。主な著者それぞれについて一冊ずつ出ている。これと古典を併読すると名著が当時どういう意図で書かれたか、大思想家も実は師匠やライバルを意識しながら執筆していたという裏話などが分かって面白い。また古典とフランス革命の関係など世界史と重ねてそれぞれの本が位置づけられ、知識が定着しやすい。
先述の中公クラシックスシリーズにも解説文がついている。それを読んでから本文を読むと分かりやすい。例えばトクヴィル『アメリカにおけるデモクラシー』は、若いフランス貴族がアメリカを旅して驚いた感動をもとに書かれた。こうした背景を意識すると著者が等身大の身近な存在に感じられる。自分自身が初めてアメリカを旅し、暮らした時の体験と重ねると時代を超えてまるで著者と友達で一緒に旅しているような感覚になるから不思議だ。
(予告:次の第3回は「線を引く意味」「読書メモは取るのか」「電子書籍か紙の本か」「電子ブックの機材選び」などの方法論について。12月28日朝6時から有料版で公開です)