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俳優が年齢を明かさないことを可能にした“IMDb法”は、ハリウッドの年齢差別を無くせるか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「007 スペクター」で主演俳優と相手役女優の年齢差は17歳(写真:ロイター/アフロ)

日本で職を探す時、履歴書に必ず入れなければいけないものは何だろうか。おそらく、生年月日と、顔写真だろう。

しかし、アメリカでは、このふたつは絶対に履歴書には入れない。面接官は、面接で年齢を聞くこともできない。ルックスや年齢を基準に雇用を決めることは違法であり、訴訟されてしまうからである。(ついでにいうならば、応募者に既婚か未婚かを聞くことも許されない)。

俳優の場合、ルックスで役が取れるかどうかが判断されるのは、しかたがないことだ。脚本で、「すごく太った20代の女性」となっている役を、痩せた50代の女性にやらせるわけにはいかない。しかし、見た目がその役の範疇に入るのであれば、正確な年齢がいくつであるかは、かまわないはずだ。それでも、IMDbをはじめとする、映画関係のウェブサイトには俳優の生年月日が掲載されているため、キャスティングディレクターに実年齢を知られてしまい、役を取れるチャンスが減ると、多くの俳優は不満の声を上げていた。

そしてついに、先月、カリフォルニアで、いわゆる“IMDb法”が成立したのである。この新しい州法のもと、IMDb Proをはじめとする、雇用の機会も提供するエンタテインメント業界サイトは、俳優本人からリクエストがあれば、年齢や誕生日の表記を削除しなければならなくなった。

この勝利を獲得したのは、俳優組合SAG-AFTRA(2012年、映画俳優組合SAGとテレビ俳優組合AFTRAと合併し、正式名称はSAG-AFTRAとなっている)。法の成立を受けて、SAG-AFTRAのプレジデント、ガブリエル・カーテリスは、組合のサイトで、「年齢差別は、この業界における大きな問題です。IMDbのような、キャスティングに利用される会員制のサイトに年齢が発表されることで、俳優がキャリアにダメージを受けている事実をなんとかしようと、SAG-AFTRAは、長年闘ってきました。現在、これらのウェブサイトの多くは俳優の年齢や誕生日を表記しており、キャスティングを決める人の目に、どうしても入ってしまう状態です。それは、ほかの(どの業界の)人たちにとっても間違っていること。俳優を職業にする人たちにとっても、そうです」と述べている。

カーテリスはまた、「L.A.TIMES」へのインタビューで、自らの経験も明かしている。1990年に放映開始した「ビバリーヒルズ高校白書」のアンドレア役を得てブレイクした時、彼女は29歳だった。オーディションで彼女は自分の年齢を明かさなかったが、後になって実年齢がわかった時、「そうだったの?君の年齢をその時僕らが知らなかったのは、君にとってラッキーだったね」と言われたと、カーテリスは振り返っている。29歳が高校生を演じようとしているとわかっていれば、彼女は最初からチャンスをもらえなかったかもしれなかったのだ。

IMDbの年齢表示については、2011年にも、ある無名女優が訴訟をし、2013年、敗訴している。彼女は、IMDb Proに会員として加入するためにクレジットカード番号を登録したところ、自動的に、生年月日が自分の俳優としてのページに表示されてしまい、そのせいでもらえたかもしれない仕事をもらえなかったと訴えていた。彼女は当初匿名で訴えていたが、裁判所から名前を明らかにするように命じられ、正体を明かすことになっている。

そこまでしたが、彼女は負けた。そう考えれば、この法の成立は快挙だが、実際の有効性については、疑問の声も聞かれる。何よりもまず、対象が、会員制のサイトのみということ。IMDb Proは有料の会員制サイトだが、普通のIMDbは無料で、誰でも見られるため、対象とならない。ウィキペディアやPeople、Varietyなども同様である。つまり、IMDbが、Proのほうから年齢をはずしたとしても、もともとより多くの人は普通のIMDbのほうを見ているのだし、キャスティングディレクターも、そちらを見ればいいだけのことだ。さらに、これはカリフォルニアだけにおける法律。キャスティングディレクターはニューヨークやロンドンにもいるが、彼らには関係がない。

もっと大きな問題は、ハリウッドに昔から根強く存在する、女性に対する年齢差別だ。ハリソン・フォード(74)、シルベスタ・スタローン(70)、アーノルド・シュワルツェネッガー(69)などが、まだまだ大作映画の主役を張れるのに対し、女優は昔から「40になったらキャリアは終わり」と言われ、実際、その年齢を過ぎても大活躍しているのは、ごくひと握りにすぎない。主演男優の相手役の女優が極端に若いというケースも、あいかわらず多く見られる。18年前、「6デイズ/7ナイツ」でフォードの相手役に27歳年下のアン・ヘッシュが選ばれた時、一部からかなりバッシングがあったが、最近でも、「ウルフ・オブ・ウォールストリート」で、レオナルド・ディカプリオ(現在41歳)の妻をマーゴット・ロビー(現在26歳)が演じている。オリヴィア・ワイルド(現在32歳)もこの役を欲しがったが、「歳を取りすぎている」と拒否されたと、ワイルドはインタビューで語っている。ほかにも「テッド」のマーク・ウォルバーグ(現在45歳)の相手役を、幼ななじみという設定なのに10歳以上若いミラ・クニス(現在33歳)が演じたし、「テッド2」でも、彼のお相手役はアマンダ・セイフライド(現在30歳)だった。 「アメリカン・ハッスル」で、クリスチャン・ベール(現在42歳)の妻役にジェニファー・ローレンス(現在26歳)が選ばれた時は、さすがにベールも、「歳が違いすぎるのではないか」と意見をしたと振り返っている(しかし、結局そのキャスティングは通り、映画は成功した)。最新の「007」でも、ダニエル・クレイグ(現在48歳)演じるジェームズ・ボンドの恋のお相手は、レア・セドゥ(現在31歳)である。

問題の根底にあるのは、今年前半大きな論議を呼んだ“白すぎるオスカー”と同じで、映画のゴーサインを出す立場にいる人たちが、圧倒的に白人またはユダヤ人の男性であることだ。彼らは、自分と同じような男性が今もばりばり活躍するのを見たいと思い、そのお相手には、若くてかわいい女の子を与えてあげたいと思う。その価値観が貫かれる限り、小手先のことをしても、抜本的な解決にはならないだろう。それでも、問題提起をして、実際に法律を変えてみせたSAG-AFTRAの努力は、無意味ではないと思いたい。こういった行動のひとつひとつは、少しずつでも、人々の意識に影響を与えていくと思うからだ。

ハリウッドの年齢差別は、俳優だけでなく、脚本家にもある。若いほうが新鮮なものを持ち込むという思い込みがあるのだ。SAG-AFTRA同様、脚本家組合(WGA)も行動を起こすべきだとの声も聞かれる。脚本家の年齢も、一部はIMDbに上がっているが、今回の法律で脚本家は対象外である。今後、WGAがなんらかの行動に出ていくかどうかも、注目される。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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