ソフビ特許に関する炎上事件について[追記:権利放棄により解決しました]
知財関係の炎上事件が続きます。今回は商標ではなく、ソフビ人形のパーツ取り付け手法の特許に関するものです。
問題の特許は7336810号です。権利者は個人の方です。出願日は2022年12月18日、登録日は2023年8月24日、発明の名称は「キャラクター人形」です。
アイデアを大雑把に説明すると、ソフビ人形など内部が中空になっている人形の内部に磁石片を入れ、外側につけるパーツ(リボン、帽子等)にも磁石片(または金属片)を取り付けて、内部の磁石片と吸着させ、フィギュアの表面上での取り付け位置をスライド移動できる(たとえば、リボンの位置を変えられる)というアイデアです。
発明者(権利者)自身のX(ツイッター)のポストに動画が公開されていますので、それを見るとわかりやすいと思います。
これに対して、X(ツイッター)で、ソフビのホビーストの方々を中心に、これはずっと昔から使われていたテクニックであり、それを特許化するとはひどいということで炎上が起こりつつあるようです。さらに、権利者(発明者)が(おそらくは専門家の助言なしに)「お気持ち表明」ツイートをしたことで、火に油を注ぐ状況になっています。以前の記事で、法律関係でもめている時に、当事者が専門家の助言なしに勝手に意見を公表することは悪手と書きましたが、まさに、そのケースです。
特許を取るためには新規性・進歩性という条件があります。出願時点(このケースでは2022年12月18日)で、このアイデアが世の中に知られていたのであれば、このアイデアは特許化できません(発明者が自分自身で発明したが既存のアイデアと偶然に一致した場合でも特許化できません)。しかし、特許庁の審査において、世界中のあらゆる文献をチェックすることはできませんので、新規性・進歩性がないアイデアが見落としにより特許化されてしまうことはあります。このような場合でも事後的に特許を取消・無効にすることは可能です。
審査段階である程度の漏れがあることは前提として、必要があれば、異議申立または無効審判をしてくださいというのが特許制度の基本的考え方です。
今回のケースで言えば、このアイデアは新規性がないので特許は取り消されるべきと考える人は粛々と異議申立を請求して特許権を取り消せばよいことになります(異議申立期間は2024年2月24日までです、それ以降であれば無効審判が請求可能です)。
なお、「パーツ取付けに磁石を使うなんて当たり前」と炎上している人がいるようですが、磁石を使うこと自体が特許化された訳ではないので関係ありません。人形の中の磁石片と外部に取付けられたパーツが吸着した状態でスライド移動できるというアイデアが知られていたことを示す必要があります。
異議申立には証拠が必要です。同じアイデアが記載された特許公報(海外のものでも可)があればベストですが、出版物やウェブ記事等でも大丈夫です。ウェブ情報の場合は、Artchive.orgやウェブ魚拓等で日付が2022年12月18日であることを立証できることが好ましいです。他にどうしようもない場合には証人による供述でも可能です。
異議申立の費用は弁理士に依頼して印紙代を含めて30万円くらいだと思います(個人で行うのはちょっと無理だと思います)。こんなめんどくさいことが起きるのなら特許制度なんてない方が良いと考える方がいるかもしれません。すべての人が正直者である世界であれば、それでもよいのかもしれませんが、特許制度がなければ、真のイノベーターが産み出した発明品が海外からの安価なパチモンで市場から駆逐されてしまったりすることになるのでそういうわけにもいきません。
追記:この記事公開後に権利者(発明者)の方が特許権を放棄する意向を表明されました。ゆえに、異議申立を行うまでもなくこの問題は解決です。今後、別の誰かが同じアイデアを出願しても、特許公報として公開されてしまっていることから、確実に拒絶になります(第三者に権利を取られないように誰かが権利を維持しておかなければならない商標の場合とは異なります)。今回は、他人の発明の盗用というわけではなく、発明者が自分で考え出したアイデアのようですし、すぐに見つかる先行文献もなかったようなので悪質性はまったくなかったと言えるでしょう(他の商標の勝手出願事件とは性質が異なります)。