『TENET テネット』の次はこれ。ナチスと個人の戦いが現代人を鼓舞する秋映画2選
ナチスという共通のテーマで観客を魅了する2本の映画
コロナ禍の不安を払拭するように全世界で相次いで公開された『TENETテネット』が、9月27日の時点で全米興収340万ドルに到達。世界興収も2億8000万ドルを超え、日本国内でも興収12億円を突破した。洋画ファンとしては嬉しい限りだが、季節はそろそろ秋本番。10月は幸運にも『TENETテネット』の次に観るべき秀作の公開が目白押しだ。そこで、今月お薦めしたい秋映画2本を紹介したいと思う。2作品にはナチスという共通のテーマがあり、運命を翻弄される人間のドラマが濃く熱く綴られる。観客は客席に身を沈めた途端、解説が必要ない物語の魅力に引き込まれるのだ。これも映画の醍醐味である。
ここ数年、ナチスやヒトラーを扱った映画が多い理由
そもそも、近年ナチスやヒトラーを扱った映画が数多く公開されている理由はなんだろう。ざっと挙げてみよう。2015年には、ヒトラー暗殺未遂事件の真相をドイツ映画が初めて描いた『ヒトラー暗殺、13分の誤算』(15/ドイツ)、ナチスによって奪われたクリムトの名画を巡って持ち主の遺族と国家が法廷で対決する『黄金のアデーレ、名画の帰還』(15/米英合作)をはじめ計5本が、2016年には、ヒトラーが現代に蘇り、モノマネ芸人として大スターになる『帰ってきたヒトラー』(15/ドイツ)、ナチスに家族を殺された男が復讐の旅に出る『手紙は憶えている』(15/ドイツ・カナダ合作)など、計6本が、2017年には、第二次大戦後、ナチスの戦犯アドルフ・アイヒマンをドイツ人の検事長が追い詰めていく『アイヒマンを追え! ナチスが最も畏れた男』(15/ドイツ)や、ペンと葉書を武器にナチスに抵抗したドイツ人夫婦の闘いを綴る『ヒトラーへの285枚の手紙』(16/ドイツ・イギリス・フランス合作)など、計6本が(主人公がナチスと戦う『ワンダーウーマン』を入れたら7本)、そして、2018年には、終戦まで生き延びた約1500人のユダヤ人の実話に基づく『ヒトラーを欺いた黄色い星』(17/ドイツ)が、2019年には、大戦末期、部隊を脱走したドイツ人兵士が拾った軍服をまとって大尉になりすます『ちいさな独裁者』(17/ドイツ・フランス・ポーランド合作)が、そして、2020の1月には空想上でヒトラーと対話する少年が戦争の現実を垣間見る『ジョジョ・ラビット』(19/アメリカ)が、立て続けに公開されている。
ナチスを扱った映画が量産される背景には、戦後70年が経過し、ドイツ国内でもようやくナチスやヒトラーが自国の歴史として認識されるようになったことがあると聞く。上に挙げたほとんどの映画の製作に当事者のドイツが絡んでいるのはそのためだろう。しかし、何よりも、不幸な時代を生き抜こうとした人間の剥き出しの本能が映画製作者たちの創作意欲を掻き立て、結果、平時には体験できない感動の物語が生まれるのだと思う。10月に公開される2本はまさにそんな作品だ。
その1 ナチスとアートが対決する『ある画家の数奇な運命』
まず、『ある画家の数奇な運命』は2018年製作のドイツ映画。ナチス政権下のドイツに生まれた1人の青年が、戦中から戦後にかけて芸術家としていかに生き抜いたかを綴る事実の映画化だ。本作の注目ポイントは、大戦下のドイツで精神疾患を持つ患者や障害者に対する安楽死政策が行われていたという衝撃の事実だろう。そして、そんな酷い政策の犠牲になった最愛の叔母から受け継いだ独特の感性を武器に、戦後、成長した主人公がアートの世界で頭角を現していくサクセスストーリーは、自由とは人間の尊厳そのものであり、それは、どんな過酷な時代にも屈しない強さの象徴だと教えてくれる。戦時下のドイツに始まり、やがて、東西に分断された東ドイツから西ドイツへと転じて行く目まぐるしい舞台転換、主人公が叔母を死に追いやった宿敵と運命的な再会を果たすサスペンス映画並みにドキドキする展開、自分自身を表現するアートの真髄、等々、すべてが映画の中に等しく配置されていて、3時間を超える上映時間はあっという間。監督はナチス政権下の秘密警察局員が、反体制派の部屋から聞こえてくるソナタに心を奪われるキャリア初の長編映画『善き人のためのソナタ』(06)で、アカデミー外国語映画賞ほか、多くの映画賞に輝いたフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク。今回も芸術が人間にもたらす救済を描いてドナースマルクの演出は秀逸だ。
主人公クルトのモデルはドイツが生んだ最高のアーティストと言われるゲルハルト・リヒターである。リヒターの著書や伝記に魅了されたドナースマルクが、本人におよそ1か月取材して書き上げた脚本は、どこまでが事実で、どこからが脚色なのかは伏せられている。それは、映画化を許可する上でリヒターがドナースマルクに提示した条件の一つだったという。ドナースマルクはリヒターの条件を呑み、それが、結果的に一方的に受け取るだけではない想像する愉しみ、つまり映画の愉しみを観客に与えていることは言うまでもない。
その2 ナチスにサッカーが絡む『キーパー ある兵士の奇跡』
もう1本の『キーパー ある兵士の奇跡』は2018年製作のイギリス・ドイツ合作映画。テーマはアートから一転してサッカーだ。第二次大戦で連合軍の捕虜となり、イギリスの収容所に送られたナチスの青年兵士が、終戦後、サッカー選手としてかつて敵対していたドイツとイギリスの懸け橋になる。これも事実の映画化だ。
収容所でサッカーをしていた時に地元チームの監督に見出され、終戦後もチームに残ってイギリスのためにゴールキーパーとしてプレーしたバート・トラウトマンが主人公のモデルである。トラウトマンは外国人として初めて年間最優秀選手に選ばれ、その後、ドイツで戦功があった軍人に贈られる鉄十字勲章と大英帝国勲章を授与された唯一の人物として記録される人物だ。映画は華々しい個人史の陰で、いかにトラウトマンが元ナチスのサッカー選手に対するイギリス国民の怒号や差別に耐え、家族の助けによって再生できたかを、やはり虚実交えてドラマチックに再現して行く。トラウトマンを常にナチス時代へと引き戻す苦い記憶を起点に、戦争がどれだけ人間を苦しめ、人々を分断するかを観客に訴えかけるマルクス・H・ローゼンミュラー監督の演出が、フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクに負けず劣らず秀逸だ。事実と脚色の配分に関して、この2作はどちらも巧くやっていると思う。また、『ある画家の数奇な運命』も『キーパー ある兵士の奇跡』も、邦題に若干難はあるものの、主演のトム・シリング(クルト)とデヴィッド・クロス(トラウトマン)がとても魅力的で、観客のシンパシーを一瞬にしてゲットしてしまうのは間違いない。
ドイツ国内の状況の変化、ナチス時代が物語に与える劇的な効果。それ以外にもう一つこのジャンルが必要とされる理由は、世界中の人々が今、政治に対して漠然と抱いている不信感を、これらの映画がひととき払拭してくれるからではないだろうか。まさに映画は時代を映す鏡。秋が深まる前に、是非ご覧頂きたい。
『ある画家の数奇な運命』
10月2日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
(C) 2018 PERGAMON FILM GMBH & CO. KG / WIEDEMANN & BERG FILM GMBH & CO. KG
『キーパー ある兵士の奇跡』
10月23日(金)、新宿ピカデリーほか全国公開
(C) 2018 Lieblingsfilm & Zephyr Films Trautmann