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猛威を振るう豚コレラに対して、今、消費者ができることは?

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
外国で生産された食肉加工品を安易に(許可なく)国内に持ち込んではならない。(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

■豚コレラはヒトには感染しない

 日本ではもう10年以上(2007年以来)発生していなかった豚(トン)コレラが、ほぼ1年前(2018年9月9日)に岐阜県で発生した。その後の1年間(2019年8月末日)で38事例が発生し、約13万3千頭のブタが殺処分されている。

 管轄組織(農林水産省等)や現場(養豚場、と畜場等)では大問題(というよりも死活問題)となっているのだが、消費者にはイマイチその重大性が浸透しておらず、どこか他人事のように受け取られている。豚コレラ問題は、内容が多岐にわたってかなり複雑なのだが、ここでは「事業者に関わる問題」は専門家に任せ、「消費者にとってはどういう影響があるのか」「消費者には何ができるのか」に絞ってお伝えしたい。

 まず豚コレラという病気そのものについてザッとおさらいしておこう。豚コレラはブタとイノシシだけがかかるウイルス性の感染症。感染症なので、次々ときわめて多くのブタに伝染する。ウイルスの種類によって、感染力が強かったり弱かったり、病状が重篤だったりそうでもなかったりと、いろいろのパターンがあるのだが、最終的には感染したブタは死に至る。

 そのため、1頭でもその兆候が見られたら即座に診断し、豚コレラだということが確認されればその農場のブタは速やかに殺処分しなくてはならない。頭数が少なければ焼却処分することもあるが、多くのケースでは殺処分するブタの頭数が多いので焼却では間に合わず、埋却処分(土に埋める)することになる。

 ブタ(とイノシシ)にとっては致命的な病気であるが、豚コレラウイルスがヒトと接触しても、ヒトは豚コレラにはかからない豚コレラはヒトには感染しないということが確認されているので、安心していい。

■豚コレラの豚肉を食べても病気にはならない

 一方で「食品としての安全性」も気になるところだ。豚コレラに感染している豚の肉を食べても危険はないのだろうか? これは結論を先に紹介するほうがいいだろうが、豚コレラの豚肉を食べてもヒトの健康は害しない。その前に、豚コレラに感染した豚の肉が市場流通したり・販売されたり・外食店で使われたりするようなことはない。もし、食肉店や外食店で「当店では豚コレラの豚肉は使用していません」などという断り書きがしてあったら、それは消費者に「優良誤認を与える」ことになるので、取り締まりの対象となる。

 基本的には、ウイルスは特定の生物の中で活動をするので、他の種類の生物には感染しない。これがO-157などの細菌(大腸菌)などとの決定的な違い。O-157はウシの体内でもヒトの体内でも生息するので、牛肉(加熱の不十分な牛肉)を食べることによってヒトの健康を害する。

 また、特殊な例として、不適切なエサを食べたウシの特定部分を食べることによってプリオンという特殊なタンパク質を摂取すると、ヒトに重大な健康障害を生じるBSEという感染症もあった(現在ではBSEの心配はほぼなくなった)。そのため、消費者は健康でない動物の肉を食べることに不安を感じている。

 ウイルスの場合はこのような心配はないのだが、消費者の不安を取り除く意味から、豚コレラの肉を流通・販売・消費することを禁じてある。しかし、その可能性(豚コレラの肉が消費者の口に入る可能性)がまったくないわけではない。たとえば、感染直後でまだ症状がまったく出てない(そしてその農場がまだ感染認定されてない段階の)豚の肉が流通するケースがゼロとはいえない。あるいは、野生のイノシシで、豚コレラに感染していても症状が出ないうちにワナにかかって「ジビエ料理」などで食べられるケースがあるかもしれない。仮にそのようなことがあっても、豚コレラの肉を食べたからといって、ヒトの健康を害する心配はないので、こちらも安心していい。

■なぜ予防ワクチンを接種しないのか?

 とはいっても、猛威を振るっている日本の豚コレラは収束するのだろうか? 消費者とは直接の関係は深くないのだが、事業者(と農林水産省)にとってはこちらのほうが重大問題である。じつは、豚コレラは治療の方法がわかってない。豚コレラに感染してしまったブタは治療できないし、感染源となってしまうので、殺処分するしか方法がない。ただ、ワクチンによる予防はできる。

 それであれば、速やかに予防ワクチンによる収束をはかればよさそうなものである。現場(すでに豚コレラが発生してしまっている農場など)の当事者の中には、「いま予防ワクチン接種に取り組まないと、手遅れとなって被害甚大な事態を招く」と強く主張する人もある。逆に、予防ワクチンを打つと「豚肉が危険」だという風評被害が広がったり、豚肉の価格が下がったりすることを心配する事業者もあり、コトはそう簡単にはいかないようだ。

 予防措置としては予防ワクチンの接種が最も確実といわれているのだが、ワクチン接種にはデメリットもあり、農林水産省では「なかなか踏み切れないでいる」というのが現状のようだ。農林水産省消費・安全局動物衛生課家畜防疫対策室長の山野淳一氏は

「ワクチンを接種したすべてのブタが充分な免疫(抗体ができて病気に感染しなくなる能力)を得るとは限りません。また、ワクチン接種をした農場に豚コレラが侵入した場合に、ブタが病状を示さないケースも考えられます。そうすると、豚コレラの発見が遅れてしまい、最悪のケースでは感染したブタやその豚肉が他の地区に移動して、ウイルスを拡散させてしまうことも考えられます。また、ワクチン接種をする地区を狭く限定するのか・広域に接種するのかなど、技術的にも課題がたくさんあります。

 現時点では、豚コレラが発生した農場の完全な消毒、感染ブタの殺処分や豚肉の移動や搬出の禁止、人や車などによってウイルスが持ち込まれることの徹底的な予防、さらには野生のイノシシへの経口ワクチン投与、あるいは、野生イノシシ(他の野生動物も含めて)の養豚場への侵入の防止など、いわゆるバイオセキュリティを強化することによる対策を行なっています」

との基本方針を示している。

 予防ワクチン接種の可否については清浄国認定とその影響など、複雑な事情が絡んでくるのだが、消費者にとっては深く関係しないこともあるので、ここでは詳細な解説を省く(ご要望が多ければまたの機会にレポートするつもり)。

■消費者が感染源となることは厳禁!

 豚コレラが発生してから約1年、その間に殺処分されたブタが13万頭以上になるのだが、豚肉の需給関係はどうなっているのだろうか? 消費者の口に入らなくなるような心配や、価格が高騰するような心配はないのだろうか?

 今年2月現在のブタの飼養頭数(家畜として飼われているブタの数)は約915万頭(『畜産統計』)であり、年間の食肉用ブタの流通量は約1600万頭なので、13万頭はその1%程度。現状のままであれば、豚肉が不足したり価格が急激に高騰したりする心配はないようだ。前出の山野氏は「これ以上の豚コレラ拡大を防ぎ、収束を早めるためにも、消費者にはウイルスを運んだり、間違っても農場や豚舎に持ち込んだりしないように気をつけてほしい」と注意喚起する。

 ヒトは仮に豚コレラに感染していてもまったく症状がないために、「悪気なし」でウイルス感染を助長してしまう危険性もある。野生イノシシが生息する地域に(レジャーなどで)行った場合には、不用意に養豚農場などに近づかないようにしなくてはならない。

 さらに注意しなくてはならないことは海外からの獣肉類の持ち込みだ。禁止されているので生肉を持ち込む人はいないであろうが、ハム・ソーセージなどの食肉加工品(こちらも持ち込みは禁止されている)をお土産などで日本国内に持ち込む旅行者が少なくない。もちろん検疫でチェックされるのだが、それをすり抜けるケースもある。

 また、外国人の旅行者が(中国などから)自分たちが日本で食べるために「お弁当」として持ち込むケース(もちろん禁止)もある。食べきれずに残飯として捨てたりした豚肉(料理)をネズミやカラスが食べ、さらにイノシシに感染するケースも考えられる。10年前にはまったく存在しなかった豚コレラが日本国内に侵入したのは、これが原因ではないかと、強く推測されている。

 山野氏によると、現在、最も恐れているのは、じつは、アフリカ豚コレラの流行だという。アフリカ豚コレラは、豚コレラという名前はついているが、現在日本で見られる豚コレラとはまったく違うブタの感染症である。昨年中国で発生、現在アジアで猛威を振るっている。

 アフリカ豚コレラは(現時点では)治療できないだけではなく、予防ワクチンも開発されてない。そのため、世界中で猛烈な勢いで感染を広げているのだという。「もし、アフリカ豚コレラが日本に持ち込まれたら、日本の養豚業は“ひとたまりもない”のではないでしょうか。それこそ、食肉用の豚肉が不足することとか、豚肉関連食品の高騰も心配です」と山野氏は懸念する。

 万が一にもそういうことの起こらないように、“軽い気持ちで”ソーセージやハムなどを国内に持ち込むことのないように、厳に慎まなければならない。

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

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