ロシア軍のA-50メインステイ早期警戒機を撃墜という激震、幾つかの攻撃方法の説
1月14日、ウクライナ軍が衝撃的な戦果を発表しました。ロシア軍のA-50メインステイ早期警戒機の撃墜、そしてIl-20MクートB空中指揮機の撃破です。ロシア側は公式にはまだ喪失を認めていませんが、Il-20Mが尾翼を穴だらけにされながらかろうじて基地に戻って来た写真が流出しています。そして1月17日にイギリス国防省は「A-50はほぼ確実に爆発しアゾフ海の西方で墜落した」と評価しました。
ウクライナ空軍司令部の報告
事実ならば現状のロシア空軍で9機しか稼働していないとされる貴重なA-50早期警戒機を戦闘で失ってしまったことになります。早期警戒機は1機数百億円の製造費用が掛かる重要な機材で、一つの兵器の喪失としては開戦初期にロシア海軍が黒海艦隊旗艦巡洋艦「モスクワ」をネプチューン対艦ミサイルで撃沈されたことに次ぐ衝撃となるでしょう。
これはロシア軍にとっても衝撃ですが世界中の軍事関係者にとっても非常に大きな衝撃です。戦争中に早期警戒機が撃墜されたのはこれが史上初の出来事なのです。1969年4月15日にアメリカ海軍のEC-121Mワーニングスター早期警戒機が北朝鮮空軍のMiG-21戦闘機に撃墜された事件はありますが、こちらは平時の奇襲攻撃による不意打ちであり、しかも早期警戒任務(AEW)ではなく電波信号情報収集任務(SIGINT)に出ていた時の出来事なので、前例にはなりません。
最大の謎なのはアゾフ海の上空で撃墜されたという点です。アゾフ海の沿岸周辺はロシアが占領しており、最短でも沿岸から約120km先が前線です。A-50もIl-20Mも敵の攻撃圏内を飛ぶような機体ではありません。ウクライナ軍は一体どうやって安全圏内に居る筈の空中高価値目標を撃墜できたのか、詳しい方法は未公表です。
- パトリオット防空システムのPAC-2地対空ミサイル ※射程160km
- S-200防空システムを現役復帰させた可能性 ※射程300km
- 戦闘機の空対空ミサイル ※非ステルス機では侵入が困難
- 戦闘機の対レーダーミサイル ※本来は対地用
- ロシア軍の誤射説
考えられる撃墜方法としては地対空ミサイルによる長距離射撃と戦闘機で乗り込んで狙いに行く方法ですが、どれも決定的な根拠がありません。英王立防衛安全保障研究所(RUSI)の航空戦専門家ジャスティン・ブロンク氏はIl-20空中指揮機の被弾状況(近接爆破)からパトリオットPAC-2が使用された説を唱えています。
パトリオット説
パトリオット防空システムのPAC-2地対空ミサイルの射程は160kmとされています。ただしこの公称値は160km(100マイル)というキリの良い数値から実際の性能であるかは不明で、条件次第でもっと飛べる可能性はあります。防空システムは高速の弾道ミサイルが相手だと有効射程が短くなり、低速の大型航空機が相手だと有効射程が長くなる傾向があります。
仮にPAC-2地対空ミサイルの射程が160kmとした場合、最前線まで前進すればアゾフ海の上空の一部を射程圏内に収めることが可能です。しかし現実には敵の野砲の射程圏内に狙われやすい大型の防空システムを布陣するのは大変に危険な行為でおいそれとはできません。最低でも前線から数十kmは後方に置かなければならないでしょう。するとアゾフ海の上空は沿岸付近が射程の限界線上となり、都合よくそこを目標が飛んでくれるとは限りません。
ロシア側もPAC-2地対空ミサイルの射程を意識している筈で、特に2023年5月にウクライナ北部からロシア領ブリャンスク上空へパトリオットが長距離越境射撃していたことが判明しており、危険性は既に理解している筈です。A-50早期警戒機のような高価な機材は不用意に前線付近を飛ばせたりしないと考えるのが自然ですが、油断していてうっかり近い位置にA-50を飛行させてしまったり、あるいはPAC-2の実際の有効射程がロシア軍が想定したよりも長かった場合に、撃墜が成功する可能性があります。
S-200説
S-200防空システムは射程300kmもありますがソ連時代の古い兵器で、大型爆撃機を目標とした迎撃ミサイルは鈍重であり機動性が低く、軽快な小型戦闘機が相手だと命中率が悪く期待できなかったため、ウクライナ軍では2013年に現役を引退しています。
ただし未解体で保管中だったS-200用の迎撃ミサイルを弾道ミサイルに改造して地対地攻撃用としてロシアーウクライナ戦争に投入中です。もしS-200のレーダーや指揮装置などのシステムの機材をまだ残しているか、あるいは他国(ポーランドなど)から秘密裏に供与されていれば、S-200を防空システムとして復帰させることが可能です。
前述のようにS-200防空システムは対空兵器としては時代遅れで、軽快な戦闘機や小さな巡航ミサイル・自爆ドローンを相手にした場合はあまり役に立ちません。ですが鈍重な大型機であるA-50メインステイ早期警戒機が相手なら、命中が期待できます。射程300kmもあるのでアゾフ海の上空の大半を狙うことが可能です。
もしウクライナ軍にS-200防空システムがこっそり現役復帰しておりロシア軍が気付いていなかったなら、A-50早期警戒機が不意打ちを受けてしまったという可能性は考えられます。しかし証拠は何一つ無い仮定の話になります。
戦闘機の空対空ミサイル説
ロシア-ウクライナ戦争はお互いの地対空ミサイルの脅威のせいで戦闘機が活発に活動できず、航空優勢を確保しきれない状況が続いています。この状況でウクライナ軍の戦闘機が敵勢力範囲に数十kmから100km近く侵入し、A-50早期警戒機を捕捉して撃墜して帰って来るという作戦は非現実的です。ステルス戦闘機なら可能かもしれませんがウクライナ軍には供与されていませんし、NATOのステルス戦闘機がこっそり参戦という可能性も考えられません。
もし仮に通常の戦闘機でそのような作戦をすれば直ぐに気付かれて大騒ぎになっている筈です。地対空ミサイルや戦闘機を投じて派手な迎撃戦となれば隠しようがありません。ところがこれまでそのような報告が何処からもありません。
戦闘機の対レーダーミサイル説
戦闘機に搭載するAGM-88対レーダーミサイルのE型「AARGM」はパッシブレーダーの他に終末誘導用のミリ波アクティブレーダーを搭載しているので、中間誘導をパッシブレーダーで行いA-50早期警戒機の発する電波を辿っていって最終的にアクティブレーダーで狙えないかという説がありますが、本来は地上固定レーダー狙いの装備であり、空中を高速で移動する目標が相手では可能性は低いでしょう。
AARGMの終末誘導用のミリ波アクティブレーダーは地上固定レーダーを狙うのが前提で視野は狭く、レーザー近接信管は対地目標が前提なので窓は下面に一対しかなく、空中目標は考えられていません。
また対地攻撃用の対レーダーミサイルの射程150kmという数字は、空中目標に対して同じ数字が適用できるとは思いません。より接近してより高い高度から下に撃ち下ろして到達できるかどうか、そしてそこまでやって設計の想定に無い空中目標に当たるかどうか分からない。それならば普通の空対空ミサイルで狙った方がまだマシなのではと思います。
ロシア軍の誤射説
ロシア側の軍事ブロガーや独立メディアなどで主張されている説が味方撃ちの誤射説です。アゾフ海の上空という安全圏と思われていた場所での撃墜を無理なく説明することができますが、しかし最前線でもない場所で味方機を誤射するというのは余計に大失態となってしまいます。
果たしてA-50メインステイ早期警戒機の喪失の真相は一体どういったものだったのでしょうか? おそらく喪失そのものは事実です。ロシア軍による運用ミスによるものなのか、それとも早期警戒機は現代の戦場では脆弱な存在となってしまったのか。後者ならばこの事件の影響は世界中の軍隊に波及する可能性があります。
開戦初期の巡洋艦モスクワ撃沈はその大戦果に驚きはしましたが、対艦ミサイルを被弾したならそうなるだろうという点では直ぐに納得のできる戦例ではありました。しかしA-50メインステイ早期警戒機の撃墜は大戦果の衝撃もさることながら、撃墜方法が謎に包まれたままです。そしてその真相が判明した後でも内容次第では激震は続いたままになるでしょう。
2024年1月19日追記:英国防省の報告
※喪失の原因がもし事故や誤射ならばこのような運用をする必要が無い。
2024年6月10日追記:パトリオットによる戦果と判明
※アメリカ陸軍ロザンナ・クレメンテ大佐の報告。ウクライナ軍はパトリオットでロシア軍のA-50と交戦。