「正恩氏、日本語を使った!」韓国の超有力紙が”バケツ”の使用を【スクープ】として報じた理由
金正恩氏が日本語を使った!
そんな出来事を韓国五大紙のひとつ「朝鮮日報」がスクープとして報じた。ただし”北の最高指導者、じつはペラペラだった”というファンタジーあふれる話ではない。
北朝鮮内で刊行された雑誌内で紹介された本人のコメントに、日本語の単語が使われていたのだ。
同紙は15日の記事で、北朝鮮の科学百科事典出版社による「法律研究」という雑誌の今年5月号の記事内容を報じた。これを同紙が独自入手したことで「スクープ」が発生したとしている。
「日本語」による表現が見られたのは同号11ページ。「革命逸話」というコーナーのタイトルがずばりこうだった。
「ムル ハンバケツ」
(水 ひとバケツ)
記事によると、正恩氏は平壌にある「衛生科学者住宅地域」のアパートを視察訪問。
この際、洗面台周辺の床がしっかりと施工されているのかについて確認した。そして文中でもこう表現したのだという。
「ムル ハンバケツ ソダボミョン アルス イッタ」
”水をひとバケツかければ分かる”
より滑らかな日本語に意訳するのであれば
「バケツ一杯の水をかければ分かる」
水量を表す単位「杯」を「バケツ」とした。これが注目に値するというのだ。日本語の「バケツ」もそもそもは英語の「bucket」が由来だが、はっきりと日本式に「バケツ」と表記されたのだ。
朝鮮半島に残る「日本語リスト」とは?
韓国にも北朝鮮にも、「日本統治下で使われた単語」は残っている。
2017年8月15日の韓国の「聯合ニュース」などは、「今も残る日本語の残骸」という記事を掲載したように、決してポジティブには捉えられていないが、だからといって「禁句」ということはない。「もともと日本語だと分かっているけど、まあ意味はお互い通じるし、ポロッと使う程度はなんでもないんじゃない?」というところだ。若い人の中には面白がって使う人もいる。「上の世代が言っていたのを聞いたことがあるよ」というニュアンスで。
筆者自身、北朝鮮よりも韓国のほうがより事情が分かるゆえ、参考情報として「韓国での日本語由来語」を紹介しよう。自分自身の25年の韓国語学習歴のなかで、あくまで体感する限りでは次のように分類できる。
■韓国固有語のないもの
「かばん」「くつ(ただし革靴のみを意味する。スニーカーやスリッパなどは別の表現)」「おでん」「うどん」「ちゃんぽん」
■韓国語固有語が別途で存在するものの、一般的に日本語でも通用するもの
「わさび」「わりばし」「さしみ」「穴子」「さら」「楊枝」「ミシン」「サビ(楽曲の盛り上がりの部分)」「やくざ」「チラシ」「ビラ」「あっさり」「弁当」
K-POPインタビューでも「サビ」はよく出てくる。「弁当」については「日本的過ぎる」と嫌がられることもある。「トシラク」という韓国語のほうが一般的。「チラシ」には「政治的攻撃が含まれるビラ」という韓国独自のニュアンスがある。
■少し上の世代(50代以上)や、業界用語としてならそのまま通じるもの
「バケツ」「差し込み(電化製品のプラグを挿す穴)」「玉(電球の玉)」「爪切り」「ワイシャツ」「上着」「頭」「たまねぎ」「親分」「縄張り」「根性」「オーライ」
バケツはこの分類に入る。時折、60代以上の人の会話からポロッと出てくる程度だ。若い世代には分からない人もいるのではないか。そういった印象だ。
■ソウル以外の地方でより一般的に使われるもの
「いっぱい」「満タン」
■近年の日本文化としてそのまま使われるもの
「オタク」「ひきこもり」「居酒屋」
では、北ではどうなのか。
いうまでもないが、日本統治下では南北は分断されていなかったため、北にも同じように残っているものと思われる。
韓国で暮らす脱北者の集まり「脱北者同志会」は、北朝鮮では以下のような単語(日本由来の外来語含む)が使われていたとサイト上でまとめている。
モンキー スパナ ペンチ ドライバー デコ クルマ リヤカー(ニヤカーとして) モンペ 角 文字版 フライ ワイロ(ワイルとして) レバー ツバ レール コーナー 玉 ふんどし 襟 パンツ ツメリ、スメキリ(爪切り) コップ 弁当 割り箸 お金 オーバー 腹巻き ワキ アンコモチ 空手 冷やかし ロ―プ ワイヤー ネジ ナット ボルト ハンド やり切り 横取り プレス ベルト ハンマー バケツ ガス バルブ ポンプ クッション スプリング ダイヤ チューブ バス スクリュー 寒締め
「スクープ」とした理由。何が問題なのか?
では、なぜ韓国の「朝鮮日報」はこれを「スクープ」としたのか。
けしからん、という反日的な話か。
理由は別の点にある。15日の記事ではこう続けた。
「金正恩の”バケツ”発言は最近、『外来語表現を減らし、平壌文化語を使おう』というキャンペーンの中で出てきたものだ」
平壌文化語、とは「平壌標準語」のこと。韓国メディアの「聯合ニュース」は2020年5月頃、北朝鮮では外来語どころか、国内の地方の方言ですら減らしていこうというキャンペーンを張っていたとする。
韓国の「朝鮮日報」はそういったなかで「最高指導者の”バケツ”言葉が関係機関によるチェックを経たうえで掲載したからこそ注目すべき」だというのだ。
同紙は「言語キャンペーン」については、実際に5月12日に発行された内閣機関紙「民主朝鮮」という別の雑誌の記事ではこういった内容があったと紹介している。
「言葉を話し、文字を書く時、誰でも分かりやすく平壌語を活かして使うようにしなければならない」
さらには金正恩氏の過去の言葉を引用した。
「言語生活を文化的で礼節あるものにしてこそ、人々の間で和睦と同志的団結をなすことができる」
さらにこの記事では「(もともとが)漢字の言葉や外来語をむやみに使う現象をなくし、固有の我々の言葉を積極的に生かして使うことを奨励しなければならない」としたという。
そんな折での「外来語どストライク」の”バケツ”発言だったのだ。
韓国紙は「不倫」に例え問題を指摘
だからこそ、朝鮮日報はこの点を問題視している。
「住民たちに標準語を使えと言っておいて、肝心の本人は日本式表現を使い、北朝鮮の公式媒体がこれをタイトルにまで使って紹介するのを見ると”自分がやればロマンスで、他人がやれば不倫”という指摘も出てくるというものだ」
また同紙は、「キャンペーンの最中に思わず本人が日本語を使うくらいだから、ふだんから金正恩委員長が日本的な表現を使っている可能性もある」とし、その根拠を国内の北朝鮮専門機関の前職者の発言にも求めた。
「在日僑胞出身の母親、高英姫の影響で小さい頃から日本式の表現に多く接してきており、無意識に外国の色の濃い語彙を多く使用する点が知られている」
ちなみに、この記事のタイトルはこうだった。
【単独報道】最高指導者の口から出てきた’バケツ’…金正恩の終わりない”ネロナムプル”
”ネロナムプル”とは上記でも記した「自分がやればロマンスで、他人がやれば不倫」ということ。自分のことを棚に上げておいて、北朝鮮人民を指導できるのか。そういったニュアンスだ。
記事では合わせて、今年11月に国内で「禁煙法」を施行しながら、早くも正恩氏の公の場での喫煙写真がキャッチされている点を指摘した。
誰が最高指導者に注意する? そういった話でもある。
(了)