パリ五輪前のなでしこジャパンが臨む2連戦。「引き出しを増やす」新チャレンジの成果は?
【チームの底上げと“引き出しを増やす”チャレンジ】
パリ五輪前最後の海外遠征を行っているなでしこジャパンは、ニュージーランドとの初戦に2-0で勝利した。
会場はスペインのムルシアにあるEstadio Nueva Condomina。キックオフ時の気温は28度だったが、湿気が少なく、ピッチ上には時折、涼しい風が吹き抜ける。入場料は無料で誰でも入れるが、スペインとは無縁のカードということもあってか地元の人々の姿は少なく、日本人サポーターや家族連れ、カップルの姿がちらほら見えるほどだった。
この試合で日本が見せた新たなチャレンジは、「相手の立ち位置に対して、どうボールを奪う形を作るか」。池田太監督は、試合後にその狙いをこう明かしている。
「3枚のどちらかが上がった状態でプレッシャーをかけにいく。相手のシステムとの噛み合わせで、ウイングバックがどこにプレッシャーをかけるかを判断していくことにトライしました」
3バックと4バックを併用しながら戦ってきた日本にとって、相手や試合の流れによって、試合中にシステムや立ち位置の最適解を見つけられるようにすることは、五輪を戦う上で重要なポイントでもある。
前半は高い位置からボールを奪いにいく狙いも見せたが、ニュージーランドはそのハイプレスをかいくぐるように、GKを含めたビルドアップを徹底。10代前半からA代表入りしてきた22歳のGKアンナ・リートの足元の技術やキャッチのスキルは安定していたため、日本は前線でうまく数的優位を作ることができない時間が続いた。
ただ、「ボールを持たれていても蹴られても嫌な感じはしなかった」と、ワントップで先発した田中美南は振り返る。「(相手)GKに持たせるのはいいから、相手がサイドに振った時に全員で(プレスを)かけようと試合中に話し合って、意思統一ができた」というように、奪いどころが明確だったからだ。
実際、ピンチらしいピンチはなかった。日本は3-4-3で、GKはクロスに強い平尾知佳、最終ラインは南萌華、石川璃音、古賀塔子とフィジカルの強い長身センターバックが並び、相手の縦パスやクロスをことごとく跳ね返していた。
一方、攻撃面では田中が中央に降りて起点を作り、清家貴子と宮澤ひなたの両快足ウイングのスピードを生かす狙いが見られた。しかし、奪ってから攻め急ぐ場面が多くてクロスに入る人数が足りず、全体的な距離感の悪さからか、パスミスも目立った。INAC神戸レオネッサで両ウイングバックを形成する守屋都弥と北川ひかるのスプリント力も含めて、サイドの高いポテンシャルを生かしきれなかったのはもったいなかった。その要因を考えると、先発の組み合わせも影響しているだろう。
五輪本番に向けて「いろいろな組み合わせを試し、チームの底上げを図りたかった」という池田監督は、慣れない環境への対応力も重視。
左サイドの古賀、北川、宮澤は、それぞれ本職のポジションながら、ほとんど組んだことのない3人だった。試合中にコミュニケーションをとりながら微調整をしていたが、前半は狙いをすり合わせるのに苦戦していた印象だ。
しかし、その中でも横の揺さぶりで打開策を見出した。それが形になったのが1点目のシーンだった。
前半アディショナルタイム、北川からのパスを受けた田中が相手を引きつけてワンタッチで落とし、ボランチの林穂之香が右に大きく展開。右ウイングバックの守屋都弥がためを作り、インサイドを駆け上がった長野風花にパス。長野のマイナス気味のパスをエリア内で清家が受け、最後は田中が左足でフィニッシュ。長短の正確なパスを少ないタッチ数でつなぎ、崩し切った理想的なゴールだった。
後半は前線に浜野まいかが入り、GKは平尾に代わって大場朱羽がA代表デビュー。前線から守備のスイッチを入れ直すと、開始早々のコーナーキックから追加点が生まれた。北川が蹴ったライナー性のボールは伸びやかな軌道を描き、ファーサイドで待ち構えていた古賀が丁寧に頭で合わせてフィニッシュ。キッカーを任されている北川は、「前日練習からファーサイドを狙うようにしていて、中からも『塔子(を狙え)!』という声が聞こえていました」と、狙い通りのゴールだったことを明かしている。
プレーが止まるたびに各選手が給水に走るほどの暑さの中、日本は60分以降の終盤は高橋はな、植木理子、長谷川唯、千葉玲海菜らフレッシュな選手を投入。ギアチェンジを図って3点目を狙いにいったが、相手GKのファインセーブに阻まれ、2-0で試合は終了した。
【新チャレンジから得た収穫】
FIFAランキング28位(日本は7位)のニュージーランドとの力の差を考えれば、2-0という結果には物足りなさも残る。データを見ると、ボール支配率はほぼ五分で、パス数ではわずかに上回られた。だが、シュート数は日本が14本、ニュージーランドは0本と差が開いている。田中、清家、浜野、植木、千葉らが遠目からでも積極的に足を振り、枠内シュートも9本を記録。だからこそ、「前半のチャンスを決め切りたかった」と池田監督は振り返った。
慣れない布陣で守備のチャレンジを行い、シュートを打たせなかったことは収穫だろう。GK平尾も、新たな課題を前向きに受け止めていた。
「前半、萌華が釣り出された中で(古賀)塔子と璃音が開いてスペースを与えてしまったシーンは、GK(自分)から始まっていたので、そういう時の対応を前半のうちに修正できたのは良かったです。いろんなことにチャレンジして引き出しを増やせることは、ポジティブに捉えています」
個人に目を向けると、田中がブラジル戦に続き、2試合連続の先制点でチームを牽引。「(左のコースか)ニアに蹴るか悩んだのですが、最初のボールの置き方的にこのコースしかないと思い、ある程度のスピードを意識して打ちました」と、密集の中でも冷静な判断で狙い通りのコースを射抜いた。
代表初ゴールを決めた古賀は、守備面でも果敢なインターセプトでアピール。今季からプレーするフェイエノールトでは中盤を任され、日々屈強な相手とマッチアップしてきた成果を示した。だが、ビルドアップを課題に挙げ「(ポジションが近い北川)ひかるさんにばかりパスをしてしまって、サポートに時間がかかってしまった」と、無難な選択に終始した反省も述べた。
第2戦は中2日で、再びニュージーランドと同スタジアムで対戦する。キックオフは初戦と同時刻(16時)。初戦に出ていなかった山下杏也加、熊谷紗希、清水梨紗、藤野あおばら主力組が出場する可能性が高く、守備の変化にも注目したい。
初戦翌日の練習で、強烈なシュートを決めて好調ぶりをアピールしていたのが藤野だ。ワールドカップから主力に名を連ねてきた藤野は、ニュージーランドとの初戦をベンチで冷静に分析し、自分の役割を考え抜いていた。
「攻守が切り替わる瞬間に、相手に近い選手がアプローチをかけて、GKに下げられる前に囲んで奪いきれればベストだと思います。ただ、チームがやりたいプレスの仕方と、相手が掻い潜ってくるレベルの高さが噛み合わない場合もあるので、そこで自分たちのやり方を貫くのか、相手によってやり方を変えるのかは中で話し合ってもいいのかなと。自分は空間でボール引き出して起点になるのが得意なので、FWが頂点に立って、その後ろの空間に入ってスペースを活用できれば、前にかける人数も増えると思います。オリンピックでは暑い時間帯にプレーしなければいけないので、奪ったボールを保持し続けるところは意識していきたいです」(藤野)
暑さと時差の中で中2日はハードだが、五輪前の貴重な実践の場で、新たな収穫を手にすることはできるだろうか。試合は日本時間の6月3日23時キックオフ。JFA TVでライブ配信される。
*写真はすべて筆者撮影